概要
毎日の食事は、健康づくりの大切な土台でありますが、植物など食べ物に含まれる多様な成分のうち、「どの成分が何に作用するのか」を探し当てることには時間がかかることが課題でした。
東京農業大学 総合研究所の大塚 蔵嵩 客員教授らの研究グループは、人工知能(AI)を活用して、大腸がん細胞の増殖を抑制する新たな植物由来成分(フィセチン、グラブリジン、シリビニン)を特定しました。本研究では、膨大な科学論文や特許データから、がん抑制に関連するマイクロRNA(miRNA)を調節する可能性のある化合物を効率的に予測しました。その結果、特定された3つの成分が実際に大腸がん細胞の増殖を抑制し、がんに関連するmiRNAの発現パターンを変化させることを明らかにしました。本成果は、将来的に食事を通じた健康維持や予防に貢献することが期待されます。
背景
がんは世界的に主要な死因の一つであり、特に大腸がんは罹患数が世界で3番目に多く、死亡率も2番目に高い極めて深刻な疾患です。近年の研究から、果物や野菜に含まれる栄養素(ファイトケミカル1))が、遺伝子の働きを調節する「マイクロRNA(miRNA)2)」の状態を改善し、健康維持に寄与することが示唆されてきました。しかし、膨大な種類のフィトケミカルの中から、どの成分がどのmiRNAに作用するかを個別に試験することは困難であり、新しい機能性成分の効率的な発見を妨げる要因となっていました。
研究手法や研究成果
本研究では、既知のがん抑制成分であるかつ、miRNAの発現に作用することが知られているレスベラトロール3)などの成分を例として、類似した特徴を持つファイトケミカルを人工知能によって膨大な論文や特許情報から予測しました。候補の中から入手可能性や安全性を考慮して選んだ成分を、大腸がん細胞株で試験したところ、フィセチン(イチゴなどに含有)、グラブリジン(甘草に含有)、シリビニン(マリアアザミに含有)の3種が強い増殖抑制効果を示すことを確認しました。さらに、次世代シーケンシング法を用いて、これらの成分ががんに関連するmiRNAの発現に影響を与えるとともに、がんに関与するような分子経路(アポトーシス4)、細胞老化など)にも関わることを突き止めました。
期待される効果・今後の予定
本研究は、AIによるデータマイニングと実験生物学を組み合わせることで、膨大な食品成分・ファイトケミカルの中から、その機能性の手がかりを効率よく見いだせる可能性を示しました。今後、機能性成分の摂取によって体内で起こりうる変化を、miRNAなどのバイオマーカーと組み合わせて捉えることで、「状態の変化」をより分かりやすく可視化できるアプローチにつながることも期待されます。さらに3D培養モデルなどを用いて、体内環境に近い条件での作用や、適切な摂取条件(量・組み合わせ・期間など)について検討も進めることで効果をより詳細に評価できる可能性もあります。さらにmiRNAの観点では、ヒトの体内で働くmiRNAだけでなく、食品中に含まれるmiRNAや、細胞間の情報伝達に関わるエクソソームといった領域も近年注目されており、食と健康を結ぶ新たな研究テーマとして発展する可能性があります。将来的にはこのような知見が蓄積することにより、健康維持・個人の状態に合わせた栄養管理戦略の構築につながることを期待しております。
論文情報
論文名:Discovering Anticancer Effects of Phytochemicals on MicroRNA in the Context of Data Mining
著者名:Yumi Sakai, Kurataka Otsuka
雑誌名:Nutrients
DOI:10.3390/nu17243913
公表日:2025年12月14日
用語解説・補足説明
1)ファイトケミカル: 植物に含まれる天然の化学成分の総称で、抗酸化作用や抗炎症作用など、健康に有益な効果を持つものが多く存在します
2)マイクロRNA(miRNA): 細胞内に存在する非常に小さなRNA分子で、特定の遺伝子の働きを抑えることで、様々な生物学的プロセスを調節します。がんなどの疾患では、このmiRNAのバランスが崩れることが知られています
3)レスベラトロール:ベリー、ブドウ、ピーナッツなどに含まれるポリフェノールの一種です。長寿に関わる遺伝子の活性化やがん抑制効果についての研究が進んでおり、マイクロRNAを調節することでも研究されています。
4)アポトーシス:プログラムされた細胞死のことであり、不要になった細胞や傷ついた細胞を取り除く重要な役割を担っています。がんでは、この仕組みがうまく働きにくくなる場合があるため、多くの研究でこれに関わる経路や分子の変化が調べられています。