北里大学理学部の片桐晃子教授と石原沙耶花助手らの研究グループが、マウスを用いた解析により、大腸で慢性的な炎症が誘導され、大腸がんに進展する仕組みを明らかにした。潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患は、完治することが難しく、発がんのリスクも高い難病で、原因はよくわかっていない。研究グループは、リンパ球の1つであるT細胞(注1)でRap1(注2)という分子を働かなくすると、大腸炎と大腸がんが発症することを突き止めた。この成果は、2015年12月4日に、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。
●背景
潰瘍性大腸炎やクローン病は、長期にわたって下痢や血便が続く炎症性腸疾患で、多くの場合、よくなったり悪くなったりを繰り返しながら症状が一生涯続く。また、とくに潰瘍性大腸炎は、大腸がんに発展するリスクが高いことが知られている。食中毒など、病原体の感染が原因となっている腸炎と異なり、正確な発症原因はわかっていないが、病原体から身体を守るために機能している免疫システムがうまく働かず、腸の組織を攻撃してしまうのが一因となっていると考えられている。
●研究内容
片桐教授らは、T細胞でRap1というたんぱく質が発現しないようにしたマウスを作製し、北里大学医学部の三枝信教授らと解析した結果、このマウスの大腸で慢性的な炎症が誘導され、その後、高頻度で腫瘍の形成がみられることを明らかにした(図1)。
Rap1は、「GTP結合」の状態と「GDP結合」の状態を行き来することで細胞の機能を制御しているたんぱく質である。片桐教授は、これまでの研究から、T細胞が血管を離れてリンパ組織や感染部位に移動するのに、Rap1が重要な役割を担っていることを明らかにしてきた。T細胞が血管から組織に移行するにあたり、まず血管の内側を転がって減速し(この現象をローリングという)、完全に停止してから血管の細胞の隙間を抜けて血管外に出て行く(図2)。研究グループで、このマウスから取り出したT細胞を解析したところ、血管の内側に接着した細胞膜が細く伸びたテザー(注3)とよばれる構造を作りやすいため、ローリングを起こしやすくなっていることが分かった。さらに、ローリングしないように細胞膜の状態を保つにあたり、これまで機能を持たないと考えられてきた「GDP結合」の状態のRap1が必要であることも明らかになった。T細胞からRap1がなくなることにより、活性化したT細胞が大腸の組織に移動しやすくなり、炎症や腫瘍の形成を誘導していることが分かった。
●今後の展開
今回の成果は、炎症性腸疾患の原因を分子レベルで解明したものであり、さらに解析を進めることで、炎症が進行して腫瘍形成に至る詳細な仕組みが明らかになると考えられる。また、今回作製したマウスは、新たな治療薬の探索など、炎症性腸疾患の治療法や予防法の開発につながることが期待される。
●参考図
(添付PDFファイルを参照)
●用語説明
(注1) T細胞: リンパ球の1つで、他の免疫細胞の活性を調節したり、ウイルスに感染した細胞を除去したりする役割をもつ。
(注2) Rap1: 低分子量Gたんぱく質とよばれる細胞内シグナル伝達因子の1つ。通常はGDPが結合している「オフ」の状態で、細胞に何らかの情報が伝えられると、GDPがGTPに置き換わって「オン」の状態になり、下流の分子にシグナルを伝達すると考えられている。
(注3) テザー: 別の細胞等に接着した細胞膜が細長く伸びた構造。元々、船を係留したり、動物をつなぎ止めたりするためのロープの意味。
●論文タイトル:Dual functions of Rap1 are crucial for T-cell homeostasis and prevention of spontaneous colitis.
著者名:Sayaka Ishihara, Akihiko Nishikimi, Eiji Umemoto, Masayuki Miyasaka, Makoto Saegusa, Koko Katagiri
●参考URL
http://www.nature.com/ncomms/2015/151204/ncomms9982/full/ncomms9982.html
▼本研究に関するお問い合わせ先
片桐 晃子(カタギリ コウコ)
北里大学 理学部 免疫学講座 教授
〒252-0373
神奈川県相模原市南区北里1−15−1
TEL: 042-778-9534
FAX: 042-778-9480
E-mail: katagirk@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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