流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)の原因ウイルスの受容体構造を解明 -- 病原性やワクチンに関して新知見 -- 北里大学

北里大学北里生命科学研究所の中山哲夫特任教授の共同研究グループは、流行性耳下腺炎(ムンプス、おたふくかぜ)の原因ウイルスであるムンプスウイルスがヒトに感染するために利用する受容体の構造を解明し、可視化することに成功した。


■要 旨
 九州大学医学研究院の柳雄介教授(柳は旧字体)と橋口隆生准教授、生体防御医学研究所の神田大輔教授、薬学研究院の白石充典助教、筑波大学の竹内薫准教授、香川大学の中北愼一准教授、中部大学の鈴木康夫客員教授、北里大学北里生命科学研究所の中山哲夫特任教授、東京大学の清水謙多郎教授と寺田透特任准教授、高エネルギー加速器研究機構の清水伸隆准教授らの共同研究グループは、日本でも小児を中心に毎年数十万人の患者が出ている流行性耳下腺炎(ムンプス、おたふくかぜ)の原因ウイルスであるムンプスウイルスがヒトに感染するために利用する受容体の構造を解明し、ウイルス糖蛋白質と結合した状態を原子レベルの分解能で可視化することに成功した。流行性耳下腺炎に罹患すると髄膜炎や脳炎、難聴といった重篤な合併症を引き起こすことがあるため、非常に重要なウイルス感染症として研究が進められている。

 本研究成果は、ムンプスウイルスの感染メカニズム解明に大きく貢献するだけでなく、今後、流行性耳下線炎のワクチンや抗ウイルス薬の開発・改良へ期待される。また、既感染者やワクチン接種者の一部がムンプスウイルスに感染する理由を解明する重要な情報を提供する。

 本研究成果は近日中に、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of USA」に掲載される。

■背 景
 流行性耳下腺炎(おたふくかぜ、ムンプス)は、日本だけでも小児を中心に毎年数十万人の患者が出ている重要な全身性ウイルス感染症。臨床的特徴として2日以上持続する急性耳下腺腫脹が挙げられ、無菌性髄膜炎、感音性難聴、脳炎、精巣炎、卵巣炎、膵炎など種々の合併症を引き起こす。入院加療を要する髄膜炎の合併は特に重要で、流行性耳下腺炎と診断された患者全体の1~2%が発症している。また、ムンプス難聴は患者の0.1~1%にみられ、日本で年間700~2,300人が発症していると推定されている。

 ムンプスワクチン接種でも、無菌性髄膜炎(頻度:0.01-0.1%)やムンプス脳炎(頻度:0.0004%)が低頻度ながら副反応として報告されている。現在、我が国ではムンプスワクチン接種は定期接種ではなく任意接種となっているため、ワクチン接種率は20%以下と低く、およそ4年に一度の全国規模の流行を今も繰り返し、社会問題となっている。

■内 容
 今回、ウイルス学的実験と構造生物学的実験、コンピュータ科学計算、生化学的実験を組み合わせて研究を行い、ムンプスウイルスがヒトに感染するために利用する受容体が単純なシアル酸ではなく、α2,3-結合型シアル酸を含む3糖(シアル酸-ガラクトース-グルコース(N-アセチルグルコサミン))構造が必要であることを解明した。受容体とはウイルスが人に感染する際に利用する、細胞上に発現している分子のことで、分子が特定できると病態の解明が大きく進展する。また、研究グループは受容体とウイルス糖蛋白質HNが結合した状態を原子レベルで可視化することにも成功した(図1)。受容体とウイルス糖蛋白質HNは鍵と鍵穴の関係にあることから、その詳細な結合様式が明らかになることで、阻害剤(抗ウイルス薬)の開発に大いに役立つ。

 さらに、流行性耳下腺炎のワクチン接種を受けた人や過去に感染歴がある人でもウイルスに感染してしまう現象が報告されている。その理由の一つが、12種類あるムンプスウイルスの遺伝子型間で、ウイルス糖蛋白質HNのアミノ酸配列の違いが特に大きい領域に抗体が出来やすいためである(抗体がウイルス感染を阻害できる全ての遺伝子型に共通で重要な部位に出来にくい)ことが、今回明らかとなった。(図2)。これは、今後のワクチン改良に向けて重要な情報になる。

■効果・今後の展開
 近年、欧米を中心に、HIVやインフルエンザウイルスなどでウイルス糖蛋白質の原子レベルでの形に基づいてワクチンや抗ウイルス薬の開発・改良が進められている。今回、ムンプスウイルスの受容体を解明し、糖蛋白質との複合体構造が原子レベルの解像度で明らかになったことにより、流行性耳下腺炎についても同様の手法でのワクチンや抗ウイルス薬の開発・改良への道が開かれた。本研究成果は、Protein Data Bankを通じて一般公開される。現在、九州大学の柳教授(柳は旧字体)、橋口准教授らの研究グループは阻害剤探索の研究も進めている。

■発表論文
論文名: “Trisaccharide containing α2,3-linked sialic acid is a receptor for mumps virus”
著者名: Marie Kubota, Kaoru Takeuchi, Shumpei Watanabe, Shinji Ohno, Rei Matsuoka, Daisuke Kohda, Shin-ichi Nakakita, Hiroaki Hiramatsu, Yasuo Suzuki, Tetsuo Nakayama, Tohru Terada, Kentaro Shimizu, Nobutaka Shimizu, Yusuke Yanagi & Takao Hashiguchi

雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences of USA

■謝 辞
 本研究は、科学研究費補助金および国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)の「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究」事業による支援を受けた。
 本研究の構造解析に使用した大規模放射光施設として、以下の施設・事業に支援して頂いた。

 高エネルギー加速器研究機構 Photon Factory(つくば、日本)
 創薬等支援技術基盤プラットフォーム(東京、日本)


【研究に関するお問い合わせ】
九州大学大学院医学研究院・ウイルス学分野
 教授  柳 雄介(やなぎ ゆうすけ)*柳は旧字体
 准教授 橋口 隆生(はしぐち たかお)
  電話: 092-642-6138
  FAX: 092-642-6140
  Mail: yyanagi(a)virology.med.kyushu-u.ac.jp(柳) *(a)は@、柳は旧字体
  Mail: takaoh(a)virology.med.kyushu-u.ac.jp(橋口) *(a)は@

筑波大学医学医療系 生命医科学域 環境微生物学研究室
 准教授 竹内 薫(たけうち かおる)
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