明星大学(東京都日野市)理工学部 総合理工学科 生命科学・化学系の香川亘(かがわわたる)准教授と、同大大学院理工学研究科 化学専攻 博士後期課程の五月女美香(さおとめみか)さん(日本学術振興会特別研究員)は、東京大学の胡桃坂仁志教授、量子科学研究所の安田武嗣主任研究員、横浜市立大学の西村善文特任教授らと共同で、抗がん剤の創薬ターゲットとして注目されているRAD52タンパク質がDNAと結合した立体構造を原子レベルで明らかにすること成功した。この研究成果は、米国の学術誌『iScience』(2018年5月 25日付)に掲載された。
RAD52は傷ついたDNAを修復するタンパク質だが、その仕組みについてはこれまで不明だった。今回明らかになった構造は、傷ついたDNAをRAD52が修復する途中課程の分子構造を「スナップショット」として捉えたものであることが考えられ、研究者らはその構造をもとにRAD52によるDNA修復反応の詳細な仕組みを解明した。
近年、RAD52ががん細胞のDNA修復において重要な役割を担うことが報告されたことから、本研究は、副作用の少ない抗がん剤の設計に貢献することが期待される。
【研究背景】
DNAは遺伝情報を担う重要な物質だが、タバコなどの化学物質や呼吸に伴って生じる活性酸素により、日常的にDNAの二本の鎖が切れてしまう損傷(二重鎖切断)が発生してしまう。二重鎖切断は細胞死の原因となる危険な損傷であり、細胞には日々発生する二重鎖切断を修復するためのさまざまな機能が備わっている。その一つが相同組換えと呼ばれる機能で、ヒトでは相同組換えの異常はがんや遺伝病の原因になることが分かっている。しかし、相同組換えによって二重鎖切断が修復される仕組みの詳細については、未解明な点が多く残されている。
近年、家族性乳がんの原因遺伝子であるBRCA1やBRCA2が欠損した細胞において、相同組換えに関与するRAD52タンパク質を欠損させると、その細胞は死に至ることが報告された。このことから、BRCA1やBRCA2が欠損しているがん細胞の生存には、RAD52が必要であることが考えられている。この発見をもとに、がん細胞排除する治療法として、RAD52を標的とした抗がん剤の開発が世界的に行われている。しかし、RAD52の作用機構は未だに不明な点が多いため、RAD52を標的とした化合物の効率的な開発は難しいのが現状である。
【研究の内容】
RAD52は相同組換えにおいて、相同な塩基配列を有する単鎖DNA同士のアニーリング反応を促進する(図1)。過去の研究により、ヒトRAD52タンパク質は11分子からなるリング構造を形成し、リング構造の外周にはDNAが収まる大きさの溝が存在することが分かっている(図2)。この溝の内側と外側にそれぞれDNAが結合する領域が存在することが予想されていたが、RAD52がアニーリング反応を触媒する際に、これら2カ所のDNA結合領域がどのようにして機能するかについては不明だった。
今回、研究者らは2か所のDNA 結合領域の一方に単鎖DNAが結合した2種類のRAD52・DNA 複合体を作製し、それらを結晶化した。得られた結晶にPhoton Factory放射光施設(高エネルギー加速器研究機構・つくば市)の強力なX線を照射し、結晶によって回折されたX線を解析することにより、複合体の立体構造を明らかにした。その結果、2種類のRAD52・単鎖DNA複合体の立体構造は全く異なることが分かった。溝の外側に単鎖DNAが結合した複合体では、2つのRAD52リングの間に単鎖DNAが挟まれていた(図3)。
このことから、外側のDNA結合領域は、単鎖DNAにRAD52を集積させる役割があると考えられる。実際に、細胞内において外側のDNA結合領域が機能しないRAD52変異体の局在を調べた結果、RAD52は二重鎖切断に集積しなくなることが分かった。
この結果は、立体構造から考察した外側のDNA 結合領域の機能とよく一致するものと考えられる。
一方、溝の内側に単鎖DNAが結合した複合体では、単鎖DNAはRAD52リングに巻きつく形で結合していた(図4)。単鎖DNAの塩基は溝の外側を向いており、B型に近い構造を有していた。一般的にB型DNAは二重螺旋の状態が安定であると考えられている。このことから、内側のDNA結合領域の役割として、結合した単鎖DNAと相補鎖との二重鎖形成の促進が考えられた。
さらに研究者らは今回、RAD52の両方のDNA結合領域が機能しないとアニーリング反応が促進されないことを明らかにした。等温滴定型カロリメトリーを用い、外側のDNA結合領域が機能しないRAD52変異体と内側のDNA結合領域が機能しないRAD52変異体それぞれについて、単鎖DNAとの相互作用を解析したところ、どちらの変異体も単鎖DNA との親和性が著しく低下することが分かった。
この結果から、RAD52はアニーリング反応において2か所のDNA結合領域を両方用いることにより、効率的に反応を触媒することが考えられた。
以上の結果から、RAD52は単鎖DNA上に集積した後に、RAD52リング間において単鎖DNA同士の塩基対形成を促進する反応モデルが考えられた(図5)。
【今後の展開】
今回 、RAD52と単鎖DNAとの複合体構造の解析によって、RAD52が二重鎖切断を修復する詳細な仕組みを理解することが可能になった。今後、複合体の立体構造情報を元にした、副作用の少ないがん治療法の確立を目的としたRAD52の阻害剤の開発が期待される。
【論文の情報】
雑誌名:iScience(Cell Press)
題目:Structural Basis of Homology-Directed DNA Repair Mediated by Rad52
著者:Mika Saotome, Kengo Saito, Takeshi Yasuda, Hideaki Ohtomo, Shusei Sugiyama, Yoshifumi Nishimura, Hitoshi Kurumizaka, Wataru Kagawa
DOI番号:
https://doi.org/10.1016/j.isci.2018.04.005
▼研究に関するお問い合わせ先
香川 亘(かがわ わたる)
理工学部 総合理工学科 生命科学・化学系 准教授
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e-mail: wataru.kagawa@meisei-u.ac.jp
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