北里大学と株式会社プロトセラの研究グループは、血圧降下作用などの生理活性を示すサリューシン-βの受容体がATP合成酵素β鎖であることを明らかにしました。
【研究の概要】
北里大学(本部:東京都、学長 伊藤智夫)とウシオ電機株式会社(本社:東京都、代表取締役社長 浜島健爾)の連結子会社である株式会社プロトセラ(本社:大阪府、代表取締役社長 田中憲次、以下プロトセラ)のグループは共同で、プロトセラが特許を保有する新しい膜タンパク質ライブラリ(MPL)技術によって、血圧降下作用、除脈作用、副交感神経刺激活性、動脈硬化促進作用、抗利尿ホルモン分泌刺激作用等の多くの生理活性を示すサリューシン-βの受容体がATP合成酵素β鎖であることを明らかにしました。
ATP合成酵素β鎖誘導体やATP合成酵素β鎖に対する特異的結合物質を有効成分とする製品は、多種類のがんや、心筋梗塞、慢性炎症、網膜血管新生症、糖尿病性網膜症又は閉塞性動脈硬化症などに対して、これまでのリガンド側の作用機序とは異なる受容体側の血管新生に関わる新規開発候補薬として疾患の治療効果や予防効果が期待されます。
なお、本研究成果は日本時間2018年12月14日Scientific Reports 誌のオンライン版で発表されました。
【論文名】
Identification of the salusin-β receptor using proteoliposomes embedded with endogenous membrane proteins
[日本語:内在性膜タンパク包埋プロテオリポソームを利用したサリューシン-β受容体の同定]
【掲載雑誌】
Scientific Reports [ 2018年12月14日(金)オンライン掲載 ]
参考URL:
https://www.nature.com/articles/s41598-018-35740-6
【論文著者】
Masayoshi Shichiri, Daisuke Nonaka, Lyang-Ja Lee, and Kenji Tanaka
【関連特許】
「血管新生関連疾患の治療又は予防薬、スクリーニング方法及びキット」
(出願番号:特願2015-112941)
【研究の背景】
細胞膜に存在する受容体は水に溶けないため、従来のタンパク質の精製、同定、性状分析といった解析技術が有効に働きませんでした。
プロトセラは受容体をその構造特性に関わらず人工リポソームのリン脂質二重層に再構成し、リガンド結合能を保持したままで膜タンパク質ライブラリ(Membrane Protein Library; MPL)と呼ばれるエマルジョン溶液に転換する技術を確立し、培養細胞から組織や臓器に存在するあらゆる受容体を大量かつ安定的に供給できるようになりました(図1)。このMPL法にBLOTCHIP(R)【※1】-MS法を組み合わせた複合技術により、未知のリガンドと未知の受容体を包括的に探索・同定、さらに両者間の相互作用を解析することが可能になりました。
サリューシン-β(salusin-β)は、血圧降下作用、除脈作用、副交感神経刺激活性、動脈硬化促進作用、抗利尿ホルモン分泌刺激作用等の多くの生理活性を示すことが明らかにされましたが、その受容体は不明でした。そこでプロトセラのMPL/BLOTCHIP(R)-MS法によりサリューシン-βの受容体を発見し、受容体誘導体や受容体に対する特異的結合物質を有効成分とする臨床応用が可能な血管新生関連疾患の治療薬又は予防薬の開発を目的とする共同研究を開始しました。
【※1】(R)はRの囲み文字(登録商標マーク)
【研究の方法と結果】
ラット心臓を破砕後、遠心で膜タンパク質を回収し、卵黄レシチンからなるリポソームと融合させて膜タンパク質ライブラリー(MPL)を調製しました。セファロースにサリューシン-βを固定し、MPLの中からサリューシン-βに結合する膜タンパク質を精製しました。精製物をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動後、標的バンドを切り出して、トリプシン消化-LC-MS/MS法による構造解析の結果、当該タンパク質はATP合成酵素β鎖であることが明らかとなりました(図2)。
図2 ヒト子宮頸がんHeLa細胞表面のサリューシンβとATP合成酵素β鎖の共在
緑:蛍光色素FAM標識サリューシンβの細胞表面への結合を示す
赤:Alexa Fluor(R)594標識2次抗体によるATP合成酵素β鎖の局在を示す
青:蛍光色素DAPIによる核の染色
黄:サリューシンβとATP合成酵素β鎖の共在部位を示す
【今後の展望】
アンギオスタチン(Angiostatin)は内因性の血管新生阻害薬であり、抗がん治療への利用を含む血管新生関連疾患の治療薬又は予防薬への応用が検討されてきましたが、分子量が大きく臨床応用が困難でした。
この度発見した受容体(ATP合成酵素β鎖)により、アンギオスタチンや同様の血管新生作用を有するサリューシンβ等に代表されるリガンド側の作用機序とは異なる、受容体側の作用機序に基づいた新しい治療薬や予防薬の開発が期待されます。
例えばATP合成酵素β鎖誘導体やATP合成酵素β鎖に対する特異的結合物質を有効成分とする製品により、多種類のがんや、心筋梗塞、慢性炎症(ぜんそく、アトピー性皮膚炎等のアレルギー性疾患に関連する炎症、関節リウマチなどの自己免疫性疾患に関連する炎症等)、網膜血管新生症、糖尿病性網膜症又は閉塞性動脈硬化症などに対する治療薬や予防薬として、また、これらの血管新生関連疾患の治療薬又は予防薬のスクリーニング方法としての開発が期待されます。
【用語解説】
[1] BLOTCHIP(R)-MS法
従来の血液からあらかじめタンパク質を除去する解析方法では、タンパク質に結合したペプチドも除去されるため、ペプチドの全量を精確に測定することができませんでした。一切の前処理を必要としないBLOTCHIP(R)-MS法によって初めて生体試料中のペプチドの全量を定量できるようになりました。また、BLOTCHIP(R)-MS法は解析中の煩雑で長時間かかる操作を不要にした結果、多量の試料を短時間で測定できるようになり、従来のペプチドーム解析技術のボトルネックが解消されました(図3)。
http://www.protosera.co.jp/technology/blotchip/
[2] MPL/BLOTCHIP(R)-MS法
受容体医薬品は、分子標的医薬品の中で最も治療効果と安全性に優れ、世界の医薬品市場の60%(30兆円)を占めます。
MPL/BLOTCHIP(R)-MS法で、従来技術では大変困難であった未知のリガンドと未知の受容体の探索・同定が実現し、生物の全身にあるリガンドと受容体を包括的に探索することが可能になりました。その特長は、【1】GPCR型リガンド探索で従来法に比べて高いヒット率が期待されること、【2】GPCR型以外の受容体とそのリガンドの探索も可能になったこと、さらに【3】全臓器、全細胞の受容体を含む全膜タンパク質が研究標的になったことなどを挙げることができます(図4)。
http://www.protosera.co.jp/technology/mpl/
■北里大学(本部:東京都)
1962年、予防医学の基礎を築いた学祖北里柴三郎の設立した北里研究所を母体として開学。現在は、医学部、薬学部、看護学部、医療衛生学部の医療系学部のほか、獣医学部、海洋生命科学部、理学部と、7つの大学院、1つの附置研究所、5つの附属病院等、2つの専門学校などを有する生命科学の総合大学として、実学の精神に基づき、社会に貢献する教育・医療・研究に取り組んでいます。
https://www.kitasato-u.ac.jp
■株式会社プロトセラ(本社:大阪府大阪市)
ウシオ電機株式会社の連結子会社。独自開発のBLOTCHIP(R)-MS法で探索された新規ペプチドバイオマーカーを『ProtoKey(R)疾患リスク検査キット』として提供し、疾患の予防と早期発見に貢献します。またMPL法とBLOTCHIP(R)-MS法を組合わせたペプチドリガンド/受容体結合解析法で探索された新規ペプチドリガンドと新規受容体を『受容体関連医薬品』として提供し、安全性と効力の双方に優れる治療に貢献します。
http://www.protosera.co.jp
■ウシオ電機株式会社(本社:東京都、東証6925)
1964年設立。紫外から可視、赤外域にわたるランプやレーザー、LEDなどの各種光源および、それらを組み込んだ光学・映像装置を製造販売しています。半導体、フラットパネルディスプレー、電子部品製造などのエレクトロニクス分野や、デジタルプロジェクターや照明などのビジュアルイメージング分野で高シェア製品を数多く有しており、近年は医療や環境などのライフサイエンス分野にも事業展開しています。
https://www.ushio.co.jp
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【研究内容、技術に関するお問合せ】
北里大学 医学部 内分泌代謝内科学
主任教授 七里 眞義
TEL. 042-778-8809/Fax. 042-778-8706/E-mail: shichiri@kitasato-u.ac.jp
【ライセンスアウトに関するお問合せ】
株式会社プロトセラ
膜タンパク質&リガンド解析センター
代表取締役社長 田中 憲次
TEL. 06-6415-9620/FAX. 06-6415-9621/E-mail: ktanaka@protosera.co.jp
【リリースに関するお問合せ】
・学校法人北里研究所
総務部広報課
TEL. 03-5791-6422/Fax. 03-3444-2530/E-mail: kohoh@kitasato-u.ac.jp
・ウシオ電機株式会社
コーポレートコミュニケーション課
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/