研究のポイント
•三次元ディスプレイや暗号通信に応用可能な環状の円偏光発光(CPL)色素を開発した。
•CPL色素の性質と分子構造の相関はこれまで分かっていなかったが、光るユニットを環状にしてサイズを調整することで、偏光の強弱と回転方向の制御に成功した。
•今回の結果は実用的なCPL色素材料の設計に重要な指針を与えた。
北里大学大学院理学研究科の長谷川真士講師、真崎康博教授と近畿大学理工学部応用化学科の今井喜胤准教授の研究グループは、「ナフタレン分子を環状に規則正しく並べる」という単純な分子設計で、強い円偏光発光(CPL:Circularly Polarized Luminescence)を示す色素を開発しました。
CPL色素は三次元ディスプレイや暗号通信に応用が可能な円偏光発光を示す色素ですが、偏光の強弱や回転方向などの性質と分子構造との相関がよくわかっておらず、合理的な材料設計が困難な状況にあります。光学活性な分子から強力なCPLを得るには、「光るユニット」をどのように配置するのか?が鍵となります。今回、「光るユニット」として、キラル(鏡像関係にあり重ね合わせられない位置)に配置したサブユニット(ビナフチル)を用意し、環状に繋げたところ、強いCPLを観測しました。また、環のサイズによって「光るユニット」の配置が変化するため、円偏光の回転方向の制御も可能となりました。これは従来よく分かっていなかった「分子構造とCPLの相関」を実験的に明らかにしたものであり、今後、CPL色素を用いた機能性光学材料の設計への重要な指針を得たと言えます。
本研究成果は、平成31年(2019年)1月4日(GMT)に英国王立化学協会の速報誌Chemical Communicationsのオンライン版で公開され、掲載誌の裏表紙(Back Cover)に選出されています。本研究成果は科学研究費補助金 基盤研究(C)(課題番号JP18K05092)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の支援のもとに行われました。
【掲載雑誌】Chemical Communications (Impact Factor: 6.290)
【題名】Stereogenic Cyclic Oligonaphthalenes Displaying Ring Size-Dependent
Handedness of Circularly Polarized Luminescence (CPL)
(サイズによって掌性が変化するキラルな環状オリゴナフタレン)
【著者】野島裕騎(北里大学大学院生)、長谷川真士(北里大学講師、主著者)、原伸行(近畿大学大学院生)、今井喜胤(近畿大学准教授、主著者)、真崎康博(北里大学教授)
【DOI】10.1039/C8CC08929A
【研究の背景】
私たちが普段感じている光(自然光)は、左回転と右回転の偏光を等しく含んだ光で構成されています。キラル[注1]な構造を持つ有機蛍光色素は、そのうちどちらかの回転に偏った光を円偏光発光(CPL)[注2]として与えます。強いCPLを示す色素は、高輝度液晶ディスプレイの光源や、三次元ディスプレイの色素、偏光を発するインクとしてセキュリティ材料への応用が可能とされ近年注目を集めております。しかし、「どのような分子が効率よくCPLを与えるか?」については未解明な部分も多く、また、「左右どちらの偏光を与えるか?」も不明瞭です。これまでの研究で、偏光の強さと回転方向は色素分子の「光るユニット」の配置で決まることが予測されていましたが、分子は溶液や固体中であっても激しく運動しているため、具体的にどのような分子が適切なのかについては分からないままでした。
【研究内容と成果】
本研究では、分子運動を抑え、「光るユニット」の配置を精密に制御するために、これらをナノメートルサイズの環状に繋ぎ合わせた分子を考案し、実際に合成しました。それにより、効率よくCPLを示す色素材料を開発することに成功しました。また、環の大きさによって光るユニットの配置がわずかに変化するため、円偏光の回転方向も制御することが可能であることもわかりました。
今回、開発した色素は「光るユニット」としてナフタレンを選び、これを軸不斉[注3]となる様に配置したビナフチルユニットを用いました。ビナフチルは2001年のノーベル化学賞受賞者である野依良治博士をはじめ、多くの研究者によって日常的に利用されているキラル骨格ですが、これを単純に環状化するだけで配置の制御を達成しました。すなわち、環状にすることで分子が動きにくくなり、CPLが強く(効率よく)発生したものと考えられます。得られた新しい色素材料において、環サイズが小〜中程度(直径約1-1.5nm程度)までと、それより大きいもの(直径約1.8nm以上)では回転方向が逆転することがわかりました。これは環のサイズによって、「光るユニット」の配置が変化することを意味します。従来よく分かっていなかった「分子構造とCPLの相関」を実験的に明らかにしたものであり、CPL色素を用いた機能性光学材料の合理的な設計へ指針を与える重要な成果と言えます。
【今後の展開】
本研究では、環状円偏光発光(CPL)色素を開発し、不明瞭だった「分子構造とCPLの関係」を明らかにすることに成功しました。本研究で得られた知見は、効率的なCPL色素の分子設計に一石を投じ、今後の材料開発が一層加速されるものと思われます。また、CPL色素材料の合理的な設計が存在しない理由の一つに、コンピュータによるシミュレーション[注4]の難しさがありました。分子構造と実験結果がマッチした今回の色素材料は、CPLのシミュレーションを正しく記述する手法開発に役立つものと思われます。
(用語解説)
[注1] キラル
右手と左手のように鏡像関係にあるものをキラル(Chiral:カイラルと呼称することもある)という。鏡像関係にある有機化合物は、通常、物理的性質や化学的性質は等しいが、偏光が関与する光学的性質は一致しないことがほとんどである。タンパク質や酵素分子など生体関連物質のほとんどがキラルであるが、通常の有機合成からキラル化合物を得るのは容易ではない。
[注2] 円偏光発光(CPL:Circularly Polarized Luminescence)
キラルな蛍光物質を自然光で励起した際に、左右円偏光の割合が偏った発光を示し、これをCPLという。その強さと性質は、光励起における磁気および電気遷移双極子モーメントによって決定されるが、これを制御することは困難である。
[注3] 軸不斉
主に有機化合物で見られるキラルな構造で、不斉炭素に準拠せず、炭素-炭素結合軸の回転制限に由来して生じた立体配座に基づくキラリティーのことをいう。ナフタレン誘導体が2つ結合したビナフチルも軸不斉化合物であり、これを利用した不斉合成反応が産学問わず広く行われている。
[注4] コンピュータによるシミュレーション
有機分子の光物性を予測するには、分子軌道計算を行い、励起状態の電子構造を考えることでシミュレーションが可能である。しかしながら、現在、実用可能なCPLの物性予測の手法は限られており、さらに洗練する必要がある。これらの開発は、マテリアルズインフォマティクスの観点からも急務であり、本研究はそのためのモデルとなる。
【研究者の説明】
北里大学大学院 理学研究科 分子科学専攻 講師 長谷川(はせがわ)真士(まさし)
研究テーマ:π電子を有した機能性分子の合成研究
専 門:構造有機化学、有機合成化学
北里大学大学院 理学研究科 分子科学専攻 教授 真崎(まざき)康博(やすひろ)
研究テーマ:π共役系有機分子を用いたクロミック材料の開発
専 門:構造有機化学、有機合成化学
近畿大学 理工学部 応用化学科 准教授 今井(いまい)喜胤(よしたね)
研究テーマ:円偏光発光(CPL)特性を有する機能性発光体の開発
専 門:有機光化学、不斉化学、超分子化学
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