ネオニコチノイド系殺虫剤に対するハナバチ類の感受性を解明 環境に優しい農薬や昆虫制御材の開発に期待



近畿大学農学部応用生命化学科・アグリ技術革新研究所(奈良県奈良市)の松田 一彦らの研究グループは、筑波大学、東北大学、国立遺伝学研究所、ロンドン大学との共同研究により、ニコチン性アセチルコリン受容体(以下、ニコチン性受容体)を体外で神経細胞に存在したときと同様のはたらきを示すように組み立てなおすことに成功しました。また、ハナバチ類のニコチン性受容体に対してどれくらい低い濃度からネオニコチノイド系殺虫剤が作用し始めるのかも明らかにしました。本研究は、害虫だけを駆除する環境に優しい農薬の開発等にも応用でき、人体等には影響のない安全性に優れた昆虫制御剤で防除する技術の開発にも役立つと考えられます。




【本件のポイント】
●昆虫のニコチン性受容体を昆虫体外で再構築することに世界で初めて成功
●ハナバチ類のニコチン性受容体が極めて高いネオニコチノイド感受性を示すことを発見
●環境に優しい農薬の開発や、ニコチン性受容体を対象とする基礎科学の進展への貢献に期待

【本件の内容】
今日使われている殺虫剤は効果を現す方法で分けると、昆虫の神経系に作用して効果を現す薬剤、脱皮や変態を妨げるなど昆虫の成長を制御する薬剤、昆虫の筋細胞に作用し、筋収縮を起こして摂食行動を停止させ死亡させる剤などに分類されます。なかでも、神経に作用する薬剤が数多く開発され使われています。世界で最も広く使用されているネオニコチノイド系殺虫剤は、昆虫の中枢神経に存在するニコチン性受容体の機能を阻害することで、昆虫を死に至らしめたり、行動に影響を与えたりする効果があります。
本研究では、ショウジョウバエを用いて昆虫のニコチン性受容体の複雑な立体構造を組み立てるために必要なタンパク質を探索し、本受容体の再構築に必要な補助因子を究明しました。さらに、この因子がミツバチなどの花粉媒介昆虫のニコチン性受容体の再構築でも必要であることを明らかにし、ショウジョウバエ、ミツバチおよびマルハナバチのニコチン性受容体に対するネオニコチノイド系殺虫剤への影響を比較検討しました。その結果、同系統の一部の殺虫剤が花粉に残留しているとされる濃度(数ppb)よりも低い濃度で、ミツバチやマルハナバチのニコチン性受容体を阻害することが初めて明らかになりました。

【研究の詳細】
ニコチン性受容体はヒトを初めとする動物に普遍的に存在する神経伝達物質受容体※2 で、医薬やネオニコチノイド系殺虫剤を初めとする農薬の標的にもなっています。ヒトをはじめとする脊椎動物のニコチン性受容体が様々な細胞で再構築できるのとは対照的に、昆虫のニコチン性受容体については本受容体の遺伝子が単離されてから30年以上たっても再構築できていませんでした。そのため、ニコチン性受容体を標的とする殺虫剤の活性の強弱や、害虫-有益昆虫間における選択性の有無について詳しく調べることができませんでした。そこで近畿大学農学部応用生命化学科・教授の松田 一彦と准教授の伊原 誠らは筑波大学・丹羽 隆介教授らにより得られたショウジョウバエ神経細胞内での受容体タンパク質の分布データをふまえつつこの難問に果敢に挑戦した結果、補助因子を加えることによって、ショウジョウバエのニコチン性受容体をアフリカツメガエルの卵母細胞で再構築することに成功しました。この結果は、ネオニコチノイド系殺虫剤がミツバチなどの訪花昆虫に対して悪影響を及ぼしている可能性が指摘されていることをふまえて、本技術を用いてショウジョウバエ、ミツバチおよびマルハナバチのニコチン性受容体に対する同系統の殺虫剤の影響について調べました。その結果、試験した一部の殺虫剤が、農作物の花粉などに残留しているとされる数ppb(1ppbは10億分の1)よりも低い濃度で、ミツバチやマルハナバチのニコチン性受容体の機能を阻害することを解明しました。本研究成果は、筑波大学、東北大学、国立遺伝学研究所、ロンドン大学との共同研究により達成されたものであり、環境に優しい農薬の開発や、ニコチン性受容体を対象とする基礎科学の進展に広く貢献すると考えられます。

【今後の展開】
今回報告した研究成果は、世界の食料供給を脅かす農業害虫のみならず、マラリアやデング熱などの感染症を媒介する蚊を安全性に優れた昆虫制御剤で防除する技術の開発にも役立つと考えられます。全世界には百万を超える種の昆虫が生息し、それぞれの昆虫種の神経系で多くの種類のニコチン性受容体が行動や学習に関与しています。したがって、本研究成果は昆虫科学、神経科学、農薬科学、環境科学などの分野の発展に大きく貢献すると期待されます。

【論文概要】
雑誌名  :Proceedings of the National Academy of Sciences of the United
      States of America(IF=9.35(2019)、9.58(2018))
論文名  :Cofactor-enabled functional expression of fruitfly, honeybee and
      bumblebee nicotinic receptors reveals picomolar neonicotinoid
      actions
      (補助因子を利用したショウジョウバエ、ミツバチ、マルハナバチの
      ニコチン性アセチルコリン受容体の機能発現によりpicomolarの
      濃度でのネオニコチノイドの作用が明らかに)
著   者:Makoto Ihara(1), Shogo Furutani(1), Sho Shigetou(1), Shota
      Shimada(1), Kunihiro Niki(1), Yuma Komori(1), Masaki Kamiya(1),
      Wataru Koizumi(1), Leo Magara(1), Mai Hikida(1), Akira Noguchi(1),
      Daiki Okuhara(1), Yuto Yoshinari(2), Shu Kondo(3), Hiromu
      Tanimoto(4), Ryusuke Niwa(5), David B. Sattelle(6) and
      Kazuhiko Matsuda(1),(7)
著者の所属:(1)Department of Applied Biological Chemistry, Faculty of
      Agriculture, Kindai University, 3327-204 Nakamachi, Nara 631-8505,
      Japan.
      (2)Graduate School of Life and Environmental Sciences, University
      of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8572, Japan.
      (3)Genetic Strains Research Center, National Institute of Genetics,
      1111 Yata, Mishima, Shizuoka 411-8540, Japan.
      (4)Graduate School of Life Sciences, Tohoku University,
      2-1-1 Katahira, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8577, Japan.
      (5)Life Science Center for Survival Dynamics,
      Tsukuba Advanced Research Alliance, University of Tsukuba,
      1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan.
      (6)Centre for Respiratory Biology, UCL Respiratory,
      University College London, Rayne Building, 5 University Street,
      London WC1E 6JF, UK.
      (7)Agricultural Technology and Innovation Research Institute,
      Kindai University, 3327-204 Nakamachi, Nara 631-8505, Japan.

【用語解説】
※1 ニコチン性アセチルコリン受容体
神経伝達物質の一つであるアセチルコリンが結合すると、自身がもつナトリウムやカルシウムイオンを選択的に通すチャネル(イオンが通過するトンネル)を開くことで神経細胞の膜電位を調節するタンパク質。タバコに含まれるニコチンはアセチルコリンと同様に本受容体のイオンチャネルを開き、興奮作用などをひきおこす。ネオニコチノイドは昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体に特異的に結合し、アセチルコリンやニコチンと同様な作用を示すことで、昆虫の神経伝達機構をかく乱する。
※2 神経伝達物質受容体
神経細胞どうしは神経伝達物質と呼ばれる低分子によって連絡している。活動電位と呼ばれる電気信号が神経細胞末端に到達すると、神経伝達物質が細胞末端から放出される。この信号物質を、隣接する神経細胞で受け取るタンパク質が神経伝達物質受容体である。神経伝達物質受容体に神経伝達物質が結合し、受容体自身が持つイオンチャネルが開いたり、様々な代謝が引き起こされたりすることによって、神経の情報が調節を受けながら伝えられる。

【関連リンク】
農学部 応用生命化学科 教授 松田 一彦 (マツダ カズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/152-matsuda-kazuhiko.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/
アグリ技術革新研究所
https://www.kindai.ac.jp/atiri/

▼本件に関する問い合わせ先
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住所:〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1
TEL:06‐4307‐3007
FAX:06‐6727‐5288
メール:koho@kindai.ac.jp


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