報道関係者各位
2023年2月7日
東京農業大学
世界自然遺産・小笠原諸島から新種のカメムシを発見
【発表のポイント】
1.小笠原諸島から新種のカメムシを発見し、「オガサワラシロヒラタカメムシ」と命名した。
2.この新種は、日本の海洋島である小笠原諸島で「飛ばなくなる」という独自の進化をした可能性がある。
3.本種の存在は、小笠原諸島の生物多様性の進化学的価値を証明する重要な成果である。
【概要】
東京農業大学大学院の嶋本習介博士課程学生らの研究チームは、世界自然遺産に登録されている小笠原諸島から新種のカメムシを発見し、「オガサワラシロヒラタカメムシ」と命名しました。この成果は2023年2月7日に、国際学術誌「Zookeys」の電子版に掲載されました。
小笠原諸島には独自の進化をとげた固有の生物による特異な生態系が存在し、2011年には世界自然遺産に登録されています。本研究チームは、小笠原諸島の父島と、無人島である兄島、弟島で調査を行い、正体不明のカメムシを発見しました。そこで、このカメムシの形態を観察した結果、ほかの種とは顕著に異なる新種であるという結論に至りました。そのため、この種を「オガサワラシロヒラタカメムシ」(学名:Nesoproxius kishimotoi、読み:ネソプロキシウス キシモトイ)と命名しました。この新種は、翅が短く飛ぶことができないという特徴を持つ変わったカメムシです。絶海の孤島である小笠原諸島で長い期間隔離されたことによって、飛ばなくなるという進化をした可能性があるため、進化学の観点からも注目すべき種だと考えられます。
このグループ(属)の新種の発見は日本初であり、世界的にも1983年以来40年ぶりの研究成果です。また、本種のように小笠原諸島で独自の進化をした可能性のある種は、同諸島の生態系の価値を証明する存在です。そのため、今回の発見は、世界自然遺産としての小笠原諸島の資産価値を高めうる重要な成果といえます。そして、これらの種の生存を脅かす外来生物の対策が、今後も必要であると考えられます。
図1. 新種オガサワラシロヒラタカメムシのオス成虫の標本と生体(嶋本習介 撮影)
【本文】
1.背景
小笠原諸島は東京23区の約1000 km南に位置する亜熱帯の島々です。そして、島の誕生以来一度もほかの陸地とつながったことのない「海洋島」でもあります。小笠原諸島では海を超えて島に偶然たどりついた生物が多様な進化をとげた結果、世界でここにしかいない固有種の生物が多数生息しています(昆虫では1380種中379種が固有種*1)。このことから「進化の実験場」、「東洋のガラパゴス」と称されるほか、その生態系のもつ進化学的な価値が評価されたことで、2011年には世界自然遺産に登録されました(図2, 4)。
*1:世界自然遺産小笠原諸島管理計画.2018.環境省・林野庁・文化庁・東京都・小笠原村
http://ogasawara-info.jp/pdf/isan/kanrikeikaku_nihongo1803.pdf
2.手法
東京農業大学大学院の嶋本習介博士課程学生らの研究チームは、環境省および林野庁の許可のもと、2021年から2022年にかけて小笠原諸島の有人島である父島および無人島である兄島と弟島で野外調査を行い、正体不明のカメムシを発見しました。なお、野外調査の一部は、環境省の外来生物対策業務の一環として実施されました。発見された個体の体の形態を顕微鏡で詳細に観察し、他種の形態と比較しました。
3.成果
観察の結果、発見されたカメムシは「シロヒラタカメムシ属」というグループに属し、ほかのカメムシとは顕著に異なる新種であるという結論に至りました。そのため、この種を「オガサワラシロヒラタカメムシ」(学名:Nesoproxius kishimotoi、読み:ネソプロキシウス キシモトイ)と命名しました。なお、和名は生息地の小笠原諸島にちなんで、学名はこの新種をはじめて採集した岸本年郎博士(ふじのくに地球環境史ミュージアム・教授)にちなんで名づけられました。なお、このカメムシは森林に生息し、枯れ枝に生える菌類を食べて生活しているとみられます。
この新種と同じグループ(属)のほかの種はすべて、一般的なカメムシと同じく、長い翅をもち飛ぶことができます。ところが、この新種は翅がとても短く、飛ぶことができません。絶海の孤島である小笠原諸島で長いあいだ隔離されるうちに、飛ばなくなるという、この種独自の進化をした可能性があります。(※島に隔離された生物が飛翔能力を失う例は、鳥などでも知られています。)
4.社会的意義
このグループ(属)の新種の発見は日本初であり、世界的にも1983年以来40年ぶりとなる研究成果です。また、今回発見された「オガサワラシロヒラタカメムシ」は小笠原諸島の固有種であり、さらに、同諸島で独自の進化をした可能性をもつユニークな種であることから、「進化の実験場」と称される同諸島の生態系の価値を顕著に示す種だといえます。そのため、今回の発見は世界自然遺産としての同諸島の価値を高めうる重要な成果となるでしょう。
新種「オガサワラシロヒラタカメムシ」は、父島と弟島というわずか2つの島のかぎられた場所でしか見つかっていません。ところが、現在、小笠原諸島では侵略的な外来生物(図3)の移入により、生態系全体が大きなダメージを受けています。そのため、この新種のように進化学的に重要な種の存続にとっては、外来生物の対策が重要です。現在、国により行われている外来生物対策事業を今後も継続することが必要不可欠であると考えられます。
【研究者のコメント】
「ボニンブルー」ともよばれる小笠原の美しい青い海と、森で出会うさまざまな固有種の生き物たち。2015年にはじめて小笠原諸島を訪れて、すぐさま私はこの島の自然が大好きになりました。以来、島を訪れるたびに、小笠原は新たな発見とともに私を迎えてくれます。今回、そんな大好きな島から新種の昆虫を論文発表することができ、とても嬉しく思っています。
私たちが発表した新種「オガサワラシロヒラタカメムシ」は、実はわずか3 mmほどと、米粒よりも小さなカメムシです。カメムシの仲間はその独特のにおいで有名ですが、この種は森林で生活しており、人の暮らしに害をおよぼすことはありません。ちなみに、私はこの新種のカメムシを鼻に近づけてにおいを嗅いでみましたが、何度試しても手のひらのうえでゆっくりと動くばかりで、においを感じることはできませんでした。この小さなカメムシの先祖が、いつどのように海を越えて絶海の孤島にたどりつき、そして命をつないできたのか。その長い歴史を想像すると、私は、このかわいらしいカメムシがこれからもずっと小笠原諸島で生き続けることを願ってやみません。
小笠原諸島では、島や列島ごとに種が分化することで多くの固有種がうまれたことが知られています。現在のところ父島列島からのみ見つかっている「オガサワラシロヒラタカメムシ」についても、別の列島(母島列島、聟島列島)でも見つかるのか、もし見つかった場合に果たして同種なのか?といった疑問がうかびます。私は、今後も同諸島での野外研究を継続することで、これらの疑問を解決するとともに、同諸島における生物進化の解明の一翼をも担いたいと考えています。(文責:嶋本習介)
【研究プロジェクト】
本研究は、公益財団法人日本科学協会の笹川科学研究助成(2021-5021)および東京農業大学総合研究所の研究助成(464073322)の支援を受けて実施されました。
【研究チーム】
嶋本習介(東京農業大学大学院農学研究科農学専攻・博士後期課程学生)
長島聖大(伊丹市昆虫館・学芸員)
永野 裕(自然環境研究センター・上席研究員)
石川 忠(東京農業大学農学部生物資源開発学科・教授)
【論文情報】
タイトル:A remarkable new species of the flat bug genus Nesoproxius (Hemiptera, Aradidae), the first Oceanian representative with brachyptery
(和訳|シロヒラタカメムシ属の特筆すべき新種
(カメムシ目ヒラタカメムシ科):オセアニア区からの翅の短い種の発見)
著者 :Shusuke Shimamoto, Seidai Nagashima, Hiroshi Nagano, Tadashi Ishikawa
(嶋本習介・長島聖大・永野 裕・石川 忠)
掲載誌:Zookeys (ISSN 1313-2970 (online) | ISSN 1313-2989 (print))
巻・号 :No. 1146: 147–163(オンライン掲載、オープンアクセス)
DOI :
https://doi.org/10.3897/zookeys.1146.96029
公開日:2023年2月7日
【提供可能資料】
写真データ(jpeg、本プレスリリース記事の図1~6)
【問い合わせ先】
嶋本習介(東京農業大学大学院農学研究科 博士課程学生)
携帯電話番号:090-5417-5585
Email: 1202shusuke@gmail.com
図2. 小笠原諸島に固有の生物(嶋本習介 撮影)
左上:アカガシラカラスバト、右上:メグロ、左下:シマアカネ、右下:カタマイマイ類
図3. 代表的な侵略的外来生物(嶋本習介 撮影)
左上:グリーンアノール、右上:オオヒキガエル、
左下:ニューギニアヤリガタリクウズムシ、右下:アフリカマイマイ
図4. 小笠原諸島の景観(父島から望む兄島と弟島)(嶋本習介 撮影)
図5. 研究代表者(嶋本)による現地調査風景(松本俊信氏 撮影)
図6. 各種掲載用サムネイル(嶋本習介 撮影)