【東京農業大学(共同研究)】高湿度下での葉内の水集積をめぐる植物と病原細菌の攻防を解明

2026年1月16日(金)
報道関係者各位


国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
国立研究開発法人 理化学研究所
東京農業大学
国立大学法人 埼玉大学
高湿度下での葉内の水集積をめぐる植物と病原細菌の攻防を解明
気孔を開いて水を排出させる酵素の遺伝子発現が標的だった
~気候変動時代の病害防除への貢献に期待~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の安田盛貴助教、西條雄介教授らの研究グループは、理化学研究所環境資源科学研究センターの岡本昌憲
チームディレクター、東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科の篠澤章久助教、四井いずみ助教、埼玉大学大学院理工学研究科の豊田正嗣教授らとの共同研究により、植物の病害が深刻化する高湿度環境において、植物と病原細菌が繰り広げる攻防の仕組みの一端を明らかにしました。
葉に感染する病原細菌の多くは、葉の内部の細胞と細胞のすき間で増殖して病気を引き起こしますが、高湿度下では葉の内部で自分たちの周囲に水を集める「水浸漬(みずしんせき)」と呼ばれる戦略を取り、増殖に適した環境を作り出します。これまでの研究から、病原細菌は水浸漬を行うために特定の「エフェクター」と呼ばれるタンパク質を使うことが知られていました。エフェクターは、菌の感染を促進する武器として働きますが、そのエフェクターを認識できる免疫受容体が植物に備わっている場合は逆に菌の死滅を招く強力な免疫応答を誘発してしまうという「諸刃の剣」になります。そのため、そういったリスクもあるエフェクターを病原細菌が使うということは、植物には水浸漬を阻む何らかの仕組みがあり、それを克服する必要があるということを意味します。しかし、この障壁の実体、すなわち植物が病原細菌による水浸漬を食い止める免疫の仕組みについてはよく分かっていませんでした。
本研究では、アブラナ科のモデル植物であるシロイヌナズナを用い、高湿度下で発現が高まる遺伝子群に注目しました。その中で、植物の保水調節に働くホルモンであるアブシシン酸(注1)を分解する酵素CYP707A3(注2)が、湿度の上昇に応じて誘導されることを見いだしました。この誘導によりアブシシン酸の作用が抑制され、気孔が開くことで、水浸漬の形成が抑えられていることを突き止めました。さらに、この応答に先立って、湿度上昇に伴い細胞内のカルシウムイオン濃度が高まり、この変化を契機としてCAMTA3という転写因子(注3)がCYP707A3遺伝子の発現を誘導することを示しました。すなわち、植物が湿度変化を感知し、防御応答を作動させる仕組みを明らかにしました。一方で、病原細菌がこの抵抗性の要となるCYP707A3の発現を抑制すること、さらにその抑制に用いられるエフェクター分子も新たに同定しました。これにより、植物と病原細菌の攻防における重要な分子標的が明確になりました。本成果は、気候変動に伴ない被害拡大が懸念される植物病害に対し、植物が長雨後の湿度上昇を感知して免疫を活性化させる仕組みを示すものであり、今後、その知見を活かした新たな病害防除技術の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、英国科学雑誌『Nature Communications』に2025年12月19日に公開されました(DOI:10.1038/s41467-025-67469-y)。

【背景と目的】
病原菌が植物に病気を起こすかどうかは、植物対病原菌の関係性に加え、周囲の環境条件によって大きく左右されます。中でも、降雨の際に生じる高湿度環境では、多くの病害が起こりやすくなります(図1)。高湿度環境下では、病原細菌の葉への侵入が促されるとともに、侵入後に葉の細胞と細胞のすき間に水を集める「水浸漬」と呼ばれる現象を引き起こします。この水に満ちた環境は、葉の栄養分を集めたり、植物が作る抗菌物質を薄めたりするのに役立ち、病原細菌の増殖を強く後押しします。その際、病原細菌は、「エフェクター」と呼ばれるタンパク質を植物の細胞内に送り込み、植物の免疫や生理機能を乱すことで水浸漬を形成します。近年の研究により、こうした水浸漬を誘導するエフェクターの一部が同定され、それらの作用機構について一定の理解が得られてきました。一方で、植物がどのようにして水浸漬の発生を抑え、病原細菌に対抗しているのかについては、いまだに情報が乏しいままでした。本研究ではこの点に着目し、高湿度環境における植物の防御機構を明らかにすることを目的としました。

【研究の内容】
研究グループは、シロイヌナズナにおいて、植物ホルモンであるアブシシン酸(ABA)を分解する酵素CYP707Aの遺伝子発現が、高湿度環境下で上昇することに注目しました。ABAは植物の保水に働く重要なホルモンであり、その蓄積量は、気孔の開閉を通じて葉の水分含量に大きな影響を与えます。シロイヌナズナにはCYP707Aをコードする遺伝子が4種類存在しますが、そのうちCYP707A1CYP707A3は高湿度環境下で発現が誘導され、ABA蓄積量を低下させることで気孔の開口を促すことが知られていました。
そこで研究グループは、これらの遺伝子の機能を失わせた変異体植物を用いて、それらの遺伝子が病原細菌による水浸漬の抑制に寄与しているかどうかを検証しました。その結果、特にCYP707A3を欠損した植物変異体では、エフェクターを分泌できずに水浸漬を起こせなくなった病原細菌Pseudomonas syringae pv. tomatoPst)DC3000(注4)の変異株(Pst ΔhrcC)が顕著に水浸漬を起こせるようになることが分かりました(図2)。この結果は、病原細菌が植物CYP707A3の働きを抑制して水浸漬を起こすのにエフェクターを用いていることを意味します。一方で、気孔を閉じられなくなった(恒常的に気孔が開いた)ost2-3D変異体植物で、CYP707A3に加えてCYP707A1も追加で欠損させても、Pst ΔhrcCは水浸漬を起こせませんでした。これらの結果から、CYP707A3はABA量を減少させることで気孔の開口を促し、病原細菌による水浸漬の発生を防いでいることが明らかとなりました。
次に研究グループは、高湿度に応じてCYP707A3の遺伝子発現がどのように誘導されるのか、その仕組みに迫りました。湿度に応じた遺伝子発現変動を網羅的に解析した結果、CYP707A3を含む高湿度誘導遺伝子のリスト化に成功し、さらにそれらの発現を調節するプロモーター領域(注5)には、カルシウムイオン(Ca2+)で活性化されるCAMTAと呼ばれる転写因子の結合配列(CGCG-box)が多く存在することを見出しました。実際に、CYP707A3のプロモーターに存在するCGCG-boxを欠失させると、高湿度に応じた発現の誘導が著しく低下し、水浸漬が起こりやすくなることが分かりました。また、CAMTA3の機能を低下させた変異体植物でも、高湿度環境下でCYP707A3の発現が十分に誘導されず、水浸漬に対する抵抗性が弱まりました。加えて、高湿度に晒された葉では細胞内Ca2+濃度が上昇することが観察され、このCa²⁺シグナルがCAMTA3を介してCYP707A3の発現誘導につながると考えられました。これらの結果から、湿度上昇を感知したシロイヌナズナは、細胞質Ca2+濃度を増加させ、CAMTA3を介してCYP707A3の発現を誘導することで、水浸漬に対する抵抗性を高めていると考えられます。
さらに研究グループは、病原細菌がどのエフェクターを用いてこの防御機構を抑制しているのか、さらに解析を進めました。その結果、特にエフェクターAvrPtoBが、CYP707A3を介した水浸漬抵抗性の阻害に寄与していることを突き止めました。AvrPtoBを植物内で発現させると、高湿度下で本来誘導されるはずのCYP707A3遺伝子の発現が著しく抑制され(図3)、水浸漬に対する抵抗性が低下しました。また、AvrPtoBを欠損した病原細菌Pst DC3000変異株を接種した植物では、CYP707A3の発現が高湿度で誘導されたまま維持され、水浸漬の形成が大きく抑えられました。これらの結果から、病原細菌Pst DC3000はAvrPtoBを用いて植物のABA分解を止めることで、植物の保水機能を利用し、自身の増殖に有利な水集積環境を葉内に作り出していることが示されました。すなわち、植物は湿度上昇を感じた時点で水浸漬を防ぐための防御機構を発動すること、及び病原細菌はそれを打ち破って植物の保水機構を利用する仕組みを備えていることを発見し、植物と病原細菌が葉内の「水」をめぐって繰り広げる攻防を左右する分子標的が、本研究によって明確になりました(図4)。



【今後の展開】
本研究は、湿度を例として、環境変化に応じて、植物が免疫応答を調節する仕組みとともに病原細菌がそれに対抗して用いる感染戦略も明らかにし、環境因子が植物と病原菌の関係性を変化させる仕組みに関して分子生物学的な理解を深めることに貢献するものです。この湿度誘導型の免疫活性化機構を効果的に活用できれば、高湿度環境下における葉の細菌病の発生や拡大を防ぐことに寄与できると考えられます。今後は、イネなどの主要な農作物においても同様の防御機構の有効性を検証するとともに、他の病原細菌も類似の感染戦略を獲得しているのか検証を進めていきます。これらの取組みを通じて、気候変動時代に適した新たな病害防除技術の創出に貢献したいと考えています。


【用語解説】
アブシシン酸:植物の成長や環境応答を調節するホルモンの一つ。種子を休眠させたり、乾燥時に水分を守るため気孔を閉じたりする働きをもつ。
CYP707A3:シトクロムP450型の酵素で、アブシシン酸を分解する最初の反応を担う。
転写因子:DNAに結合して遺伝子の働きを調節するタンパク質。遺伝子の転写を促進したり抑えたりする役割を担う。
Pseudomonas syringae pv. tomato DC3000:トマトやシロイヌナズナに感染し、斑葉細菌病を引き起こす病原細菌。植物と病原細菌の相互作用を調べるためのモデル病原細菌として広く利用されている。
プロモーター領域:遺伝子の上流に位置するDNA領域。遺伝子がいつ、どこで、どの程度働くかが制御される。


【掲載論文】
タイトル:Humidity-driven ABA depletion determines plant-pathogen competition for leaf water
著者:Shigetaka Yasuda*, Akihisa Shinozawa#, Yuanjie Weng#, Arullthevan Rajendram#, Taishi Hirase#, Haruka Ishizaki, Ryuji Suzuki, Shioriko Ueda, Rahul Sk, Yumiko Takebayashi, Izumi Yotsui, Masatsugu Toyota, Masanori Okamoto, Yusuke Saijo* #同等貢献 *責任著者
掲載誌;Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-025-67469-y

本件に関するお問合わせ先
<研究に関すること>
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 植物免疫学研究室
助教 安田盛貴、教授 西條雄介
TEL:0743-72-5594 E-mail:shige-yasuda@bs.naist.jp(安田)saijo@bs.naist.jp(西條)
研究室紹介ホームページ:https://bsw3.naist.jp/saijo/

<報道に関すること>
奈良先端科学技術大学院大学 企画総務課 渉外企画係
TEL:0743-72-5063/5112 FAX:0743-72-5011 E-mail:s-kikaku@ad.naist.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247 E-mail:ex-press@ml.riken.jp

東京農業大学 企画広報課
TEL:03-5477-2650 E-mail:info@nodai.ac.jp

埼玉大学 総務部広報渉外課
TEL:048-858-3932 E-mail:koho@gr.saitama-u.ac.jp

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組織名
学校法人東京農業大学
ホームページ
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代表者
江口 文陽
資本金
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非上場
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〒156-8502 東京都世田谷区桜丘1丁目1-1
連絡先
03-5477-2300

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