立教大学理学研究科物理学専攻 山田研究室の酒井優輔 大学院生、山田真也 准教授、佐藤寿紀 助教 (現明治大学講師)、早川 亮大 研究員 (現KEK研究員)、日暮 凌太 (研究当時 立教大学大学院生)、小湊 菜央 大学院生らの研究チームは、宇宙X線観測衛星チャンドラの世界最高の角度分解能を最大限に活用した独自の画像再合成法 (デコンボリューション法) の開発に成功しました。
【概要】
立教大学理学研究科物理学専攻 山田研究室の酒井優輔 大学院生、山田真也 准教授、佐藤寿紀 助教 (現明治大学講師)、早川 亮大 研究員 (現KEK研究員)、日暮 凌太 (研究当時 立教大学大学院生)、小湊 菜央 大学院生らの研究チームは、宇宙X線観測衛星チャンドラの世界最高の角度分解能を最大限に活用した独自の画像再合成法 (デコンボリューション法) の開発に成功しました。これを用いて超新星残骸カシオペア座AのX線画像の鮮明化に成功しました。図1 (左) はチャンドラ衛星の観測画像で、図1 (右) は独自手法を適用した結果です。新しい画像解析手法を用いることで、高エネルギーの宇宙現象で生じるX線の空間的な広がりを精確に推定することが可能となり、計測精度の向上から未知の構造の発見にもつながると期待できます。また、本手法はチャンドラ衛星のみならず他の衛星やデータにも応用が可能で、天文学においては電波や可視光観測との比較研究など様々な方向へ発展する可能性も秘めています。本研究成果は、米国の「The Astrophysical Journal」誌に2023年6月22日 (日本時間午後10時[菊池 将太1] ) にオンラインで掲載されます。
*図1. (左) チャンドラ衛星による超新星残骸カシオペア座Aの観測画像。色とX線のエネルギーの対応は、赤: 0.5-1.2 keV, 緑: 1.2-2.0 keV, 青: 2.0-7.0 keV、に対応。(右) 本手法を左図に適用した結果。画像全体が鮮明化されている。
(高解像度の画像は添付QRを参照ください)
【研究背景】
実際の観測画像と真の天体像の狭間
宇宙X線天文衛星は、1970年にアメリカのUhuru衛星にはじまり、これまでに日本でも6機のX線衛星を打 ち上げ、宇宙X線観測が発展してきました。X線で宇宙を見ることで、人間の目では見えない高エネルギーの宇宙現象について調べることができます。ブラックホールや中性子星のような高密度天体から、重たい星が一生の最後に起こす超新星爆発と呼ばれる現象など、目がよい (=空間分解能が良い) 装置で宇宙X線を観測することで、未知の熱い宇宙の姿を明らかにすることができます。
チャンドラ衛星 (1999年打上~2023年現在も運用中) は、X線衛星の中で一番の空間分解能 (0.5秒角) を誇ります。その目の良さでこれまでに超新星残骸の時間発展など様々な高エネルギー物理現象が明らかになってきました。しかし、X線の視力に直結する集光装置 (X線望遠鏡) は、光軸から離れるほど、像が一点に綺麗に集光されにくくなります。理想的な点像からのずれの度合いを、点広がり関数(point-spread function; PSF) と呼びます。図2は、チャンドラ衛星が2004年に観測した超新星残骸カシオペア座Aの観測画像を背景として、場所毎のPSFを実測に基づいたシミュレーションで生成したときの形状を示したものです。光軸からの距離が遠くなるほど、集光力が下がり、PSFの広がりが大きくなります。つまり、観測された画像は真の天体像そのものではなく、場所ごとに集光力の異なるレンズで見たものになります。
*図2. (背景) チャンドラ衛星により2004年に観測されたカシオペア座A(Obs. ID=4636)のモノクロ画像。(カラー画像)シミュレーションで得た単色エネルギー(2.3 keV)の場所毎のPSFを等間隔で表示したもの。カラーはPSFの確率分布を表す。
光の到来方向により集光力が異なる影響を補正する方法
真の天体像を見るためには、光の到来方向によって集光性能が異なる影響を上手に補正する必要があります。そのためによく使われる手法として、画像デコンボリューション法があります。事前にシミュレーションなどで得たPSFと観測画像を照らし合わせて、数学的な処理によってPSFの影響を補正し、真の鮮明な画像を推定する方法です。
天文学では、Richardson-Lucyデコンボリューション (RL法) がよく使われます。RL法はRichardson (1972年) とLucy (1974年) によって開発された、ベイズ推定を用いた反復処理により真の鮮明な画像を推定する手法です。デコンボリューション法を実際に適用する際には、1つの観測画像に対して、1つのPSFを使う場合が多いです。しかし、単一のPSFを用いるだけでは、チャンドラ衛星の観測画像全体に対してデコンボリューションを高精度にはできません。そこで、私たちは既存のデコンボリューション手法にPSFの場所依存性と取り入れる方法を考えました。そうすることで、場所ごとの像の歪みを正しく補正し、真の天体像を推定することを目指しました。
【研究成果】
チャンドラ衛星の観測画像全体に適用可能なデコンボリューション法の開発
本研究では、RL法をベースにして、場所ごとのPSFを計算に組み込むための新しい手法を開発しました。RL法の計算方法を見直し、複数のPSFを計算過程で取り込めるように改良しました。実用上は、観測画像全体でピクセル毎にPSFを用意すると非常に計算コストがかかることがわかりました。そのため、ある一定間隔毎にPSFを切り替える設計にすることで、計算の高速化にも実現しました。また、明度によって生じる切り替え部分の人工的な線の発生を抑えるために、独自の補正方法も開発しました。このようにして、チャンドラ衛星の観測画像全体でも実用的な計算時間で、位置依存性のあるPSFを用いたRL法の開発を成功させました。
超新星残骸カシオペア座Aへの適用
開発した独自手法の原理実証として、超新星残骸カシオペア座Aに本手法を適用しました。図1(左)はチャンドラ衛星の観測画像で、図1(右)は独自手法を適用した結果です。像のぼやけ具合が大きくなる画像の右側において、本手法の方が細かい構造が鮮明化しています。図3では、その違いを単色のイメージで解説しました。このように、世界で初めて超新星残骸カシオペア座Aに対して、PSFの空間変化を適切に扱い、観測画像全体に対してデコンボリューションを施し、従来よりも鮮明な天体像を得ることができました。
*図3. (左) 観測生画像(0.5-7.0 keV, Obs. ID=4636, 4637, 4639, 5319)。(右) 左の観測画像に対し図2の場所毎のPSF用いた位置依存性のRL法の反復回数200回の結果。
(高解像度の画像は添付QRを参照ください)
【まとめと今後の展開】
チャンドラ衛星の観測画像全体でのデコンボリューション法を開発し、原理実証として超新星残骸カシオペア座Aに適用しました。チャンドラ衛星は、約20年に渡り観測を進めていますので、空間的な時間発展や未知の構造の発見、動きの高精度の計測など、様々な活用が期待できます。本手法により、X線観測の視力が良くなることで、電波や可視光観測など多波長で宇宙を見る力の幅が広がると考えています。
研究サポート
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費 挑戦的研究(開拓)JP20K20527「精密X線分光偏光観測に向けた極低温コンプトンカメラの開発(研究代表者:山田真也)」、基盤研究(B)JP22H01272 「X線連星SS433ジェットによる電波星雲W50の形成とガンマ線放射生成機構の解明(研究分担者:山田真也)」基盤研究(B)JP20H01941「輻射磁気流体計算に基づく活動銀河中心核状態遷移過程の解明(研究分担者:山田真也)」による助成を受けて行われました。
▼本件に関する問い合わせ先
立教大学総長室広報課
メール:koho@rikkyo.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/