LysM 型受容体を介した自然免疫システムが 陸上植物間で広く保存されていることを解明

~植物免疫システムの起源と進化の理解に貢献~



令和5年9月1 日

研究成果のポイント
・コケ植物ゼニゴケにおけるLysM 型の膜受容体を介した免疫システムを発見
・陸上植物における膜受容体を介した免疫システムの起源、保存性および多様性を示唆
・ゼニゴケにおいて青色光受容体が免疫システムの不活性化に関わることを発見


概要
 植物は自然界において膨大な数と種類の病原体たり得る微生物に曝されていますが、免疫受容体を介した自然免疫システムの活性化により頑健性を示すと考えられています。これまでモデル被子植物であるシロイヌナズナを用いた研究を中心として、微生物に広く保存されている構成成分(MAMP*1)を膜局在型パターン認識受容体(PRR*2)が認識して活性化するパターン誘導性免疫システム(PTI*3)の理解が進められてきました。しかしながら、被子植物を含む維管束植物とは独立して進化の過程を経てきたコケ植物*4におけるPTI の保存性および病害抵抗性への寄与は殆ど知られていませんでした。東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科の四井いずみ助教(元 理化学研究所環境資源科学研究センター植物プロテオミクス研究ユニット特別研究員)とマックスプランク植物育種学研究所の中神弘史グループリーダー(元 理化学研究所環境資源科学研究センター 植物プロテオミクス研究ユニットユニットリーダー)らを中心とする国際共同研究グループは、モデル苔類であるゼニゴケ*5においてカビおよび細菌の細胞壁成分の認識に関わるLysM 型受容体*6を見出し、ゼニゴケにおいてPTI が病原性微生物への抵抗性に寄与していることを明らかにしました。これはLysM 型受容体を介した自然免疫システムが、維管束植物とコケ植物の分岐以前つまりは陸上植物の共通祖先の段階において既に確立されていたことを示唆します。本研究グループは更にリン酸化プロテオミクス*7技術を駆使することで、ゼニゴケでLysM 型受容体の下流においてPTI に関わるタンパク質群を網羅的に見出しました。これらの中には青色光受容体フォトトロピン*8を含むPTI への寄与が報告されていない因子が多数ありました。そこでゼニゴケの変異体を用いた解析を行い、フォトトロピンがMAMP により転写誘導された遺伝子群の定常状態への回復に関わることを見出しました。今回の研究報告により陸上植物における自然免疫システムの保存性やフォトトロピンによるPTI 制御機構の存在が示されました。本研究成果は、米国科学雑誌「Current Biology」(電子版)に掲載されます。

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究(A)「基礎的抵抗性を普遍的に制御するシグナル伝達システムの解明(研究代表者:中神弘史)」、新学術領域研究(研究領域提案型)「病原体の侵入を細胞壁が感知する機構および意義(研究代表者:中神弘史)」の助成を受けたものです。


研究背景
 植物は自然界において膨大な数と種類の病原体たり得る微生物に曝されていますが、細胞膜上の免疫受容体を介した自然免疫システムの活性化により頑健性を示すと考えられています。これまでモデル被子植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana: 学名下線のAt でシロイヌナズナの遺伝子を示す)を用いた研究を中心として、微生物に広く保存されている構成成分(MAMP)を膜局在型パターン認識受容体(PRR)が認識して活性化するパターン誘導性免疫システム(PTI)の理解が進んでいます。代表的なPRR として細菌の鞭毛に由来するflg22 を認識するAtFLS2 や細菌の翻訳伸長因子に由来するelf18 を認識するAtEFR が知られており、これらは細胞外にロイシンリッチリピート(LRR)を持つLRR 型受容体です。この他に、カビの細胞壁成分キチンを認識するAtLYK5 やAtCERK1、細菌の細胞壁成分ペプチドグリカンを認識するAtLYM1/3 は、細胞外にリシンモチーフ (LysM)を持つLysM 型受容体として知られています。近年、被子植物以外にもシダ植物、コケ植物、車軸藻植物など進化系統の異なる様々な植物種のゲノム解読が推し進められており、植物種間での遺伝子の比較解析によるPTI の起源や進化を理解するためのツールが整いつつあります。併せて、コケ植物に属するヒメツリガネゴケ、ツノゴケやゼニゴケのモデル化に伴い遺伝子機能を明らかにすることが可能になってきました。その中、被子植物を含む維管束植物とは独立して進化の過程を経てきたコケ植物におけるPTI の保存性および病害抵抗性への寄与は殆ど知られていませんでした。


研究成果
 本研究グループは、モデル苔類であるゼニゴケ(Marchantia polymorpha: 学名下線のMp でゼニゴケの遺伝子を示す)は、キチンおよびペプチドグリカンを与えると免疫応答を誘導するが、flg22 やelf18等には反応しないことを見出しました。そこでLysM 型受容体様遺伝子の変異体を作り出すことで、キチンおよびペプチドグリカンへの応答に関わるLysM 型受容体を見出し、ゼニゴケにおいてPTI が病原性微生物への抵抗性に寄与していることを明らかにしました。
 ゼニゴケを含む進化系統の異なる様々な植物種由来のLysM 型受容体様タンパク質の分子系統解析*9を行ったところ、LYK(細胞内に活性型キナーゼドメインを持つタイプで、キチン受容体であるAtCERK1を含むグループをLYKa タイプ、もう1つのグループをLYKb タイプとした)、LYR(活性能を欠失したと考えられるキナーゼドメインを持つタイプで、キチン受容体であるAtLYK5 を含む)、LYP(細胞内ドメインを持たずに細胞膜にアンカーされるタイプで、ペプチドグリカン受容体であるAtLYM1/3 を含む)に大別できました(図1)。また、車軸藻植物由来のLysM 型受容体様タンパク質は独立したグループを形成することを見出しました(図1)。ゼニゴケはLYKa, LYKb, LYR, LYP グループに属するLysM 型受容体様タンパク質をそれぞれ1つずつ有することが分かりました(図1)。このことは、ゼニゴケにおけるLysM 型受容体様タンパク質が制御するシステムの遺伝的な冗長性の低さのみならず植物は陸上化の早い段階で4種類のLysM 型受容体様タンパク質をコードする遺伝子を獲得していたことを示唆します。
 ゼニゴケでこれらLysM 型受容体様タンパク質をコードする遺伝子の変異体を作出して解析を行ったところ、LYKa タイプのMpLYK1 とLYR タイプのMpLYR が、キチンそしてペプチドグリカンによる免疫応答の誘導に必要であること(図2)、そしてMpLYK1 は病原性細菌および病原性糸状菌に対する抵抗性に関わっていることが分かりました。一方、LYP タイプのMpLYP のキチンおよびペプチドグリカンへの応答の関与は観察されませんでした(図2)。これらのことは、LysM 型受容体を介したPTI は維管束植物とコケ植物が分岐する前に既に確立されていたことを示唆します。
 PRR の多くはタンパク質リン酸化酵素であり、リン酸化を介して下流にシグナルを伝達します。本研究グループはリン酸化プロテオミクス技術を駆使することで、ゼニゴケでLysM 型受容体の下流においてPTI に関わるタンパク質群を網羅的に探索しました。キチン処理によりリン酸化状態が変化するタンパク質としてキチン受容体もしくは共受容体として機能し得るMpLYR とMpLYK1、シロイヌナズナにおいてPTI を制御する受容体様細胞質キナーゼ(RLCK)やMAPK キナーゼキナーゼ(MAPKKK)、MAPK キナーゼ(MAPKK)、MAP キナーゼ(MAPK)などのゼニゴケにおけるホモログ*10を見出しました。さらに、青色光受容体フォトトロピンを含むPTI への寄与が報告されていない因子が多数含まれていました。そこでゼニゴケの変異体を用いた解析を行い、フォトトロピン(MpPHOT)がMAMP により転写誘導された遺伝子群の発現を抑制することにより定常状態への回復に関わることを見出しました(図3)。今回の研究報告により陸上植物における自然免疫システムの保存性やフォトトロピンによるPTI 制御機構の存在が示されました。


今後の展望
 維管束植物とコケ植物の比較解析をすることにより、維管束植物とコケ植物が分岐する前の共通祖先植物が有していた特徴を推定することが可能となります。本研究において、コケ植物ゼニゴケでPTI を解析するツールを確立することが出来ました。この成果は、植物の免疫システムの起源、保存性および多様性の理解に役立ち、多くの植物種に使える普遍性の高い病害抵抗性技術の開発に貢献できると期待されます。


掲載論文情報
タイトル:LysM-mediated signaling in Marchantia polymorpha highlights the conservation of
pattern-triggered immunity in land plants
掲載誌:Current Biology
doi:10.1016/j.cub.2023.07.068
著者:Izumi Yotsui, Hidenori Matsui, Shingo Miyauchi, Hidekazu Iwakawa, Katharina Melkonian,
Titus Schlüter, Santiago Michavila, Takehiko Kanazawa, Yuko Nomura, Sara Christina Stolze,
Hyung-Woo Jeon, Yijia Yan, Anne Harzen, Shigeo S. Sugano, Makoto Shirakawa, Ryuichi
Nishihama, Yasunori Ichihashi, Selena Gimenez Ibanez, Ken Shirasu, Takashi Ueda, Takayuki
Kohchi, Hirofumi Nakagami
URL:https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.07.068

参考図
図1. 植物種におけるLysM 型受容体様タンパク質の系統樹
ゼニゴケはLYKa, LYKb, LYR, LYP の4種類のLysM 型受容体様タンパク質をそれぞれ1つずつ有し、
車軸藻植物由来のLysM 型受容体様タンパク質は独立したグループを形成する。
LYKa、LYKb:細胞内に活性型キナーゼドメインが存在するタイプ LYR:細胞内に活性能を欠失したキ
ナーゼドメインが存在するタイプ LYP:細胞内ドメインがなく、細胞膜にアンカーされるタイプ

図2. ゼニゴケにおけるキチンもしくはペプチドグリカン処理による活性酸素種バースト
活性酸素種バーストはPTI の指標であり、PRR がMAMP を認識した後に細胞膜局在のNADPH オキシダーゼが活性化されることで一過的に活性酸素種が生成される応答である。ゼニゴケ葉状体上に形成される杯状体の中には無性芽と呼ばれるクローン体が作られる。無性芽を液体培養した組織をMAMP 処理することで活性酸素種バーストが検出できる。LYKa タイプのMpLYK1 とLYR タイプのMpLYR が、キチンそしてペプチドグリカンによる免疫応答の誘導に必要であるが、LYP タイプのMpLYP のキチンおよびペプチドグリカンへの応答の関与は観察されない。


図3. ゼニゴケにおけるフォトトロピンを介したPTI 制御システム

用語解説

*1 MAMP(Microbe-associated molecular pattern)
 微生物が持つ基本的な構造で、生存に重要なため変異が起こりにくい。細菌の鞭毛に由来するflg22、
細菌の翻訳伸長因子に由来するelf18、細菌の細胞壁成分ペプチドグリカン、細菌の細胞膜成分リポ多糖、
カビの細胞壁成分キチンなどが知られている。

*2 パターン認識受容体(Pattern-recognition receptor: PRR)
 MAMP を認識することにより活性化する細胞膜上に存在する受容体のこと。

*3 パターン誘導性免疫(Pattern-triggered immunity: PTI)
 活性化したPRR によって誘導される防御応答をパターン誘導性免疫と呼び、Ca2+バースト、活性酸素
種バースト、受容体様細胞質キナーゼ(RLCK)・MAP キナーゼ(MAPK)・Ca2+依存性プロテインキナ
ーゼ(CDPK)の活性化、カロース沈着、遺伝子発現リプログラミングなどが誘導される。

*4 コケ植物
 維管束植物と独立して進化の過程を経た姉妹系統にある植物種。蘚類、苔類、ツノゴケ類から構成され
ている。

*5 ゼニゴケ
 苔類に属するコケ植物である。進化過程でゲノム重複が起こらず遺伝的冗長性が低い特徴がある。
2017 年にゲノム情報が公開されたことにより配列情報の入手が可能である。遺伝子導入方法も確立されており、相同組み換えによる遺伝子破壊株やCRISPR/Cas9 システムを用いたゲノム編集株の作出が可能であり、遺伝学的解析をする上で有効なモデルコケ植物である。

*6 LysM 型受容体
細胞膜に存在する免疫受容体で、細胞外にリシンモチーフ(LysM)を持つ。細胞内に活性型キナーゼ
ドメインを持つタイプ、キナーゼ活性を持たないキナーゼドメインを持つタイプ、細胞内ドメインを持た
ずに細胞膜にアンカーされるタイプが存在する。

*7 リン酸化プロテオミクス
タンパク質にリン酸基を転移させる化学反応をリン酸化と呼ぶ。リン酸化されたタンパク質を網羅的
に同定・定量する解析のこと。

*8 フォトトロピン
藻類から高等植物まで広く存在する青色光受容体で、N 末端に青色光を受容するLOV ドメインを持
ち、C 末端にはSer/Thr キナーゼドメインを持つ受容体型キナーゼである。ゼニゴケには1 コピー存在
し(MpPHOT)、MpPHOT は青色光反応である葉緑体光定位運動の集合反応と逃避反応の両方を制御す
ることから、被子植物モデルであるシロイヌナズナにおいては機能分化したフォトトロピンの祖先的な
機能を保持していると考えられている。

*9 分子系統解析
DNA の塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列などを用いた系統解析のこと。

*10 ホモログ(相同遺伝子)
同一の祖先種に由来する遺伝子で、類似した塩基配列をもつ遺伝子のこと。

本件に関するお問合わせ先
<研究に関すること>
東京農業大学 生命科学部 バイオサイエンス学科
助教 四井 いずみ
(電話番号)03-5477-2762
(メール)iy202491@nodai.ac.jp

マックスプランク植物育種学研究所
グループリーダー 中神 弘史
(メール)nakagami@mpipz.mpg.de

<広報に関すること>
学校法人東京農業大学 経営企画部
(電話番号)03-5477-2300
(FAX)03-5477-2707
(メール)koho@nodai.ac.jp

理化学研究所 広報室 報道担当
(電話番号)050-3495-0247
(メール)ex-press@ml.riken.jp

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江口 文陽
資本金
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〒156-8502 東京都世田谷区桜丘1丁目1-1
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