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北里大学と慶應義塾大学の研究グループは、人工甘味料として広く使用される糖アルコール「ソルビトール」の摂取が、腸内細菌叢およびその代謝物を介して腸管の炎症性免疫応答を活性化し、大腸炎を悪化させることを明らかにしました。本研究は、北里大学薬学部 微生物学教室の金倫基教授(研究当時:慶應義塾大学薬学部 創薬研究センター 教授)、慶應義塾大学 先端生命科学研究所/同大学大学院政策・メディア研究科 博士課程3年(研究当時)の佐藤謙介、および同大学薬学部薬学科6年(研究当時)の富岡美和を中心としたチームによる研究成果です。
発酵性のオリゴ糖・単糖・二糖・ポリオールの総称であるFODMAP(Fermentable Oligosaccharides, Disaccharides, Monosaccharides, And Polyols)は消化管で吸収されず大腸へ到達することで腸内細菌に利用・発酵され、ガス産生、腹痛、腹部膨満感などを引き起こすため、過敏性腸症候群(IBS)や炎症性腸疾患(IBD)患者の症状を悪化させる可能性が指摘されており、近年では「低FODMAP食」が有効な食事療法として注目されています。なかでもポリオール(糖アルコール)の一種であり甘味料として広く使用されるソルビトールは、活動期IBD患者の腸内で、健常者や寛解期患者と比べて糞便中濃度が高いことが報告されており、腸管炎症との関連も示唆されてきました。しかし、ソルビトールそのものが腸内で炎症を誘導しうるのか、またその際に腸内細菌叢や免疫細胞がどのように関与しているのかについては、これまで明らかにされていませんでした。
本研究では、マウスにソルビトールを摂取させた実験を通じて、ソルビトールが腸内環境と免疫応答に与える影響を詳細に解析しました。その結果、ソルビトール摂取により、実験的大腸炎が悪化することが分かりました。さらに、ソルビトールを継続的に摂取すると、大腸内でIL-1βなどの炎症性サイトカインの産生や、炎症性のM1型マクロファージの分化が促進されていることが明らかになりました。さらに、腸内細菌叢の構成に変化が認められ、とくにPrevotellaceae科細菌の割合が高くなっていました。こうした炎症性の変化は、抗菌剤の投与によって消失したことから、ソルビトールの作用が腸内細菌叢に依存していることが示唆されました。加えて、ソルビトール摂取群では糞便中のトリプタミン濃度が有意に上昇しており、トリプタミンを添加した細胞実験においても、M1マクロファージへの分化およびIL-1βの発現増加が確認されました。
以上のことから、ポリオールが腸内細菌叢の構成や代謝、免疫応答に影響を及ぼし、腸の炎症を悪化させる新たな仕組みが明らかになりました。これにより、低FODMAP食がIBDの急性期における症状緩和に寄与する可能性が示唆されました。一方で、FODMAPの中には腸炎の抑制に関与する糖類も報告されています。そのため、腸内細菌叢の多様性や機能維持の長期的観点から、水溶性食物繊維など腸内に有益な糖類の摂取も考慮することが重要です。
本研究は、腸内細菌・代謝物・免疫細胞の連関に着目した新たな炎症制御の視点を提供し、個別化栄養療法やマイクロバイオームを標的とした治療戦略の発展に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2025年6月19日付で、国際学術誌『iScience』(Cell Press)にオンライン掲載されました。
■研究成果のポイント
・ソルビトール摂取により大腸炎が悪化し、炎症関連遺伝子の発現が増加する。
・ソルビトールは炎症性(M1型)マクロファージを増加させ、IL-1βを介した炎症を促進させる。
・ソルビトール摂取によりPrevotellaceae科細菌およびトリプタミンが増加し、いずれもM1型マクロファージの増加と相関する。
・トリプタミンはM1型マクロファージ分化とIL-1βの発現を誘導する。
■研究の背景
FODMAP(Fermentable【発酵性】、Oligosaccharides【オリゴ糖】、Disaccharides【二糖類】、Monosaccharides【単糖類】、And Polyols【ポリオール】)は、小腸で吸収されにくく、大腸まで到達し、腸内細菌によって発酵されることで、ガスの産生や腹痛、腹部膨満感などの消化器症状を引き起こすことがあります。このため、過敏性腸症候群(IBS)や炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)の患者においては、症状の緩和を目的として低FODMAP食が推奨される場合があります。
なかでもFODMAPの「P」に該当するポリオールの一種であるソルビトールは、低カロリー甘味料として広く使用される一方、腸内細菌による代謝異常を介して下痢を引き起こす「ポリオール不耐症」を生じることが知られています。また、活動期のIBD患者では、健常者や寛解期患者と比べて糞便中のソルビトール濃度が高いことも報告され、腸管炎症との関連が示唆されてきました。しかしながら、こうした食事由来のポリオールが、腸内細菌叢や免疫応答を介して腸管炎症を誘導あるいは増悪しうるか、さらにはその分子メカニズムについても、これまで明らかになっていませんでした。
■研究内容と成果
まず、ソルビトール摂取が大腸炎に影響を及ぼすかを検証するため、マウスにソルビトールを2週間摂取させた後、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を投与し、大腸炎を誘導しました。そして、体重変化・糞便中の炎症マーカー(リポカリン2)・大腸組織切片の観察により炎症評価を行った結果、ソルビトール摂取群では対照群と比較して有意な体重減少、リポカリン2濃度の上昇、ならびに組織損傷の増悪が認められました。
次に、ソルビトール摂取による大腸内の遺伝子発現変化を解析したところ、ソルビトール摂取群では対照群と比較して遺伝子発現パターンが大きく変化し、特にIL-1βを含む免疫細胞由来の炎症応答関連遺伝子が顕著に上昇していました。中でも、炎症を惹起するM1型マクロファージに関連する遺伝子群の発現増加が認められ、これらの変化はIBD患者と健常者の間でも類似の発現パターンが確認されました。以上より、ソルビトール摂取はM1型マクロファージおよびIL-1βの増加を介して腸管炎症を促進する可能性が示唆されました。
さらに、大腸におけるマクロファージの分化状態を解析したところ、ソルビトール摂取群では対照群と比較してM1型マクロファージの割合が有意に増加しており、一方で抗炎症性のM2型マクロファージの割合には両群間で差は認められませんでした。次に、ソルビトールによる大腸炎の増悪にIL-1βが関与しているかを検証するため、IL-1β欠損マウスを用いて実験を行いました。野生型マウスをIL-1β欠損マウスと共飼育した場合、野生型マウスではソルビトール摂取群において大腸炎による生存率が対照群と比較して有意に低下しました。一方、IL-1β欠損マウスではソルビトール摂取の有無にかかわらず、生存率や生存日数に差は認められませんでした。さらに、ソルビトール摂取時においても、IL-1β欠損により大腸炎による死亡率が有意に改善しました。これらの結果から、ソルビトールによる大腸炎悪化にはIL-1βが重要な役割を担っており、ソルビトールによる腸炎悪化にIL-1βが関与することが示されました。
次に、ソルビトール摂取がどのようにM1型マクロファージの増加を引き起こすかを検討しました。ソルビトールは消化管で吸収されず、腸内細菌によって利用されることから、腸内細菌の関与を想定し、抗菌剤投与により腸内細菌を除去したマウスでM1型マクロファージの変化を解析しました。その結果、抗菌剤投与下では、ソルビトール摂取の有無にかかわらずM1型マクロファージの増加は認められませんでした。実際に、ソルビトール摂取群では、対照群と比べて腸内細菌叢の構成が異なり、Prevotellaceae科細菌をはじめとする特定の腸内細菌の割合が増加していました。さらに、Prevotellaceae科細菌の割合はM1型マクロファージの割合と有意な正の相関を示し、抗菌剤投与によりPrevotellaceae科細菌の割合は著しく低下しました。加えて、Prevotellaceae科細菌(P. copri, P. stercorea, P. hominis)のソルビトール利用能を検証したところ、ソルビトール添加によりその増殖が有意に促進されることが確認されました。これらの結果から、ソルビトールはPrevotellaceaeの増殖を促進し、これがM1型マクロファージの増加に関与している可能性が示唆されました。
最後に、腸内細菌叢がどのような代謝物を介してM1型マクロファージの増加に関与しているかを明らかにするため、糞便中のメタボローム解析を行いました。その結果、ソルビトール摂取群でトリプタミンが顕著に増加しており、抗菌投与によりその増加が抑えられることが確認されました。そこで、トリプタミンがM1型マクロファージの分極を促進するかを検証したところ、培養マクロファージにおいてトリプタミン添加は濃度依存的にM1型への分極を誘導し、LPS存在下ではIL-1βの発現も有意に増加しました。これらの結果から、トリプタミンはM1型マクロファージの分極を促進し、IL-1β産生を増強することが示されました。
■今後の展開
本研究により、人工甘味料として広く使用されるソルビトールが、腸内細菌叢およびその代謝物を介して腸管の免疫応答に影響を与え、大腸炎を増悪させる可能性が示されました。ソルビトール摂取により、Prevotellaceaeを含む一部の腸内細菌が増加し、腸内でのトリプタミン産生が促進されました。トリプタミンはM1型マクロファージへの分極とIL-1βの発現を誘導し、炎症応答を増強する経路の存在が示唆されました。これらの知見は、「腸内細菌-代謝物-免疫」の連関を通じて、食事由来成分が宿主の炎症制御に関与しうることを示す重要な成果です。一方で、トリプタミンの産生に関与する腸内細菌種やその遺伝子、ならびにマクロファージ分極の詳細な分子機構については、今後の解明が必要です。また、活動期IBD患者でソルビトール濃度の上昇が報告されていることに加え、本研究で観察された炎症関連遺伝子の発現パターンが、IBD患者の腸管組織における傾向と一致していました。これらの結果は、ポリオールを含むFODMAPの一部が、腸内細菌を介して大腸炎の病態進行に関与する可能性を示すとともに、低FODMAP食がIBD患者に対する有効な栄養介入となりうることを支持するものです。ただし、FODMAPに含まれるすべての成分が腸内環境に悪影響を及ぼすわけではなく、とくに一部の水溶性食物繊維などは、腸内細菌叢の多様性や代謝機能の維持に寄与する可能性があることから、その機能的側面を考慮した食事設計が求められます。今後は、各FODMAP成分が腸内細菌および宿主免疫に及ぼす影響を精緻に解析することで、IBDの状態や腸内環境に応じた個別化栄養療法(precision nutrition)の開発が期待されます。
■論文情報
掲載誌:iScience (Cell Press)
論文名:Dietary fermentable polyols fuel gut inflammation through M1 macrophage polarization and gut microbiota
著 者:Kensuke Sato, Miwa Tomioka, Masahiro Akiyama, Yasuyuki Matsuda, Hideki Hara, Haruki Sasa, Yosuke Kurashima, Joe Inoue, Shinji Fukuda, Yun-Gi Kim*(*責任著者)
DOI:10.1016/j.isci.2025.112934
・本研究は、JSPS科研費 JP23H02718、 JP23K18223、 JP20H0349、次世代研究者挑戦的プログラム(JPMJSP2123)、山形県鶴岡市の助成を受けたものです。
■用語解説
・腸内細菌叢:ヒトの大腸には数百種類、約30兆個の細菌が存在し、互いに作用し会いながら複雑な生態系をなしている。この細菌の生態系を腸内細菌叢と呼び、さまざまな生理機能や疾患への関連性が報告されている。
・IL-1β:炎症反応を誘発するサイトカインの一つ、マクロファージをはじめ、様々な免疫細胞によって産生される。
・M1マクロファージ:自然免疫において重要な役割をもつマクロファージのうち、炎症を惹起し細菌やウイルス感染の役割をになうマクロファージ。過剰な活性化は組織を損傷させる可能性がある。
■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学 薬学部 微生物学教室
教授 金 倫基
e-mail:kim.yungi@kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
学校法人北里研究所 広報室
TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/