北里大学および慶應義塾大学の研究グループは、絶食中に腸内細菌が代謝可能な糖質(腸内細菌利用糖:Microbiota-Accessible Carbohydrates[MACs])を摂取することで、腸内細菌叢を短時間で選択的に再構築する新たな食事介入法を開発しました。本研究は、慶應義塾大学先端生命科学研究所/同大学大学院政策・メディア研究科博士課程の佐藤謙介(研究当時)、同大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授、同大学薬学部生化学講座・北里大学薬学部微生物学教室の井上浄訪問(客員)教授、北里大学薬学部微生物学教室の金倫基教授(研究当時:慶應義塾大学薬学部創薬研究センター教授)を中心としたチームによる研究成果です。
腸内細菌叢の構成は、日々の食事に含まれる栄養素の影響を強く受けています。一方で、特定の腸内細菌を狙って短期間で選択的に増殖させるといった意図的な食事介入は、腸内環境の恒常性(頑健性)によって強く制限されており、これまで実現が困難とされてきました。腸内では、細菌同士が宿主由来の栄養素や代謝産物をめぐって複雑な相互作用を行っており、こうしたネットワークによって腸内細菌群集は高い安定性を保っています。
本研究では、この恒常性の壁を一時的に解除する手段として絶食を導入し、その状態で腸内細菌が利用可能な糖質(MACs)を摂取させることで、特定の菌が優位に増殖する環境を人為的に構築することに成功しました。MACsとは、ヒトの消化酵素では分解されず、腸内細菌によってのみ代謝される糖質であり、代表的なものに食物繊維やオリゴ糖があります。
マウスを用いた実験では、絶食中にMACsを摂取させることで、腸内細菌叢の構成が1日で大きく変化することを確認しました。また、摂取するMACsの種類によって増殖する菌が異なることに加え、腸管におけるIgA抗体----腸粘膜の主要な免疫抗体として感染防御に重要な役割を果たす----の産生が顕著に増強されることも明らかになりました。さらに、抗生物質の使用や強力な薬剤介入に頼ることなく、特定腸内菌の選択的な増殖やIgAの増加といった効果を実現できる点も、本手法の大きな利点といえます。
なお、本研究は動物モデルであるマウスを用いて実施されたものであり、ヒトに応用するためには、今後さらに臨床的検証や実用化に向けた研究が必要です。
本研究成果は、2025年7月5日付で、国際学術誌『BMC Microbiology』(Springer Nature Publishing Group)に掲載されました。
■研究成果のポイント
・絶食により、腸内細菌叢の構成を短時間で大きく変化させることができる。
・絶食中に摂取する腸内細菌利用糖(MACs)の種類によって、優先的に増加する腸内細菌が異なる。
・絶食とMACsの併用により、糞便中のIgA抗体産生が増強される。
■研究の背景
腸内細菌叢は100兆個以上の細菌細胞から構成される複雑な生態系であり、"superorganism(超生命体)"とも称されます。近年、腸内細菌由来の代謝物質が認知機能や免疫、炎症制御など、宿主の多様な生理機能の維持に重要な役割を果たしていることが明らかになっています。腸内細菌は、私たちの食事に含まれる成分、特に腸内細菌利用糖(MACs)を栄養源として増殖するため、これらを利用して腸内細菌叢を望ましい方向へ変化させる「食事介入」が注目されています。しかし、腸内には多種多様な細菌が共存し、互いに競合あるいは相互摂食しながらバランスを保っており、このような外的要因に対する頑健性(resilience)が、介入による腸内細菌叢の変化を妨げる大きな要因となっています。一方、先行研究では、絶食によってこの頑健性が一時的に低下し、腸内細菌叢の構成が大きく変化すること、さらにはその変化が一定期間維持され得ることも報告されています。
そこで本研究では、腸内細菌の選択的増殖を誘導するMACsの摂取と、腸内細菌叢の構造を変化させる絶食を組み合わせることで、短時間で腸内細菌叢を効率的に再構築する新たな手法を提案しました。
■研究内容と成果
これまでの研究により、絶食が腸内細菌の動態に影響を与え、宿主の生理機能を変化させる可能性が指摘されています。特に、絶食は腸内細菌叢の頑健性(robustness)を一時的に低下させることで、外的な刺激に対する感受性を高めると考えられています。しかし、既存の研究は断続的絶食や長期絶食など多様な条件下で実施されており、マウスの系統や疾患モデルの違いによって結果が異なることから、絶食が腸内細菌叢に及ぼす影響については未解明な点が多く残されていました。そこで本研究では、絶食が腸内細菌叢の構成に与える影響を明確にするため、C57BL/6Jマウスに対して36時間の完全絶食(水のみ)を行い、腸内細菌叢の構成変化を解析しました。その結果、絶食により腸内細菌叢は短時間で顕著に変化することが明らかとなりました。
具体的には、Bacteroidota門やPseudomonadota門に属する細菌の相対存在量が増加し、Bacillota門、とくにLactobacillus属に属する細菌の相対存在量が有意に減少しました。これにより、絶食が腸内細菌叢の構成を短時間で再構築可能な手段であることが実証されました。
先行研究や本研究の結果から、Lactobacillus属細菌は消化管内の栄養状態に応答しやすく、フラクトオリゴ糖(FOS: Fructooligosaccharides)などの特定の糖質を資化して増殖する能力をもつことが知られていました。そこで本研究では、絶食中にFOSを投与することで、Lactobacillusの選択的増殖が可能かどうかを検証しました。マウスに36時間の絶食を施し、その期間中にFOSを経口投与したところ、絶食+FOS群では腸内細菌叢の多様性が低下し、絶食単独群とも異なるユニークな腸内細菌叢組成を示すことが明らかとなりました。さらに詳細な解析の結果、Lactobacillus属の相対存在量が絶食+FOS群において有意に増加していることが確認されました。
加えて、腸内細菌叢の制御や感染防御に重要なIgA抗体の産生が、絶食+FOSの条件下で有意に増強されることも明らかとなり、免疫機能の活性化に資する可能性が示唆されました。
次に、本手法の効果をさらに高めるため、絶食とMACs摂取の最適な組み合わせ条件を検討しました。36時間の絶食期間中における投与量やタイミングの違いが、健康維持との関連が示されているBifidobacterium属細菌の増殖に与える影響を評価しました。
その結果、絶食開始から12時間ごとに3回MACsを投与する「パターンC」が、他の投与法と比較して最も高いBifidobacteriumの相対存在量を示すことが明らかとなりました。さらに、絶食の持続時間と菌の増殖との関係を検討したところ、36時間の絶食がBifidobacteriumの増殖に最も有効であることが確認されました。
これらの結果から、36時間の絶食中に12時間ごとにMACsを摂取する投与パターンが、Bifidobacteriumの選択的増殖に最も効果的であることが示されました。
本手法が他の難消化性オリゴ糖においてもBifidobacteriumの増殖促進効果を示すかどうかを検証するため、ヒトミルクオリゴ糖の一種である6'-シアリルラクトース(6SL: 6'-sialyllactose)を用いて解析を行いました。その結果、絶食中に6SLを投与したマウスでは、Bifidobacteriumに加え、Parabacteroides、Atopobiaceae、Burkholderiaceaeといった複数の腸内細菌の相対存在量が有意に増加することが確認されました。さらに、糞便中のTotal IgA産生量も有意に増加しており、本手法が腸内細菌叢の構成変化と粘膜免疫応答の調節の両面において有用である可能性が示唆されました。
最後に、オリゴ糖とは構造の異なる糖類による腸内細菌叢への作用を検証するため、酵母・穀類・菌類などに含まれる多糖類β-グルカンの一種である、微細藻類ユーグレナ由来のパラミロンに着目しました。従来の研究では、パラミロンによる腸内細菌叢への影響を得るには約30日間の継続摂取が必要とされていましたが、本研究では絶食中にパラミロンを投与することで、36時間という短時間でBacteroidesや[Eubacterium] coprostanoligenesの相対存在量が有意に増加することを確認しました。さらに、糞便中のTotal IgA産生量も有意に増加しており、短期介入であっても多糖類の腸内細菌叢および粘膜免疫への影響を効率的に高められる可能性が示されました。
■今後の展開
本研究では、絶食が腸内細菌叢の構造に顕著な変化をもたらすこと、さらに絶食中に腸内細菌利用糖(MACs)を投与することで、短期間に特定の腸内細菌の選択的増殖とIgA抗体の産生を誘導できることを明らかにしました。今後は、これらの変化が再摂食後にもどの程度持続し、宿主の生理機能にどのような影響を及ぼすか、またその分子メカニズムについての詳細な解明が求められます。
絶食とMACsの併用による腸内細菌叢の精密な制御は、今後、さまざまな食品成分・薬剤・治療法と組み合わせることで、個人の腸内環境や病態に応じた介入効果の最適化に貢献できる可能性があります。また、抗生物質や過剰な薬剤投与を伴うことなく、腸内環境や粘膜免疫に作用し得る点も本手法の大きな利点といえます。
これらの成果は、絶食とMACsを組み合わせた介入法が、腸内細菌叢の構造的リモデリングを目的とした新たな栄養学的アプローチとして、疾患予防や治療における応用可能性を有することを示唆しています。ただし、本研究は動物モデルに基づくものであり、ヒトへの応用にはさらなる研究と臨床的検証を通じた安全性・有効性の確認が不可欠です。
■論文情報
掲載誌:BMC Microbiology (Springer Nature Publishing Group)
論文名:Fasting Builds a Favorable Environment for Effective Gut Microbiota Modulation by Microbiota-accessible Carbohydrates
著 者:Kensuke Sato, Ayaka Nakashima, Shinji Fukuda, Joe Inoue*, Yun-Gi Kim*(*責任著者)
DOI:10.1186/s12866-025-04140-y
・本研究は、JSPS科研費 JP23H02718、JP 23K18223、次世代研究者挑戦的プログラム(JPMJSP2123)、ヤングリーダシップ奨学基金、Sylff Research Grant、リバネス研究費、協和発酵バイオ株式会社、株式会社ユーグレナ、山形県鶴岡市による助成を受けたものです。
■用語解説
・腸内細菌利用糖(MACs:Microbiota-Accessible Carbohydrates) :消化管で消化・吸収されずに大腸へ到達することで腸内細菌が利用することができる炭水化物(糖)。
・腸内細菌叢:ヒトの大腸には数百種類、約30兆個の細菌が存在し、互いに作用しあいながら複雑な生態系をなしている。この細菌の生態系を腸内細菌叢と呼び、さまざまな生理機能や疾患への関連性が報告されている。
・IgA抗体:体内では2番目に多い抗体で特に粘膜組織で分泌され、感染防御や腸内細菌叢の制御などにおいて重要な役割を持っている。
■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学 薬学部 微生物学教室
教授 金 倫基
e-mail:kim.yungi@kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
学校法人北里研究所 広報室
TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/