イヌの消化器型リンパ腫に対する新たな治療標的を発見 ―グルタミン代謝の阻害が腫瘍細胞の増殖を抑制―(北里大学)

北里大学

北里大学獣医学部の酒居幸生講師らの研究グループは、イヌの消化器型リンパ腫細胞において「グルタミナーゼ」という酵素が高発現していること、さらに同酵素の阻害により腫瘍細胞の増殖や生存を抑制できることを明らかにしました。本研究成果は、2025年9月24日付で国際学術誌Veterinary Medicine and Scienceに掲載されました。 ■研究成果のポイント ・イヌ消化器型リンパ腫細胞においてグルタミナーゼ【注1】の発現が亢進している可能性を示しました。 ・同細胞にグルタミナーゼ阻害剤を処置したところ、クエン酸回路【注2】の抑制、細胞周期の停止、細胞死の誘導が起こり、生存率が低下しました。 ・本疾患に対する新たな治療標的としてグルタミン代謝が有望であると考えられました。 ■研究の背景  消化器型リンパ腫は、胃腸管や腹腔内リンパ節を中心に腫瘍性リンパ球が増殖する疾患です。イヌに発生する腫瘍の中でも特に予後が悪く、治療を行っても症例の生存期間中央値は数ヶ月程度とされています。酒居講師らはこれまでの研究で、消化器型リンパ腫に罹患したイヌの血中アミノ酸濃度を分析し、慢性腸炎や健常犬に比べて血中グルタミン濃度が顕著に低下していることを見出しましたが、現象論的な理解に止まっていました。ヒト医学領域では、さまざまな腫瘍においてグルタミン代謝の亢進が確認されており、この特徴は腫瘍の進展に深く関与しているため、特にグルタミナーゼは有望な治療標的として注目されています。そこで本研究では、イヌ消化器型リンパ腫細胞におけるグルタミン代謝の役割を調べました。 ■研究内容と成果  はじめに、健常犬の末梢血単核球(PBMCs)【注3】と消化器型リンパ腫に罹患したイヌから樹立された腫瘍細胞株におけるグルタミナーゼの発現を比較したところ、後者で発現が高いことが分かりました(図1)。  続いて、イヌ消化器型リンパ腫細胞株を様々な濃度のグルタミナーゼ阻害剤(CB-839)で処置したところ、濃度依存的に細胞生存率が低下しました(図2)。  抗腫瘍効果のメカニズムを調べるために、CB-839で処置された腫瘍細胞内の代謝物濃度を網羅的に解析したところ、グルタミンからグルタミン酸への変換が抑制されており、さらにクエン酸回路の中間代謝物濃度が著しく低下していました。また、細胞周期解析やアネキシンアッセイという手法を用いた結果、CB-839処置による細胞周期停止や細胞死の誘導が確認されました。以上の結果より、イヌ消化器型リンパ腫細胞ではグルタミナーゼの発現が亢進し、グルタミン代謝が腫瘍の増殖や生存に重要な役割を果たしていることが示唆されました(図3)。 ■今後の展開  本研究成果は、イヌの消化器型リンパ腫に対する新たな治療標的としてグルタミン代謝の有用性を示すものです。細胞実験で得られた知見を基盤に、今後は生体レベルでの治療効果を検証する予定です。さらに、グルタミン代謝の阻害を他の治療法に加えることで、治療効果が増強される可能性があるため、併用療法の開発にも取り組んでいきます。 ■論文情報 掲載誌:Veterinary Medicine and Science 論文名:Glutaminase expression in canine large-cell alimentary lymphoma cells and effects of glutaminase inhibition by CB-839 著 者:Kosei Sakai*, Masaki Hirao, Satoshi Kameshima, Yasuhiko Okamura, Takuya Mizuno, Shunsuke Shimamura (* 責任著者) DOI:10.1002/vms3.70601 URL:https://doi.org/10.1002/vms3.70601 ※本研究は、独立行政法人 日本学術振興会 科研費(課題番号:JP23K14087)および2023 年度の大阪公立大学戦略的研究推進事業(若手研究)の支援を受けて実施されました。 ■用語解説 注1:グルタミナーゼ  グルタミンをグルタミン酸に変換する酵素であり、KGAとGACの2つのアイソフォームが存在する。 注2:クエン酸回路  エネルギー代謝の中心的な回路であり、細胞小器官であるミトコンドリア内のマトリックスという場所で行われる。 注3:末梢血単核球(PBMCs)  末梢血から分離されたリンパ球や単球などの単核球を指す。 ■問い合わせ先 【研究に関すること】  北里大学獣医学部獣医学科  小動物第1内科学研究室  講師 酒居 幸生(さかい こうせい)  e-mail:sakai.kosei@vmas.kitasato-u.ac.jp 【報道に関すること】  学校法人北里研究所 広報室  TEL:03-5791-6422  e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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