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【本研究のポイント】
・カミングアウト注1)は心の健康に寄与するとされるが、日本では依然としてハードルが高い。
・本研究では、シスジェンダーかつ異性愛者の日本人を対象に、性的マイノリティおよびカミングアウトに対する態度を調査した。
・参加者全体の平均としては、性的マイノリティに対して肯定的な態度が示された。
・しかし、人々は「自分よりも世間一般の方が否定的である」と推定する傾向が確認された。
・こうした認識が、当事者によるカミングアウトを支える行動を弱める可能性が示唆された。
・理解者が多いという事実の共有が、カミングアウトしやすい社会につながる可能性がある。
【研究概要】
名古屋大学大学院情報学研究科の孟 憲巍(もう けんい)准教授と水野 佑佳 博士前期課程学生は、性的マイノリティ当事者注2)に対して、実際よりも世の中は冷たいと多くの人が思い込んでおり、そのことが当事者のカミングアウトへの支援を弱めている可能性を示しました。
性的マイノリティ当事者にとって、性自認や性的指向を隠して生活することは精神的健康の悪化につながる一方、カミングアウトが受け入れられれば心理的幸福感の向上が期待されます。しかし日本では、「カミングアウトできない」と感じる当事者の割合が高く、その背景にある心理・社会的要因の解明が課題となっていました。
本研究の結果、多くの人は自分自身を性的マイノリティに対して理解ある存在だと捉えている一方で、世間一般は自分よりも否定的であると推定していることが明らかになりました。さらに、この認識が、当事者のカミングアウトを積極的に支援する姿勢を弱めている可能性が示されました。実際には理解者が多いという事実を共有することが、当事者が安心してカミングアウトできる社会づくりにつながる可能性が示唆されました。本研究は、職場や学校での環境整備やメディア報道のあり方を考える上でも重要な示唆を与えます。
本研究成果は、アメリカ心理学会(APA)刊行の国際査読誌『Psychology of Sexual Orientation and Gender Diversity』に、2026年3月30日(現地時間)付で掲載されます。
【研究背景】
性的マイノリティ当事者にとって、性自認や性的指向を周囲に隠すことは、抑うつなどの精神的健康の悪化と関連することが報告されています。一方で、それらをカミングアウトし、周囲に受け入れられた場合には、長期的なウェルビーイングの向上につながることも示されています(Rabins et al., 2025)。しかし、カミングアウトは依然として大きな心理的負担を伴う行為であり、とりわけ日本では「職場でカミングアウトできない」と感じる人の割合が国際的に見ても高いことが報告されています(Deloitte, 2023)。 これまでの研究は、当事者が抱く差別や偏見の不安に主に焦点を当ててきました。しかし、カミングアウトの意思決定において重要と考えられる「周囲からの支援」という側面については、十分な検討がなされていません。
【研究内容】
本研究では、性的マイノリティ非当事者における当事者のカミングアウトを支援しようとする意思に影響する心理的要因について、「多元的無知」という社会心理学的現象に着目して実証的に検討しました。多元的無知とは、人々が他者の考えを実際よりも否定的(または肯定的)だと誤って推定してしまう現象です。本研究では、「自分は性的マイノリティに肯定的だが、世間一般は否定的だろう」という認識のずれが、当事者のカミングアウトを積極的に支援する姿勢を弱めるのではないか、という仮説を検証しました。
370名のシスジェンダー(生まれた時の性別と性自認が一致する人)かつ異性愛者を対象にオンライン調査を実施し、①性的マイノリティに対する自身の受容態度、②世間一般の受容態度の推定、③当事者のカミングアウトを支援する意思、の3点を測定しました。その結果、参加者は自分の態度と比較して、世間一般の人々の態度をより否定的に推定する傾向を示し、多元的無知が確認されました(図1)。
図1.性的マイノリティに対する参加者自身の受容態度(黄色)と、世間一般の受容態度についての推定(灰色)。点は各参加者のデータを示す。円は平均値を示し、エラーバーは平均値の標準誤差を表している。Mizuno & Meng (2026) をもとに作成。
なお、参加者自身の態度の平均は尺度の中点を上回っていました。つまり、参加者全体としては性的マイノリティに対して肯定的な態度がみられた。
さらに、個人としては肯定的な態度を有しながらも世間一般は否定的であると認識している人々(多元的無知群)は、自己および世間一般の双方を肯定的と認識している人々(自他ポジティブ群)に比べて、当事者の友人がカミングアウトしようとする場面で支援しようとする意思が低い傾向にありました(図2)。加えて、自他ポジティブ群の支援態度の平均は尺度の中点を上回っていたのに対し、多元的無知群では中点付近にとどまり、積極的な支援姿勢が十分に示される水準には達していませんでした。
図2.カミングアウトを支援する態度の群別比較。ネガティブ群=紺色、多元的無知群=緑色、ポジティブ群=オレンジ色。点の大きさは、それぞれの回答を選択した参加者数を示す。陰影は回答の分布を表し、色が濃いほどその値が現れやすいことを意味する。平均値はプラス記号で示され、エラーバーは95%信頼区間を表す。破線(y=4)は尺度の中点を示す。Mizuno & Meng (2026) をもとに作成。
この結果は、当事者のカミングアウトを支援するかどうかは、個人の価値観だけでなく、「周囲はどう考えているか」という認識が重要な役割を果たしていることを示しています。
【成果の意義】
1. カミングアウト支援の心理的メカニズムの解明
従来は性的マイノリティ当事者側の困難さに焦点が当てられてきましたが、本研究は、「支援する側」である非当事者の心理構造に着目した点に新規性と実践的意義があると考えられます。また、多元的無知という社会的認知の枠組みをカミングアウト支援の文脈に応用し、社会規範の誤認が支援行動を抑制しうることを実証的に示した点は、心理的メカニズムの解明に理論的な示唆を与えるものと考えられます。
2. 日本社会における実践的示唆
日本は国際比較においてカミングアウトの困難度が高い社会と指摘されています。本研究は、日本において実際には肯定的な態度が多く存在するにもかかわらず、「社会は否定的である」という誤認が支援行動を抑制している可能性を示しました。したがって、個人の価値観を変える啓発だけでなく、「実際には多くの人が肯定的である」という規範情報を提示することや、他者態度の誤認を是正するフィードバック介入が、カミングアウトしやすい社会環境の形成につながる可能性が示唆されます。
【用語説明】
注1)カミングアウト:
性的マイノリティ当事者が、自分の性自認や性的指向などについて、自発的に他者に打ち明けることを指す。
注2)性的マイノリティ当事者:
性自認(自分をどの性別(ジェンダー)と認識しているか)や性的指向(どの性別の人を好きになるか)が、社会において少数派にあたる人々を指す言葉。一般に、社会の多数派であるシスジェンダー(生まれた時の性別と性自認が一致する人)と異性愛者以外の人たちのことを指す。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどが含まれる。
【論文情報】
雑誌名:Psychology of Sexual Orientation and Gender Diversity
論文タイトル:Misperceived Public Attitudes Undermine Support for Sexual and Gender Identity Disclosure in Japan
著者:Yuka Mizuno and Xianwei Meng (名古屋大学)
DOI:10.1037/sgd0000911
URL:
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/sgd0000911
▼本件に関する問い合わせ先
名古屋大学総務部広報課
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/