海の天然物が抗がん剤効果を最大7倍に高める機構を発見 効果を高めながら副作用を抑える、新しい治療戦略開発へ期待

【本研究のポイント】
・海洋天然物ミカロライドCが、細胞分裂に重要な役割を果たすタンパク質のβ-チューブリンに結合するという、新たな機能を発見した。
・ミカロライドCおよびマクロラクトン類縁体注1) が、抗がん剤パクリタキセル注2) による働きを強力に促進・安定化する相乗効果を示すことを発見した。
・マクロラクトン類縁体は単独では細胞毒性が低い一方、パクリタキセルの抗腫瘍活性を4~7倍程度増強することを発見した。
・副作用を低減した新しい微小管注3)阻害薬の開発が期待される成果である。


【研究概要】

 名古屋大学大学院生命農学研究科の 北 将樹 教授、名古屋大学細胞生理学研究センターの 大嶋 篤典 教授らの研究グループは、海綿動物由来の天然物ミカロライドCが、従来知られていたアクチン脱重合作用に加えて、β-チューブリンにも結合する新しい作用機構を持つことを発見しました。さらに、ミカロライドCおよびマクロラクトン類縁体が、代表的な抗がん剤パクリタキセル(タキサン系薬剤)による微小管形成を強力に促進・安定化することを解明しました。
 チューブリンは微小管と呼ばれる細胞内構造を作るタンパク質で、細胞分裂の際に重要な役割を果たします。抗がん剤パクリタキセル(タキサン系薬剤)は、この微小管を安定化することでがん細胞の分裂を停止させます。マクロラクトン類縁体は単独ではほとんど細胞毒性を示さないにもかかわらず、パクリタキセルと併用することで大腸がん細胞の増殖抑制活性を最大約7倍増強しました。一方、正常細胞では相乗効果はほとんど見られず、がん細胞に対する選択性が高まることも確認されました。タキサン系抗がん剤の効果を高めながら副作用を抑える新しい抗がん治療戦略の開発につながると期待されます。
 本研究成果は、2026年3月17日にドイツの国際学術誌 Angewandte Chemie International Edition にオンライン掲載されました。

【研究背景】

 天然物は医薬品開発において重要な役割を果たしており、特に大環状構造を持つ天然物は、標的分子と特異的に相互作用することで優れた生理活性を示すことが知られています。海洋産の海綿から単離されたミカロライド類は、トリスオキサゾール構造を持つ大環状天然物であり、アクチン脱重合活性を示す細胞骨格阻害剤として知られてきました (図1 A)。これまでの研究により、ミカロライドの側鎖構造がアクチン結合に重要であることが明らかにされています。
 しかし、ミカロライドのマクロラクトン構造部分がどのような生物学的機能を持つかについては、これまでほとんど解明されていませんでした。そこで本研究では、ケミカルプローブを用いた解析により、ミカロライドの新しい標的分子と作用機構を明らかにすることを目的として研究を行いました。

【研究手法と成果】

 研究グループは、ミカロライドCを基にした光親和性ビオチンプローブ注4) を設計し、ヒト大腸がん細胞(HCT116)の細胞抽出液を用いて標的タンパク質の同定を行いました。その結果、従来の標的であるアクチンに加えて、β-チューブリンが新たな標的分子であることを明らかにしました。
 さらに、チューブリン重合アッセイや透過型電子顕微鏡 (TEM) 観察により、ミカロライドCおよびそのマクロラクトン類縁体が、抗がん剤パクリタキセルによる微小管形成を大きく促進する相乗効果を持つことが示されました。TEM観察では、パクリタキセル単独では短い微小管しか形成されないのに対し、ミカロライドCを併用すると長い微小管フィラメントの形成が顕著に促進されることが確認されました(図1B)。
 また、がん細胞増殖試験では、パクリタキセル単独の50%増殖阻害濃度 (IC50)注5) は3.1 nMであるのに対し、ミカロライドCを微量 (0.1 nM) 添加すると、パクリタキセルのIC50値は0.74 nMとなり、活性が約4倍向上しました。さらに、細胞毒性がほとんどないマクロラクトン類縁体の添加でも、最大約7倍の活性増強が確認されました。 分子モデリング計算を行った結果、ミカロライドCは β-チューブリン間のタンパク質間相互作用を安定化する分子接着剤(molecular glue)注6) として作用することが示唆されました(図1C)。

図1. ミカロライドCの新規標的分子および作用機序

【成果の意義】

 チューブリンは「微小管」と呼ばれる細胞内構造を作るタンパク質で、細胞分裂の際に重要な役割を果たします。抗がん剤パクリタキセル(タキサン系薬剤)は、この微小管を安定化することでがん細胞の分裂を止める薬として広く使われています。一方で、タキサン系抗がん剤(パクリタキセル、ドセタキセルなど)は正常細胞にも働くため、神経障害などの副作用が問題となっています。
 本研究では、ミカロライドCおよびその誘導体が低濃度でパクリタキセルの微小管安定化作用を増強することを明らかにしました。特に、マクロラクトン類縁体はアクチンに作用する構造を持たず、単独では毒性を示さないため、がん組織に選択的に集積させることができれば、抗がん剤の有効性の向上や投与量の低減、副作用の軽減といった新しい治療戦略につながる可能性があります。
 さらに、本研究は海洋天然物の未知の生理機能を明らかにするとともに、天然物を基盤とした新しい微小管阻害剤の創出につながる成果として期待されます。

【付記】

本研究は科学研究費補助金(23H03823、24K01635)等の支援を受けて実施しました。

【関連する特許出願】

本論文の成果に基づく特許を、国内出願およびPCT国際出願しております。

【用語説明】

注1)マクロラクトン (macrolactone)
大きな環状構造を持つエステル化合物の総称であり、多くの天然物に見られる。薬理活性を示す天然物の重要な骨格の一つとして知られている。

注2)パクリタキセル (paclitaxel)
微小管を安定化させて細胞分裂を止める作用を持つ抗がん剤で、乳がんや卵巣がんなどの治療に広く使われている薬。類似骨格を持つ化合物とともにタキサン系薬剤とも呼ばれる。

注3)微小管 (microtubule)
細胞の中にある細い管状の構造で、細胞の形を保ったり、細胞分裂の際に染色体を分配したりする役割を持つ細胞骨格の一種。構成タンパク質である α/β-チューブリンのヘテロ二量体が重合することで形成される。

注4)光親和性ビオチンプローブ (photoaffinity biotin probe)
光を当てると標的タンパク質に結合するケミカルプローブ(特定の生体分子と結合するように設計された化合物)の一種で、ビオチンという標識を利用して結合したタンパク質を回収・同定できる。

注5)IC50(half maximal (50%) inhibitory concentration)
細胞の増殖や酵素活性などを50%抑えるのに必要な薬剤の濃度を示す指標で、薬の強さ(活性)を比較する際によく用いられる。

注6)分子接着剤(molecular glue)
2つのタンパク質同士の結合を強めることで生物学的作用を引き起こす小分子化合物の概念。

【論文情報】
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Trisoxazole Macrolides Potentiate the Microtubule Assembly and Antimitotic Activities of Taxanes(トリスキサゾールマクロライドはタキサン類の微小管集合および抗有糸分裂活性を増強する)
著者:Shohei Ebihara, Rio Takaiso, Shota Kawaguchi, Atsunori Oshima, Masaki Kita(海老原 尚平1、髙礒 理央1、川口 翔大2、大嶋 篤典2–6、北 将樹1,7)1: 名古屋大学 大学院生命農学研究科、2: 名古屋大学 大学院創薬科学研究科、3: 名古屋大学 細胞生理学研究センター、4: 名古屋大学 糖鎖生命コア研究所、5: 名古屋大学One Medicine創薬シーズ開発・育成研究教育拠点、6: 名古屋大学 未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所、7: 名古屋大学 未来社会創造機構 オープンイノベーション推進室

DOI:10.1002/anie.202522954
URL: https://doi.org/10.1002/anie.202522954

▼本件に関する問い合わせ先
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735
FAX:052-788-6272
メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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