【横浜市立大学】ヘテロクロマチン形成促進の分子機構ヒストンH1の役割
本研究成果は、Communications Biology誌に掲載されます(日本時間2026年4月9日18時)。
研究成果のポイント
- クロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構成しているヒストンの役割
- ユークロマチン形成に関与するヒストンH3とH4の協調的な化学修飾(アセチル化)
- ヒストンH1があると協調的な化学修飾が抑制されヘテロクロマチンを促進する
研究背景
細胞中の核内のDNAは、ヒストンタンパク質に巻き付いてクロマチン構造を形成していますが、非常に密に凝集したヘテロクロマチンと、それ程凝集していないユークロマチンが存在します。ヘテロクロマチンでは遺伝子の発現が抑制されていますが、ユークロマチンでは特定の遺伝子が発現し細胞の特異性を決めています。ヘテロクロマチンとユークロマチンの変換により、ヒトでは約250種類と言われている細胞の種類が決められています。この変換の制御が異常になると、細胞はがん化や様々な疾病の原因にもなりますので、クロマチン構造変換の正常な制御は私達の健康な体の維持に非常に重要です。
クロマチンを構成する単位はヌクレオソームです。4種類のヒストン(コアヒストン:H2A、H2B、H3、H4)の各2量体の合計8量体の周りに約146塩基対のDNA(コアDNA)が巻き付いて、その両端から約10‐30塩基対のDNA(リンカーDNA)が突き出ています。リンカーDNAには1個のリンカーヒストンH1が結合しています。各ヒストンのN末やC末に存在するヒストンテールの化学修飾がユークロマチンやヘテロクロマチン形成を制御しています。有名な化学修飾としてはヒストンのリシンのアセチル化があります。アミノ酸のリシン残基は正電荷を帯びていて、ヌクレオソーム中の負電荷を帯びたDNAと動的に相互作用してDNAの動きを止めています。よってヘテロクロマチン中のヒストンテールはインタクトの正電荷を帯びたリシン残基になっています。ところがユークロマチンでは遺伝子の発現を行うためにヌクレオソームが緩んでDNAが離れる必要があります。そのためにはヒストンテール中の正電荷を消す必要があり、リシン残基がアセチル化されます。ユークロマチン中のリシン残基はほとんどアセチル化されています。このようにヒストンテールのリシン残基のアセチル化と脱アセチル化は酵素によって行われ、各々ヒストンアセチル化酵素(HAT)やヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)と呼ばれています。
研究内容
ヒストンのアセチル化として特にヒストンH4のN末テールの5番目、8番目、12番目、16番目に存在するリシン(H4-4Kと略記)のアセチル化(H4-4Kacと略記)がユークロマチン形成に重要です。私たちは、以前の研究でヒストンH4-4Kacを含むヌクレオソームと通常のヌクレオソームの構造を比較したところ、ヌクレオソームのコアの構造は変化しないのに、H4のテールの動的構造が変化し、さらにはH3のN末テールの動的な構造も変化することを見出しました。H4のテールはアセチル化によりDNA結合型からDNA非結合型に変化しますが、その結果H3のN末テールのDNA結合型構造も変化し、更にその動的な構造変化によってH3のN末テールの酵素によるアセチル化反応が促進されることを見出し論文として発表しました[1,2]。この事はH4のアセチル化がH3のアセチル化と協調していること意味し、ユークロマチンの協調的な形成に対応します。H4のアセチル化によるH3のN末テールの動的な構造変化を図1(左)で示しています[1-4]。
それではヘテロクロマチン形成はどう担保されるのかが次の疑問点になります。ヘテロクロマチン形成にはリンカーヒストンH1も関与しています。今回の実験ではリンカーヒス
トンH1の存在がH4とH3のN末テールの相互作用にどう影響するのかを調べてみました。H1が結合したヌクレオソームを特にクロマトソームと呼びます。
図2にヒストンH4-4Kacを含むクロマトソームのクライオ電顕構造の一例を示します。ヌクレオソーム上にヒストンH1が結合していますが、ヌクレオソームのコアの構造もヒストンH1のコアの構造にも通常のH4の構造[5]と全く変化が見えませんでした。H4のアセチル化によってヌクレオソームの構造変化はありません。
次に粗視化分子動力学(CGMD)計算を行いました。図3の上段が通常のH4を含んだクロマトソームで下段がH4-4Kacを含んだクロマトソームです。クロマトソーム中にはヒストンH3が2個存在しますので、ヒストンH1のコアに近い方をproximal (p)と呼び遠い方をdistal (d)と呼んでいます。H4のアセチル化によってH3のdistalのNテールの動的なコアDNAへの結合が少し減っていますが、大きな変化は見えませんでした。
図4にH4アセチル化クロマトソーム(黒)と通常のクロマトソーム(赤)のH3のN末テールのNMRのシグナルを示します。通常のクロマトソームではシグナルが2つに割れていますが、2個のH3のproximalとdistalのN末テールのシグナルを示しています。H4がアセチル化されると2個のシグナルは1個に変化しますのでNMRの測定の間で2個のN末テールは動的に1個のシグナルに変換したことがわかります。その収束した1個のシグナルはリンカーDNAが存在しないヌクレオソームコア(NCP)中のN末テールのシグナルに対応しています。動的なリンカーDNA結合型はヒストンアセチル化酵素と反応しますが、リンカーDNAが存在しないNCPではコアDNAと動的に相互作用しますのでアセチル化酵素の反応を受けにくくなります。実際にH3のN末テールのアセチル化反応を追跡すると図5に示すようにH4アセチル化クロマトソームではアセチル化反応が極めて遅くなっていることがわかります。通常のヌクレオソーム中やクロマトソーム中ではH3のN末テールはアセチル化されやすいのにH4がアセチル化されたクロマトソームではH3のN末テールのアセチル化が抑えられているのはヒストンのアセチル化の協調的な反応をクロマトソーム中のヒストンH1が抑えていることになります(図1(右))。ユークロマチン形成の協調的なヒストンテール間の相互作用をリンカーヒストンH1が抑制し、ヘテロクロマチン形成側に制御していることになります。
横軸が1Hの縦軸が15Nの化学シフト。H3N末テールの36個のアミノ酸シグナルをクロマトソーム(赤)、H4アセチル化クロマトソーム(黒)、NCP(青)で重ね書き。右図は6番のトレオニン、7番のアラニン、8番のアルギニンの各シグナルの拡大図である
アセチル化酵素を加えた後で、NCP(青)、アセチル化クロマトソーム(黒)、クロマトソーム(緑)、ヌクレオソーム(赤)中のH3N末テールのリシン14番のNMRシグナルのアセチル化による強度変化を各時間でプロットした
今後の展開
ヘテロクロマチンの形成は細胞の分化やがん化に於いて非常に重要で、ヘテロクロマチン構造の異常は個々の遺伝子の発現パターンを大きく変化させ、これが発がん過程、あるいは悪性化へ寄与しています。本研究で解明したユークロマチン形成とヘテロクロマチン形成に関与するリンカーヒストンH1の分子機構の解明は細胞分化や発がん過程の理解に役立つと考えられます。
研究費
本研究は、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業、文部科学省「先端研究基盤共用促進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム) NMR共用プラットフォーム」、JSPS科研費(基盤B)の一環で行われました。
論文情報
タイトル: Linker histone H1 represses H3 tail acetylation induced by H4 tail acetylation and alters its dynamics
著者:Ayako Furukawa, Kenta Echigoya, Samuel Blazquez, Masatoshi Wakamori, Hideaki Ohtomo, Yasuo Tsunaka, Takashi Umehara, Tsuyoshi Terakawa, Yoshimasa Takizawa, Hitoshi Kurumizaka and Yoshifumi Nishimura
掲載雑誌:Communications Biology
DOI:https://doi.org/10.1038/s42003-026-09926-y
用語説明
*1 Cryo-EM(クライオ電子顕微鏡):解析試料を氷の中に分散し、電子顕微鏡で分散した各々の試料を個別に解析し、多数の電子顕微鏡像から3次元構造を再構築する。通常の電子顕微鏡では試料が真空中で干からびた構造になるが、Cryo-EMでは水溶液中の試料の3次元構造を氷の中に固めた状態で測定できるのでより機能構造が判る。最近の技術的な進歩により原子レベルでタンパク質やDNAとの複合体構造が解析できるようになった。
*2 CGMD(粗視化分子動力学計算):タンパク質中の全原子に基づく分子動力学計算に代わり、粗く原子集団で分子動力学計算を行う。
*3 NMR(核磁気共鳴):核スピンをもった原子核(1H、13C、15N)は強い磁場中で磁場の強度に応じて特異的にラジオ波(600MHz、800MHz、950MHz)を吸収し、タンパク質中の原子核の動的な情報を与える。ふらふらと揺らいでいるタンパク質部位の原子レベルでの同定が可能である。
参考文献
- Furukawa A, Wakamori M, Arimura Y, Ohtomo H, Tsunaka Y, Kurumizaka H, Umehara T, Nishimura Y. Acetylated histone H4 tail enhances histone H3 tail acetylation by altering their mutual dynamics in the nucleosome. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 117, 19661-19663 (2020). doi: 10.1073/pnas.2010506117.
- Furukawa A, Wakamori M, Arimura Y, Ohtomo H, Tsunaka Y, Kurumizaka H, Umehara T, Nishimura Y. Characteristic H3 N-tail dynamics in the nucleosome core particle, nucleosome, and chromatosome. iScience. 2022; 25:103937. doi: 10.1016/j.isci.2022.103937.
- Tsunaka Y, Furukawa A, Nishimura Y. Histone tail network and modulation in a nucleosome. Curr Opin Struct Biol. 2022 75: 102436. doi: 10.1016/j.sbi.2022.102436.
- Okuda M., Tsunaka Y., Nishimura Y. Dynamic structures of intrinsically disordered proteins related to the general transcription factor TFIIH, nucleosomes, and histone chaperones. Biophys Rev. 2022 14:1449-1472. doi: 10.1007/s12551-022-01014-9.
- Zhou, B., Feng, H., Kale, S., Fox, T., Khant, H., de Val, N., Ghirlando, R., Panchenko, A., and Bai, Y. Distinct Structures and Dynamics of Chromatosomes with Different Human Linker Histone Isoforms. Mol Cell 81, 166-182 (2021).
