【横浜市立大学】Y染色体は消えない?―ヒト発生を支える新機能を発見

横浜市立大学

Y染色体遺伝子が転写因子の配置を制御し、遺伝子発現を支える仕組みを解明

 横浜市立大学大学院医学研究科 分子生物学教室の秋山智彦助教(研究開始当時:慶應義塾大学医学部坂口記念システム医学講座所属)の研究グループは、Y染色体上の遺伝子UTYが、X染色体上の類似遺伝子UTXと協調して、ヒト初期発生に重要な役割を果たすことを明らかにしました。男性にのみ存在するY染色体は、進化の過程で多くの遺伝子を失い、これまで主に性決定や生殖機能に関与する染色体として理解されてきました。しかし本研究により、Y染色体上に残るUTYがUTXとともに転写因子*1の適切な配置を支えることで、遺伝子発現*2を調節し、初期発生における多能性*3の維持や分化過程を制御することが示されました。さらにUTYは、酵素活性をほぼ失っているにもかかわらず、非触媒的機能によって転写制御を支える“足場”として働くことが明らかとなりました。この発見は、Y染色体をめぐる従来の見方を見直し、発生における性差の理解を深めるものです。
 本研究成果は、発生生物学分野の国際学術誌「Development」にオンライン掲載されました(2026年5月14日)。

研究成果のポイント
  • Y染色体UTYの新たな機能をヒトの胚性幹細胞で解明
  • 酵素活性に依らない遺伝子制御機構を発見
  • UTXとUTYの協調が多能性維持に必須と判明

図1 本研究の概要
Y染色体遺伝子UTYは、転写因子を“正しい場所”へ導く。UTXとUTYは、酵素活性に依存せず転写因子の配置(assembly)を維持し、正常な遺伝子発現を支える。


研究背景
 ヒトの細胞には通常46本の染色体があり、その中でY染色体は男性にのみ存在し、性別を決定する役割を担っています。一方で、他の染色体と比べて非常に小さく、進化の過程で遺伝子数が減少してきたことから、「将来的に消失する可能性がある」とも指摘されてきました。
 しかし、Y染色体には長い進化の過程でも失われずに維持されてきた遺伝子が存在しており、それらがなぜ保存されてきたのかは大きな謎でした。これらの遺伝子の多くは、性決定に関わる遺伝子とは異なり、全身のさまざまな細胞で発現していることが知られており、性決定以外の重要な機能を担っている可能性が考えられています。その機能を明らかにすることは、Y染色体の進化的意義を理解する上で重要です。
 本研究で注目したUTYは、このように進化的に保存されてきた遺伝子の一つです。一般に、遺伝子は相同染色体上に2つ一組(ペア)で存在します。しかしUTYは例外的で、Y染色体上のみに存在し、X染色体上の相同遺伝子*4UTXと対をなしています。UTXは遺伝子発現を制御する酵素(JmjCドメインを持つヒストンH3K27特異的脱メチル化酵素)として知られていますが、UTYは進化の過程で変異が入り、酵素活性がほとんど失われているうえ、発現量も低いことから、その機能は長らく不明のままでした。これまでのマウス研究では、UTYが胚発生に関与することが示唆されていましたが、その分子メカニズムは明らかになっておらず、ヒトにおける検証が求められていました。

研究内容
 本研究では、ヒト発生におけるUTYの役割を明らかにするため、Y染色体を持つヒト胚性幹細胞(ES細胞)*5を用いて解析を行いました。ヒト胚性幹細胞は、初期胚に由来し、未分化な状態を保ったままさまざまな細胞へと分化できる性質(多能性)を持つ細胞です。
 Y染色体は繰り返し配列が多く、遺伝子の発現量も低いことから、その機能解析はこれまで困難とされてきました。本研究では、ゲノム編集技術*6によりUTYに人工タグ*7を付加し、細胞内での局在やゲノム上での結合領域を高精度に解析しました。
 その結果、UTYはこれまで考えられていたよりもはるかに広範に、全染色体にわたるゲノム上の約1万箇所に結合していることが明らかとなりました。結合箇所を調べたところ、これらの多くは遺伝子発現制御に重要な領域であるプロモーターおよびエンハンサー領域に位置していました。また、その結合分布はUTXと大きく重なっており、UTYがUTXと機能的に重複しながら、遺伝子発現の制御に関与していることが示されました(図2)。
 
図2 UTXおよびUTYはヒトES細胞において共通の転写制御領域を占有する
UTXおよびUTYのゲノム上の結合を解析するため、CRISPR-Cas9ゲノム編集技術により、各遺伝子座位に3×FLAG-HAタグをノックインしたヒトES細胞株を作製した(A)。Flag抗体によるChIP-seq解析の結果、UTYはUTXと同様に、多能性維持に重要な遺伝子の近くに結合していることが明らかとなった(B)。さらに、UTX/UTYが結合する領域には、多能性維持に重要な転写因子OCT4(Pou5f1)およびSOX2が認識する配列モチーフが多く存在していた(C)。


 さらに、UTXとUTYを欠損させた細胞を解析した結果、UTYは酵素として直接作用するのではなく、転写因子やクロマチン制御因子*8を適切なゲノム領域に配置することで、遺伝子発現を支える役割を担うことが明らかになりました。実際に、UTXとUTYの両方を欠損させると、OCT4やSOX2といった重要な転写因子の結合パターンが広範囲に変化し、それに伴って遺伝子発現に異常が生じました(図3)。
 
図3 UTX/UTY欠損によるOCT4結合領域の変化
UTXとUTYを同時に欠損させたヒトES細胞では、多能性維持に重要な転写因子OCT4の結合位置が大きく変化した(左)。実際に、本来は結合しない遺伝子領域に新たなOCT4結合が現れることが確認され(右)、UTXとUTYが転写因子OCT4の適切なゲノム局在を維持する役割を持つことが示された。


 また、UTXまたはUTYの単独欠損では大きな影響は見られませんでしたが、両方を同時に欠損させると、細胞は未分化な状態を維持できなくなりました。さらに、免疫不全マウス*9に移植してもさまざまな組織に分化する能力(テラトーマ形成能*10)を失っており、多能性が著しく損なわれていることが確認されました(図4)。これらの結果から、UTXとUTYは協調して多能性の維持に必須の役割を果たしていることが示されました。
 
図4 UTX/UTY欠損細胞では多能性が著しく低下する
野生型およびUTX/UTY欠損ヒトES細胞のテラトーマ形成能を評価した。UTX/UTY欠損細胞ではテラトーマ形成能が著しく低下しており、多能性の喪失が示された。(スケールバー、5 mm)

 以上の結果は、UTYが酵素活性に依存しない転写制御の中核因子として機能し、ヒト発生を支える新たな分子機構の一端を明らかにしたものです。


今後の展開
 本研究は、これまで「小さく、いずれ消える可能性がある」と考えられてきたY染色体が、ヒト発生における遺伝子発現の制御に重要な役割を担うことを示しました。特に、酵素活性をほとんど持たないUTYが転写因子の配置を調整することで遺伝子発現を支えるという発見は、遺伝子制御の新たな理解につながります。さらに本研究は、男性と女性の間で転写制御に違いが存在する可能性を示唆しており、今後は性差に基づく発生制御の分子基盤の解明や、不妊症・発生異常の理解への展開が期待されます。


研究費
 本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)(課題番号:JP19K06492、JP22H04699、JP22K06090、JP20H04929、JP20H05395)の支援を受けて実施されました。

 
論文情報
タイトル:Functional redundancy between UTY and UTX in regulating the localization of transcription factors involved in pluripotency
著者:Tomohiko Akiyama(責任著者), Toshiya Nakahara, Saeko Sato, Kei-ichiro Ishiguro, Masashi Yukawa, Miu Yamamoto, Hidehisa Takahashi and Minoru S. H. Ko
掲載雑誌:Development
DOI:https://doi.org/10.1242/dev.205328

 
 
 
用語説明
*1 転写因子:DNAに直接結合し、遺伝子の働きをオンまたはオフにして調節するタンパク質。
*2 遺伝子発現:遺伝子のDNA配列情報をもとに、RNAやタンパク質などが作られること。
*3 多能性:1つの細胞が、体をつくるいろいろな種類の細胞に変わることができる性質。
*4 相同遺伝子: もともと同じ起源を持ち、似た働きをする遺伝子の組。
*5 ヒト胚性幹細胞(ES細胞):受精後まもない胚に由来し、体のさまざまな細胞に変わることができる性質を保ったまま増えることができる細胞。
*6 ゲノム編集技術:DNAの特定の配列を狙って切断したり書き換えたりする技術。
*7 人工タグ:タンパク質の位置や動きを調べるために付加する短いアミノ酸配列。
*8 クロマチン制御因子:DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いて存在しており、その密な状態とゆるんだ状態を変えることで、遺伝子の働きを調節する分子。
*9 免疫不全マウス:免疫機能が弱く、ヒトの細胞を移植しても拒絶しにくいマウス。
*10 テラトーマ形成能:幹細胞が体内で神経や筋肉など多様な組織を含む腫瘍(テラトーマ)を形成できる性質。多能性の指標として用いられる。
 

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