世界初、超長波長帯一括変換を用いた100テラビット毎秒超の長距離光増幅中継伝送に成功 ~IOWN/6Gに向けて単一コア光ファイバにおける既存技術の3倍超の大容量化へ~
- 新たに開発したPPLN(周期分極反転ニオブ酸リチウム)による超長波長帯一括変換技術により、既存機器を活用して新たな超長波長帯が利用できるようになりました。
- 光伝送システムの大容量化に必須な波長資源の拡大技術の開発で課題となっていた伝送距離の長延化に成功しました。
- この成果により、光ファイバ1芯あたりの大容量化と伝送距離の長距離化が期待できます。
大容量光伝送システムにおいては、日本における基幹光ネットワークの大動脈である東名区間(約500 km)以上の距離を光増幅中継できることが重要です。本実験では、超長波長帯(U帯)(※1) 用に新たに開発した波長帯一括変換技術を適用し、超長波長帯向け光増幅中継器を世界で初めて実装しました(※2)。従来技術でU帯を光伝送システムに適用しようとすると、送受信機や光増幅中継器等の開発が必須(図1(a))ですが、既存の材料系では実現が困難です。本実験では、超長波長帯一括変換技術により従来帯域用の機器やデバイスを利用して、U帯の光増幅中継を実現しました(図1(b))。さらに、既存の光増幅技術と融合することで、従来波長帯のC帯、L帯とU帯の3つの波長帯を用いて波長資源を14.85 THzまで拡大し、長距離大容量光増幅中継伝送を実現しました。
今回の成果は、光ファイバ通信における超長波長帯への波長資源拡大の可能性を示したものであり、IOWN(※3)/6Gにおけるオールフォトニクス・ネットワークにおいて、既存の3倍以上の大容量データをより遠くへ届けられる基盤技術として期待されるものです。
1.背景
高速通信を必要とするアプリケーションの普及や、AIの急速な進展により世界を駆け巡るデータ量は急激に増大しており、それらを支える基幹光ネットワークには、継続的な大容量化が求められています。基幹光ネットワークで使われている光ファイバ伝送システムでは、異なる波長のデジタルコヒーレント(※4)光信号を多数束ねて、光のまま増幅中継し、目的地まで敷かれた光ファイバ上を長距離伝送しています。現在では、約4THzの光増幅帯域(=波長資源)をもつ光増幅器(EDFA)が中継器として使われ、C帯またはL帯と呼ばれる光帯域が実用化されており、送受信機を高度化することで、光ファイバ伝送システムの大容量化をはかってきました。しかしながら、送受信機の高度化のみによる大容量化は理論限界に近付きつつあり、更なる大容量化のためには、新たな波長帯への帯域拡大が必要になっています。また、光伝送システムには大容量化とともに長距離化も求められており、日本における基幹光ネットワークで通信量が最大規模となる東名区間(約500km)と同等以上の距離を光増幅中継できることが重要となります。
NTTでは、波長資源拡大のため、周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN: Periodically Poled Lithium Niobate)導波路(※5)による光パラメトリック増幅(※6)を用いた広帯域増幅中継技術を実証してきました。これまでは、従来帯域であるC帯の短波長側(S帯)に波長資源を拡大し、光帯域14.1 THzで最長伝送距離が400 kmと(※7)、長距離化が課題でした。一方、もう一つの従来帯域であるL帯に隣接する超長波長帯(U帯)への波長資源拡大は、従来帯域に比べ光ファイバの損失が高いという課題があります。また、一般的に新たな波長帯域を伝送に用いるには、その帯域用の送受信機・光増幅中継器など伝送装置の新規開発が必要ですが、U帯伝送装置は対応する既存の材料系では実現が難しいものとなっています。本成果では、超長波長帯一括変換技術を適用することで従来機器やデバイスを活用して、2つの従来波長帯(C帯、L帯)と新たな超長波長帯(U帯)の3つの波長帯合計で既存技術の3倍以上となる14.85 THzまで波長帯を拡大(図2)、高精度伝送設計技術を適用することで課題を解決し、大容量・長距離伝送を実証しています。
2.技術のポイント
① 波長帯一括変換技術を適用したU帯用光増幅中継器
現在、U帯に対応した光等化器などのデバイスがほとんどないためU帯波長多重信号をそのまま光増幅中継するのは困難です。本成果では、光パラメトリック増幅の1機能である波長帯変換に着目し、L帯とU帯間で波長帯変換が可能なPPLN導波路を新たに設計・作成し、波長帯一括変換器として実装しました。さらに、この波長帯一括変換器と既存機器であるL帯のEDFA・光等化器とのハイブリッド構成のU帯光増幅中継器を構成しました(図3)。本中継器では、U帯波長多重信号をL帯に変換し、L帯で利得等化とその損失をEDFAで補い、再度U帯に変換することで、帯域4.5 THzの高品質なU帯光増幅中継を可能にしました。
②広帯域伝送設計技術
U帯は、一般的に、光ファイバの曲げ損失や光ファイバの素材であるシリカガラスの特性による赤外吸収損失が増えていく波長帯となっています。一方で、帯域10 THzを超える広帯域波長多重信号が光ファイバ上を伝搬すると、短波長側から長波長側の信号に光パワーの遷移が生じる、「誘導ラマン散乱」と呼ばれる現象が生じます。誘導ラマン散乱は、各波長の光信号パワーや、波長多重信号の光スペクトル形状などに依存して複雑に変化するため、最適な伝送条件を実験的に調べるのは困難です。NTTでは、ガウシアンノイズモデル(※8)と呼ばれる理論計算モデルを独自に改良し[2]、3つの波長帯の合計伝送容量が最大になるように、実験上の制約も考慮して伝送条件を計算し、光増幅中継伝送実験に適用しました。これにより、この誘導ラマン散乱効果を利用し、従来帯域であるC帯、L帯の信号光から、損失の大きいU帯信号にパワーを遷移させることでU帯において実効的に低損失化し (図4)、伝送容量と長距離化を両立する高精度な伝送設計が可能になっています。
③ 超高速デジタルコヒーレント信号送受信技術
各波長のデジタルコヒーレント信号として、シンボルレート144ギガボー(※9)の偏波多重PCS-QAM信号(※10)を採用しました。本成果では、NTTが研究開発を行っている高速回路技術に、回路性能を最大限引き出すデジタル信号処理技術[3]を適用することにより、前回成果(※7)からシンボルレートを約10%高速化し、より長距離伝送に適した信号を実現しました。伝送距離に応じて1波長あたり約600ギガビット毎秒から最大1.3テラビット毎秒までの高速多値光信号を高品質に送受信可能です(図5)。
3.光増幅中継伝送実験の概要
中継間隔80 kmの周回伝送実験系(※11)を構築し、14.85 THz帯域の光増幅中継伝送実験を実施しました。波長多重間隔は150 GHzを想定し、C帯は30波長4.5 THz、L帯は39波長 5.85 THz, U帯は30波長 4.5 THzの波長多重信号を配置しています(図6)。U帯の波長多重信号は、既存波長帯の信号を波長帯一括変換して生成しました。伝送する波長多重信号として、合計99波長、14.85 THzとなり、光パワーと各波長帯のスペクトル形状は広帯域伝送設計技術に基づき設定されています。光増幅中継器は、C帯とL帯は、それぞれの帯域に対応した光増幅器(EDFA)を、U帯は波長帯変換技術を適用した光増幅中継器を適用しました。144ギガボー PCS-QAM信号の伝送後の信号品質評価を全波長で実施したところ、前回成果(※7)の最長伝送距離と同等の480 kmにおいては、1.7倍以上となる125.6 テラビット毎秒の伝送容量を得ました。さらに、伝送距離800 kmにおいて、全波長1テラビット毎秒以上で総伝送容量 115.3テラビット毎秒を得ており、これは、集中増幅器のみを用いた中継間隔80 kmかつ100テラビット毎秒を超える伝送において世界最長距離となっています。また、2400 km伝送後においても、72.6テラビット毎秒の容量を達成し、長距離光増幅中継伝送における超長波長帯への波長資源拡大の可能性も実証しました(図7)。
4.今後の展開
本成果で示した超長波長側への波長資源拡大は、短波長側への波長資源拡大技術とともに用いれば、20 THzを超えるような更なる広帯域化や、光ファイバ伝送路や伝送システム全体の特性に適したフレキシブルな波長資源拡大による大容量化が期待されます。特に、波長資源拡大技術は、図8に示すように波長当たりの高速化(マルチテラビット化)技術(※12)と融合することで、伝送容量と距離のスケーラビリティを大きく拡大する技術としても期待されています。NTTでは、2030年代のIOWN/6Gにおけるオールフォトニクス・ネットワークの進化に向けて、独自のデバイス技術、デジタル信号処理技術、光伝送技術の融合を深化させ、研究開発を進めていきます。
本研究への支援
本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究(JPJ012368C04501)により得られたものです。
【参考文献】
1.Takayuki Kobayashi, Shimpei Shimizu, Akira Kawai, Masanori Nakamura, Masashi Abe, Takushi Kazama, Takeshi Umeki, Munehiko Nagatani, Kosuke Kimura, Hitoshi Wakita, Yuta Shiratori, Fukutaro Hamaoka, Hiroshi Yamazaki, Hiroyuki Takahashi, and Yutaka Miyamoto, "C+L+U-Band 14.85-THz WDM Transmission Over 80-km-Span G.654.E Fiber with Hybrid PPLN-OPA/EDFA U-Band Lumped Repeater Using 144-Gbaud PCS-QAM Signals," in Proc. OFC2024, paper Th4A.1, 2024.
2. Kosuke Kimura, Takayuki Kobayashi, Shimpei Shimizu, Masanori Nakamura, Takushi Kazama, Masashi Abe, Takeshi Umeki, Akira Kawai, Fukutaro Hamaoka, and Yutaka Miyamoto, "GN-model-based SNR estimation in 15.2-THz bandwidth inline-amplified transmission with 80-km fibre spans," in Proc. ECOC2023, paper We.C.2.3, 2023.
3. Akira Kawai, Masanori Nakamura, Takayuki Kobayashi, Munehiko Nagatani, Hiroshi Yamazaki, Takeo Sasai, Fukutaro Hamaoka, and Yutaka Miyamoto, "Digital Inverse Multiplexing for Transmitters With Symbol Rates Over DAC Bandwidth Limit," J. Lightwave Technol. 42, 4076-4085, 2024.
【用語解説】
※1 波長帯の名称と波長範囲:
C帯とL帯は、石英光ファイバの低損失波長として、長距離光通信に用いられる代表的な光通信波長帯であり、国際通信連合(ITU-T)で国際標準化されています。C(Conventional)帯は、1530 - 1565nm, L(Long wavelength)帯は、1565 - 1625nmの波長範囲となっており、この2つの信号波長は、各々の帯域で実用的な光増幅中継が可能です。C帯、L帯各々の信号帯域を光の周波数帯域幅に換算すると約4~5THzとなります。また、C帯の短波長側の1460 nm – 1530 nmはS(Short wavelength)帯、L帯の長波長側の1625 nm – 1675 nmはU(Ultralong wavelength)帯と呼ばれています。
※2 2024年8月現在NTT調べ。
※3 IOWN:
NTTニュースリリース「NTT Technology Report for Smart World:What's IOWN?」の発表について
https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/05/09/190509b.html
※4 デジタルコヒーレント:
デジタルコヒーレント技術とは、デジタル信号処理とコヒーレント受信と組み合わせた高効率な光伝送方式です。コヒーレント受信とは、受信側に配置した光源と、受信した光信号を干渉させることにより、光の振幅と位相を受信することが可能な技術です。偏波多重や位相変調などの変調方式により周波数利用効率を向上させるとともに、デジタル信号処理を用いた高精度な光信号の補償と、コヒーレント受信により、大幅な受信感度向上を実現します。
※5 周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:Periodically Poled Lithium Niobate):
非線形媒質であるニオブ酸リチウム(LiNbO3)において、自発分極と呼ばれる結晶内の正負の電荷の向きを一定の周期で強制反転させた人工結晶です。周期的分極反転ニオブ酸リチウムは、元のニオブ酸リチウム結晶よりも圧倒的に高い非線形光学効果を得ることが出来ます。
※6 光パラメトリック増幅技術(OPA:Optical Parametric Amplifier):
物質中で生じる非線形光学効果を利用して、異なる波長の光同士を相互作用させることで、特定の波長の光を増幅する技術です。非線形媒質として、高非線形ファイバやニオブ酸リチウムが知られています。
※7 NTTニュースリリース「世界最大14.1THz帯域での長距離一括光パラメトリック増幅中継伝送に成功~IOWN/6Gにおけるオールフォトニクス・ネットワークの波長資源拡張技術として期待~」:
https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/06/16/230616c.html
※8 ガウシアンノイズモデル:
光増幅器や電気回路で信号に付加される雑音は、ガウシアンノイズと呼ばれ、信号の振幅に足し合わされ(加法性)、その値はガウス分布の統計的性質をもちます。一方で、光ファイバ上で生じる非線形光学効果によって光信号は歪みを受けますが、歪みの影響は信号の波形に依存するため、雑音と統一的に扱うのが困難です。ガウシアンノイズモデルでは、長距離伝送において、光ファイバの波長分散の影響で非線形歪みが平均化されることに着目して、ガウス分布にしたがう雑音として扱います。厳密には、信号の歪み量と雑音は加算できませんが、ガウシアンノイズモデルでは、信号の劣化要因となるものを雑音として計算し加算することで、統一的な扱いが可能になり、伝送設計を信号対雑音比のみで行えるようになります。
※9 ギガボー(シンボルレートの単位):
1秒間に光波形が切り替わる回数。144ギガボーの光信号は、光波形を1秒間に1440億回切り替えて情報を伝送しています。
※10 PCS-QAM信号:
PCS(Probabilistic Constellation Shaping)とは、情報理論に基づき信号点の分布と配置を最適化することにより、信号伝送に必要な信号対雑音比の条件を軽減する技術です。QAM(Quadrature Amplitude Modulation)とは、信号光の振幅と位相の両方に情報を乗せる変調方式です。PCS技術をQAM方式に適用することにより、伝送路条件に応じて信号品質を最適化することが可能となります。本成果では、PCS-64QAMとPCS-16QAMを評価信号として用いています。
※11 周回伝送評価系:
光増幅器や伝送路ファイバをループ状に接続し、光スイッチで光信号の入出力タイミングをコントロールすることで、少ない機材で、長距離の光増幅中継伝送を試験できる実験方式
※12 波長当たりの高速化(マルチテラビット化)技術:
NTTニュースリリース「世界最高速、1波長あたり毎秒2テラビット超の光伝送実験に成功
~IOWN/6Gにおけるオールフォトニクス・ネットワークの大容量化・長距離化技術として期待~」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/09/22/220922a.html