横浜市立大学大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻の金子 惇准教授らの研究グループは、日本の「へき地
*1」と都市部における医療の質の格差について、これまでに発表された論文や報告書を網羅的に収集し、現状と課題を整理しました。この研究は、カナダ Western大学のMaria Mathews教授や島根県 雲南市立病院の太田 龍一医師との共同研究であり、本研究成果は、国際学術誌「BMC Health Services Research」に掲載されました(2025年5月9日オンライン)。
研究成果のポイント
- 「へき地」と都市部の医療格差に関する国内の研究を整理し、15件の研究を分析。
- 医療の質の3つの要素である構造、過程、結果を「へき地」と都市部で比較したところ、「へき地」の方が比較的質が劣るという研究が多く見られたが、医師の診療の幅が広いなど、へき地の方が質が高い傾向を示す研究もあった。
- 多くの研究が病院を対象としており、診療所などのプライマリ・ケア*2に関して「へき地」と都市部の医療の質を比較したものはほとんどなかった。
- 「へき地」と都市部の指標が研究ごとに異なり、比較が難しいという課題も判明。
- 日本から2023年に発表された医療におけるへき地尺度「Rurality Index for Japan」の活用が今後の研究の鍵となる可能性。
研究背景
日本には約6,800の島々があり、人口の約9%が過疎地域に居住しています。医師がいない「無医地区」もあり、地域によって医療へのアクセスに大きな差があります。こうした格差を是正するためには、まず現状を正確に把握することが必要です。本研究は、医療の質を評価するフレームワーク「Donabedianモデル」(医療の質を構造・過程・結果の3つの要素に分けて分析するモデル)を用いて、「へき地」と都市部で医療の質を比較しているこれまでの日本の研究を分析し現状と課題を明らかにすることを目的としました。
研究内容
スコーピングレビュー
*3を行い、2006年以降に発表された論文5,020件から、「へき地」と都市部の医療を比較している15件の研究を選定し、医療の「構造(例:人口当たりの医師数など)」、「過程(例:心筋梗塞発症から治療開始までの時間や心不全に対するガイドラインに沿った治療実施率など)」、「結果(例:死亡率など)」の3つに分類しました。その結果、15件中9件の研究においては「へき地」は都市部に比較して医療の質が劣るという結果でしたが、3件の研究では、「へき地」の方が医師の診療の幅が広いなど質が高い面も見られました。また、多くの研究が病院を対象とし、診療所などプライマリ・ケアを担う施設に関する研究は少なく、特に「結果」を調査したものはありませんでした。さらに、「へき地」や都市部の指標や基準は研究ごとに異なり、比較が難しいという課題も判明しました。
今後の展開
「へき地」と都市部のプライマリ・ケアにおける医療の質の違いに関する研究は少なく、「結果」を評価した研究はありませんでした。また、「へき地」や都市部の指標として広く用いられているものがない、という課題も明らかになりました。今後は、「へき地」と都市部の医療の質を一貫した指標で比較できるようにすること、その上でプライマリ・ケアに焦点を当てた研究を増やすことが重要です。
研究費
本研究は、JSPS科研費 JP24K02670の助成を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Rural and Urban Disparities in Access and Quality of Healthcare in the Japanese Healthcare System: A Scoping Review
著者:Makoto Kaneko, Ryuichi Ohta, Maria Mathews
掲載雑誌:BMC Health Services Research
DOI:
https://doi.org/10.1186/s12913-025-12848-w
用語説明
*1 へき地:「へき地」という言葉は医療資源の乏しい郡部を指す言葉として行政文書でも用いられており、英語のruralに対応する言葉として本研究では「へき地」「へき地度」という言葉を用いている。ただ、「へき地」も”rural”もネガティブなニュアンスを含んで用いられる場合もあるものの、他に適切な用語が無いため使用されているという側面もあり、その点を鑑みて、本プレスリリースでは「 」付きの「へき地」「へき地度」という表現を用いている。
医療における「へき地」の度合いを表す尺度を開発
https://www.yokohama-cu.ac.jp/res-portal/news/2023/20230622kaneko.html
「へき地」と都市部の診療の幅の違いが明らかに
https://www.yokohama-cu.ac.jp/res-portal/news/2023/20240112kaneko.html
*2 プライマリ・ケア:身近にあって、何でも相談にのってくれる総合的な医療。病気に至る前の状態での健康相談や予防医療など、幅広い領域にまたがる。
患者中心のプライマリ・ケア評価尺度の日本版を開発
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2022/202205kanekomakoto.html
*3 スコーピングレビュー:ある研究分野の全体像や既存のエビデンスの中でどの部分の研究が不足しているかを明らかにするために、再現性のある方法で文献レビューを行う手法。