発表のポイント:
- 通信端末と無線基地局との接続に欠かせない同期信号からセンシング用途に活用できる電波伝搬情報の取得技術を考案しました。
- 生活環境において取得した商用基地局の電波伝搬情報をAI解析することで、屋外を通行している人数を推定する実証に世界で初めて成功しました。
- 本成果により、6Gでの導入が期待される通信とセンシングを統合したシステム(ISAC: Integrated Sensing And Communication)の有効性を明らかにするとともに、カメラや専用センサが不要な人流センシング等、移動通信システムの新たな価値創出が期待されます。
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と上智大学(本部所在地:東京都千代田区、学長:杉村 美紀)は、第6世代移動通信システム(6G) での導入が期待されるISAC(Integrated Sensing And Communication)の有効性の評価を目的として、商用運用中の無線基地局から送信される同期信号から取得した電波伝搬情報の変動をAI解析することで、人物を検出する実証に世界で初めて成功しました。本研究成果により、通信用途で利用される既存の移動通信システムに対して、センシングという新たな機能を統合させることで、移動通信システムの利用用途の拡大が期待されます。
本成果は、2025年5月28~30日に開催のワイヤレスジャパン×ワイヤレス・テクノロジー・パーク※1にて技術展示を実施する予定です。
1.背景
第6世代移動通信システム(6G※2)では、高速大容量化や低遅延、多数同時接続といった移動通信の高度化が期待されています。国際電気通信連合の無線通信部門(ITU-R※3)による6Gの標準化規格(IMT-2030(6G)※4)において、無線通信とセンシングを統合したISAC(Integrated Sensing And Communication) に関する検討が行われています(図 1)。
ISACでは、通信用の電波の伝搬情報をそのまま活用することで通信機器のみでセンシングを実現することができるため、センシングのための新たなセンサ機器の導入が不要となります。また、ISACは電波を活用するため、センシング対象を撮影する必要がなく、対象のプライバシーに配慮したセンシングが可能です。加えて、夜間等の暗い環境や遮蔽物があり見通しがない等のカメラが苦手な状況のセンシング実現も期待されます。これらの利点を活用したISACのユースケースとして、3GPP※5では多数のユースケース(表2)を規定しており、屋内外における様々な環境での通信用の電波を活用した無線センシングの利用が想定されています。
しかし、既存の実験検証は、無線LAN(Local Area Network)システムを用いた屋内ユースケースに関する内容が大多数を占めており、ISACに基づく移動通信システムの無線センシングについては、理論検討は増加傾向にあるものの、実験検証の報告例は限られています。その報告例も、実験用の基地局を用いていたり、実験用環境での検証である等、3GPPで規定されたユースケースの実用性が示されていませんでした。
このような状況の中で、NTTと上智大学は、ISACの活用イメージ(図3)に基づき、商用運用中の無線基地局を用いた無線センシング技術を研究開発するとともに、生活環境での実証実験を進めてきました。本実証で構築した無線センシングのための電波伝搬情報取得システムは、商用運用中の第4世代移動通信システム(4G)、第5世代移動通信システム(5G)の電波からも情報を取得することができます。そのため、本実証実験では、現在最も普及している4Gの商用基地局を活用したISAC技術を実証しました。
図 1. ITU-Rから発表されたIMT-2020(5G)とIMT-2030(6G)のユーセージシナリオ
表 2. 3GPPで規定されたISACのユースケース
図 3. ISAC活用イメージ
2.実験環境と実験結果
NTTと上智大学は、商用基地局から定期的に送信される同期信号をそのまま活用し、同期信号から電波伝搬情報を取得するシステムを構築しました。また、取得した電波伝搬情報を用いて上智大学四谷キャンパスの屋外通路における通行人数をセンシングする実証実験を行いました。
2-1.実験環境
本実証では、ISACのユースケースである屋外環境における人の検知を対象として、上智大学四谷キャンパスでの実証実験を実施しました。実験環境として、キャンパス内に設置・運用されている無線基地局からの電波を、キャンパス内の歩道に設置した2本のアンテナで受信し、無線センシングシステムを用いて、信号の解析を行いました(図4)。解析に用いた電波は、4Gの2GHz帯のバンド1となります。解析した信号から受信強度 (Received Signal Strength Indicator: RSSI)とチャネル状態情報(Channel State Information:CSI) を取得しセンシングに用いました。計測した時間は、午前10時半から午後2時の合計3時間半であり、講義中で人の往来が少ない時間帯と昼休憩等で往来が多い時間帯とを含めた期間としました。さらに、無線センシングシステムに加えて、キャンパス内に設置したカメラで取得した画像※6から、図4中の緑枠を通過した人数のみを計測するシステムを導入して、電波と人数を同時に取得しました。
図 4. 実験環境(上智大学四谷キャンパス内)
2-2.実験結果
①RSSI の移動分散推移
図 5のグラフは午前10時半から午後2時の時間で観測した通行者の人数(青線)と無線センシングシステムから取得された4G電波のRSSIの移動分散(桃色線)を示しています。グラフから授業時間は教室で授業を受けているため通行者が少なく、休憩時間は教室間の移動により通行者数が増加する傾向が読み取れます。加えて、RSSIの分散は、通行者数と類似した傾向が確認されました。
②AI解析による人数推定
次に、深層学習によるAI解析によって出力した通行者の人数推定の結果を図 6に示します。RSSIは受信電波の強度であり、計測のための処理が軽量であるため、1秒間に100回計測が可能です。一方、CSIは複数のサブキャリア、複数のアンテナで取得される振幅・位相情報であり空間的な情報が得られますが、高次元なデータであるため、計測のための処理が重く、商用電波の同期信号を扱う本システムにおいては1秒間に1回程度でしか計測できません。混雑度推定においては時間変化と空間的な情報のどちらも重要であるため、本実証ではRSSIとCSIの両方を用いて深層学習により人数推定を行いました。深層学習のための前処理として、RSSIは、時間変化情報として様々な通行者の動きに対応するため、複数の時間窓幅を用いて RSSIの移動標準偏差を計算します。CSIは、空間情報をとらえるため、アンテナ間、サブキャリア間のCSIの変化を計算します。前処理を行ったRSSIとCSIから深層学習により時間特徴と空間特徴をそれぞれ抽出し、それらを合わせて人数推定を行います。
また、屋外環境では風による揺れ等、様々な外乱の影響を受けるため、学習した機械学習モデルの汎化性能が低下します。そこで、観測値と人数の教師データ※7にノイズを与えるデータ拡張技術を用いることで、過学習※8を防ぎました。
図6より、RSSIの移動標準偏差とCSIの空間情報、データ拡張技術を用いることで推定誤差を半減できることがわかりました。
図 5. 通行者数とRSSI の移動分散の推移。青色線が通行者数の推移を表し、桃色線がRSSIの移動分散を表します。また、通行者数は縦軸左側の目盛り、RSSIの移動分散は縦軸右側の目盛りを参照します。加えて、灰色背景の時間帯は授業時間、白色背景の時間帯は休憩時間を示します。
図 6. 通行者の人数推定結果
3.各社の役割
NTT:運用中の無線基地局から送信される同期信号を測定するための無線センシングシステムの構築。深層学習を適用した無線センシング技術の効果検証。
上智大学:実験環境(上智大学四谷キャンパス)の提供、カメラによる通行人数計測、および通行人数のデータセット作成。通行人数推定に有用なRSSIの特徴量の検証。
4.今後の展開
本実証によって、無線基地局からの電波が届く範囲において通信機器のみでセンシングが可能となるISACの実用性を示しました。本実証で構築した無線センシングシステムは4G、5Gの電波を活用することができるため、6Gの実用化や普及を待たずに生活環境におけるISACの実証を行うことができます。
今後は、商用運用中の4G、5Gの電波を活用し、生活環境における様々なユースケースのISACの実証実験を重ね、ISAC技術の研究開発を推進します。そして、取得した結果を3GPP標準化に提示することで、6GでのISAC実用化を促進します。加えて、複数の通信キャリアの無線基地局からの同期信号を統合的に解析する技術を追加検討し、センシング精度のさらなる改善をめざします。6Gが利用される2030年頃の実現を目標に、ISACの技術活用したサービス展開の検討・実証を行っていきます。
【用語解説】
※1.ワイヤレスジャパン×ワイヤレス・テクノロジー・パーク
https://wjwtp.jp/2025/
※2.6G:第6世代移動通信システムの略で、高速大容量、超低遅延、多数同時接続などが可能になる次世代の通信規格です。
※3.ITU-R:電気通信分野における国際連合の専門機関である国際電気通信連合(ITU: International Telecommunication Union)の無線通信部門(ITU-R: ITU Radiocommunication Sector)の略で、無線通信に関する国際的規則である無線通信規則の改正、無線通信の技術・運用等の問題の研究、 勧告の作成及び周波数の割当て・登録等を行っています。
※4.IMT2030(6G):International Mobile Telecommunications 2030の略で、6Gの移動通信方式の規格です。
※5.3GPP:3rd Generation Partnership Projectの略で、移動通信システムの国際的な標準化団体間のプロジェクトです。
※6.上智大学「人を対象とする研究」に関する倫理委員会の承認を受けている(受付番号:2023-152、2024-202)
※7.機械学習モデルの学習に用いるためのラベル付きデータです。本実証では時刻を基に、観測値(RSSIとCSI)とラベル(カメラ画像から計測した通行人数)を紐づけました。
※8.学習データに対しては高い精度であるが、未知データに対しては低い精度となってしまうことです。機械学習モデルが複雑なデータを表現でき、データのばらつきに対して学習データの量が少ないときに、学習データと未知データの精度の乖離が大きくなります。過剰適合、Overfittingとも呼ばれます。