今後の展開
本研究は、木原均博士以来の半世紀以上にわたる日本のコムギの基礎研究によってもたらされたアジアの遺伝資源を活かし、現代のグローバル化と気候変動化における課題であるコムギ黄さび病への対策の糸口を見出しました。これまで育種に利用されてきた病原抵抗性遺伝子では、短期間で耐性株が出現したために有効性が失われることが多くありました。一方、今回発見された黄さび病抵抗性遺伝子座は、ヒマラヤ山脈南側などの広い地域の品種に分布していることなどから、持続的に抵抗性を発揮できる可能性があります。本研究の成果を育種に応用することで食料安全保障への貢献が期待されます。
研究費
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業JPMJCR16O3(CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」)、JSPS科研費22H05179(学術変革領域「植物の挑戦的な繁殖適応戦略を駆動する両性花とその可塑性を支えるゲノム動態」)、22K21352(国際先導研究「植物生殖の鍵分子ネットワーク」)、21H05366, 22H02316、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)・コムギ、日本医療研究開発機構ゲノム情報整備等プログラム、チューリッヒ大学グローバル戦略・パートナーシップ基金などの支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Unveiling yellow rust resistance in the near-Himalayan region: Insights from a nested association mapping study
著者: Katharina Jung, Reiko Akiyama, Jilu Nie, Miyuki Nitta, Naoto-Benjamin Hamaya, Naeela Qureshi, Sridhar Bhavani, Thomas Wicker, Beat Keller, Masahiro Kishii, Shuhei Nasuda, Kentaro K. Shimizu
掲載雑誌: Theoretical and Applied Genetics
DOI:
https://doi.org/10.1007/s00122-025-04886-z
用語説明
*1 在来品種:各地で主に伝統農法によって維持されてきた、系統育種を経ていない品種。地域の環境条件や問題によく適応しており、地域特有の特徴を持つことが多い。現代品種と比べると収量性の面では及ばない部分もあるが、一方で現代品種には無い有用形質を保持している場合も多い。系統育種はイネやムギなどの栽培品種作出に多く利用されている方法で、病害抵抗性や高収量など望ましい形質をもつ系統を交配してその第二世代以降の種子を個体別に採取し個体毎に小系統を作っていく過程で優秀な小系統を選抜するというもの。
*2 NAM集団:Nested Association Mapping集団の略。ある特定の系統の個体を複数の系統それぞれの個体と交雑させ、自己の花粉と胚珠の交配で種子を残す自殖によって繁殖させて得た後代からなる系統群。複数の有用な遺伝的領域を特定しやすいという特長がある。
*3 コンセンサスマッピング:異なる個体のゲノムについて、共通して見られる配列パターンをまとめ、ゲノムを構成する遺伝子地図や物理地図などを作製すること。
*4 遺伝子座:ゲノム上の特定の場所にある遺伝子の位置。