概要
三重大学大学院生物資源学研究科の関谷信人教授と近藤誠准教授、名古屋大学農学国際教育研究センターの槇原大悟准教授、東京農業大学農学部の菊田真由実准教授、ダルエスサラーム大学農業・食品工学部のムチュノ・アルフレッド・ピーター講師、ケニア農業畜産研究機構工芸作物研究センターのエミリー・ワリンガ・ギチュヒ研究員とダニエル・マコリ・メンゲ研究員の研究グループは、
サブ・サハラアフリカのコメ生産技術向上につながる重要な発見をしました。
アフリカでは、コメが穀物消費量の約30%を占め、トウモロコシに次ぐ主要な作物種です。コメの消費量はアフリカ全体で増加傾向にあり、
飢餓を減らすためにもコメの増産は非常に重要です。サブ・サハラアフリカは半乾燥地帯が多く、日本のように水を張った水田ではなく、畑で稲を育てる陸稲が大きな栽培面積を占めています。
コメ増産のためには、陸稲の肥料・水資源の適切な管理が求められています。
そこで研究グループは、半乾燥ケニアにおいて2年間にわたって陸稲栽培試験を実施し、10aあたり窒素肥料7.5㎏で最高収量となる一方で、15㎏まで窒素肥料を増加させると、収量が低下する事実を発見しました。さらに驚くべきは、窒素肥料とスプリンクラー灌漑(水供給)の組み合わせで増収するという一般常識に反して、
「高窒素×灌漑」で減収が助長されることを立証し、そのメカニズムも解明したのです(下図)。これらの新知見は、
肥料と灌漑の組み合わせが相乗効果を生み出すという常識の見直しを迫ります。
本研究の成果は2025年6月6日、国際学術雑誌Field Crops Researchにオンライン掲載されました。
陸稲収量に与える窒素肥料とスプリンクラーの影響
背景
コメは世界人口の半数以上が主食としている重要な作物です。なかでも陸稲は半乾燥地域における食料安全保障において重要な役割を果たしています。陸稲は灌漑せずに栽培され、世界のコメ作付面積の約8%を占めていますが、サブ・サハラアフリカではそれが32%まで上昇し、この地域の食料安全保障において重要な役割を担っています。
持続可能な陸稲生産のためには、土壌栄養管理、特に窒素肥料の最適化が重要な課題となっています。しかし、陸稲栽培における窒素投入と収量の関係、特に水制限条件下での関係は複雑で、十分に解明されていませんでした。
窒素肥料は作物の光合成能力を向上させて育と収量を改善することが知られてきました。しかし、陸稲における窒素投入と収量の関係は必ずしも線形ではなく、特に水制限環境下では複雑な様相を示すことが知られていました。
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NERICA1生産者
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収穫前のNERICA1
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(写真提供:槇原大悟(名古屋大学農学国際教育研究センター) |
研究内容
陸稲栽培試験概要
試験地 |
ケニア農業畜産研究機構工芸作物研究センター(ケニア共和国キリニャガ郡ムウェア県) |
試験年次 |
2017年、2018年 |
陸稲品種 |
NERICA1、ユメノハタモチ |
施用時期 |
播種後30日-播種後45日-播種後66日 |
施用方法 |
0‐0‐0(0㎏/10a)
2.5‐2.5‐0(7.5㎏/10a)
2.5‐5.0‐0(7.5㎏/10a)
5.0‐2.5‐0(7.5㎏/10a)
5.0‐5.0‐5.0(15㎏/10a) |
水管理 |
スプリンクラー灌漑区、天水区 |
測定項目 |
籾収量、収量構成要素、乾物生産・分配、非構造性炭水化物含量 |
主な発見
①肥料と収量の意外な関係を解明
1.窒素施肥量7.5㎏までは期待通りに籾収量が向上した。
2.窒素施肥量15㎏では逆に籾収量が低下する非線形反応が確認された。
3.10aあたり平均籾収量は216㎏(0㎏区)、380㎏(7.5㎏区)、302㎏(15㎏区)となり、まさに「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という状態になった。
4.適切な窒素施肥(7.5㎏/10a)により、肥料利用効率を大幅に改善できる可能性がある。
②登熟歩合(玄米充実率)の大幅な低下を確認
5.窒素肥料15㎏では穂数と1穂籾数が大幅に増加した。
6.窒素肥料15㎏では登熟歩合(玄米充実率)が29.3%(約7割の籾が未熟)まで低下した。
7.高窒素は光合成産物を茎葉へ分配し、籾には分配しないように生理を変化させた。
③肥料と灌漑の予想外の相互作用
8.「肥料×灌漑=高収量」の常識を覆し、窒素肥料15㎏と灌漑の組み合わせで収量が低下した。
9.高窒素による光合成産物の分配パターンの変化が灌漑によって助長された。
④品種間差の確認
10.NERICA1は各窒素レベルで安定した収量を示した。
11.ユメノハタモチは窒素に対して敏感な反応を示した。
12.現地適応性の高いアフリカ品種(NERICA1)の優位性が科学的に実証された。
今後の展望
サブ・サハラアフリカの陸稲は生産者の経験に依存して生産されてきましたが、本研究の成果は科学的な根拠に基づいた陸稲栽培技術の指針確立に大きく貢献することが期待されます。その技術指針は、共同研究の構成員である、ケニア農業畜産研究機構(ケニア共和国)やダルエスサラーム大学(タンザニア連合共和国)のネットワークを通じて、直接的に東アフリカ諸国へ普及することが期待されます。三重大学とJICAは、国際資源植物学研究室の在学生や卒業生を海外協力隊としてガーナへ派遣しており、この連携派遣を通じで西アフリカ諸国への技術普及も期待されます。
論文情報
掲載誌:Field Crops Research(
https://doi.org/10.1016/j.fcr.2025.110012)
掲載日:2025年6月6日(オンライン公開)
論文タイトル:Effects of nitrogen application in upland rice cultivars: Balancing sink-source relationships for sustainable yield in water-limited environments
著者:Nobuhito Sekiya, Akira Asano, Mchuno Alfred Peter, Emily Waringa Gichuhi, Daniel Makori Menge, Mayumi Kikuta, Makoto Kondo, Daigo Makihara
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)・国際協力機構(JICA)のSATREPSプログラム、日本学術振興会(JSPS)研究拠点形成事業JPJSCCB20180008、JST持続可能開発目標達成支援事業(aXis)JPMJAS2007、理研イノベーションハブ構築支援事業、JSPS科研費JP18K14453の助成を受けたものです。