【東京薬科大学】子宮頸がん患者における化学放射線療法誘発性嘔吐の発症リスクを予測する新規モデルを開発および検証



東京薬科大学薬学部 吉田謙介講師、杉浦宗敏教授、清海杏奈助教、朴慶純客員准教授らを中心とするグループは、子宮頸がん患者におけるCCRT誘発性嘔吐(CINV)の発症リスクを予測する新しいモデルを開発し、その有用性を確認しました。本成果は、患者ごとのリスクに応じた制吐戦略の構築につながり、治療継続性や生活の質の向上に大きく寄与することが期待されます。研究成果は、国際学術誌「Scientific Reports」に2025年10月27日に掲載されました。本研究は、薬学・歯学・教育の連携により人々の健康行動を支援する「ヘルスアクションプログラム(Health Action Program: HAP)」(注2)の理念に基づき展開しています。




【ポイント】
・子宮頸がん患者921例を対象に国内19の大学・医療機関が参加した多施設共同研究により、化学放射線療法(CCRT)に伴う嘔吐(CINV)のリスクを予測する日本初のモデルを開発・検証しました。
・年齢、喫煙歴、放射線総線量、化学療法歴、5-HT₃受容体拮抗薬の種類、がんの病期を基に、高精度(ROC-AUC 0.808)(注1)の予測が可能になりました。
・患者ごとにリスクを事前に評価し、個別化した制吐戦略の立案を支援できる可能性があります。
・治療継続率の向上と生活の質(QOL)の改善に寄与する新たなツールとして期待できます。




【研究背景】
化学療法による悪心・嘔吐は、がん治療における主要な有害事象の一つであり、特に子宮頸がんに用いられるシスプラチン併用のCCRTでは発症頻度が高く、治療の継続や患者のQOLを著しく低下させます。
近年、日本では子宮頸がんCCRTの催吐リスク分類が「高度催吐性化学療法(HEC)」に改訂され、より強力な制吐対策が求められています。しかし、患者個々のリスクを事前に予測するツールは存在していませんでした。
本研究は、2016年から2024年にかけて日本国内16施設の医療機関で治療を受けた921例を対象とした後ろ向き多施設共同研究です。



・年齢、喫煙歴、放射線総線量、化学療法歴、5-HT₃受容体拮抗薬の種類(注3)、がんの病期などを候補因子として解析
・多変量ロジスティック回帰モデルにより予測モデルを構築
・検証データセットにおいて、ROC-AUC 0.808と高い識別能を示し、良好な予測精度を確認


この結果、臨床で容易に入手可能な因子を用いて、CINV発症リスクを高精度に予測できることが実証されました。



【研究内容】
 本研究は、2016年1月から2024年3月にCCRTを受けた子宮頸がん患者を対象とする多施設後ろ向きコホートで実施しました。参加施設は国内の大学病院、がんセンター、総合病院など19施設に及び、総登録数は921例でした。解析の時間的独立性を確保するため、2016年1月〜2019年12月にCCRTを開始した患者をモデル構築用データ、2020年1月〜2024年3月に開始した患者を検証用データとして時系列に分割しました。主要アウトカムは、CCRT期間(通常6〜8週間)を通じて発生した嘔吐イベント(CTCAE v5.0でGrade 1以上(注4))と定義し、ベースライン時点の患者背景(年齢、喫煙歴、体格指標、併用薬、既往治療など)と初回化学療法開始前の検査値を収集しました。

 候補予測因子の選定は、系統的文献レビューと腫瘍薬物療法に精通した医療薬学会認定のがん専門薬剤師7名の合議に基づいて行い、年齢、喫煙歴、放射線総線量、化学療法歴、5-HT3受容体拮抗薬種類、がん病期を初期候補に含めました。構築用データでは多変量ロジスティック回帰を基本モデルとし、初期候補の全組み合わせを網羅的に比較して、ROC-AUCが最大となるモデルを最適モデルとして選択しました。過学習の抑制と汎化性能の安定評価のため、3分割交差検証を200回反復し、各モデルのROC-AUCと95%信頼区間をブートストラップ(2,000回)(注5)で推定し、確率予測の精度はブライヤースコア(注6)で評価し、さらに20等分位の層別化によるキャリブレーションプロット(注7)で較正度を検証しました。観測値と予測値の一致度は級内相関係数(ICC)(注8)で補足評価しました。

 その結果、検証データではROC-AUC 0.808(95%CI 0.763-0.853)、ブライヤースコア0.135と高い識別能と良好な予測精度を維持しました。キャリブレーションでは、全体として予測確率と観測リスクは概ね整合し、高リスク帯でやや過大推定の傾向がみられたものの、ICCは0.826と良好な一致度を示しました。

《図1.最終モデルのキャリブレーションプロット》


【今後の展望】
本モデルを電子カルテに組み込むことで、自動的にリスク評価を行い、患者ごとに最適な制吐療法を提供できる可能性があります。今後は、外部コホートによる検証や、臨床現場への実装研究を通じて、モデルの一般化と臨床応用を目指します。


【論文情報】
掲載誌
 Scientific Reports


論文タイトル
 Development and Validation of Predictive Model for Emesis in Cervical Cancer Patients Receiving Concurrent Chemoradiotherapy Based on Multi-Institutional Retrospective Study


著者
 Kensuke Yoshida*, Hajime Morita, Masaki Nakai, Yusuke Kawamura, Takuma Matsumoto, Yoshinobu Gohara, Naoto Hoshino, Naoya Tonomura, Manami Banba, Ayako Yamaguchi, Masaki Tachibana, Tomoki Fukushima, Hiroki Hosokawa, Takuya Mura, Tsuyoshi Yabuki, Kyongsun Pak, Shinichi Watanabe, Anna Kiyomi, Noriaki Hidaka, Chie Saito, Takahiro Kobayashi, Tomokazu Shoji, Motoko Kaneko, Masayoshi Koga, Tomoya Nozaki, Munetoshi Sugiura(*Correspondence)

掲載日
 2025年10月28日(日本時間)



DOI
 10.1038/s41598-025-21494-5



研究参加施設
 東京薬科大学、聖マリアンナ医科大学病院、愛媛大学医学部附属病院、広島市立広島市民病院、独立行政法人国立病院機構四国がんセンター、佐賀大学医学部附属病院、新潟大学医歯学総合病院、東京都立多摩総合医療センター、青森県立中央病院、山形大学医学部附属病院、日本赤十字社長岡赤十字病院、山梨大学医学部附属病院、長岡中央綜合病院、独立行政法人国立病院機構岩国医療センター、新潟大学地域医療教育センター魚沼基幹病院、国立成育医療研究センター、松山大学



【用語解説】
(注1)受信者動作特性曲線の曲線下面積(ROC-AUC)
 ROC曲線は「正しく陽性と判断できる割合」と「誤って陽性と判断してしまう割合」のバランスを示すグラフで、AUCは「そのグラフの下の面積」を表し、数値が1に近いほど判定能力が高いことを意味する。

(注2)ヘルスケアアクションプログラム(HAP)
 薬学・歯学・教育の連携によって、科学的根拠に基づく健康教育を社会に実装することを目的とした取り組みです。

(注3)5-HT₃受容体拮抗薬
 体内でセロトニンという物質が神経を刺激すると、吐き気や嘔吐が起こることがある。5-HT₃受容体拮抗薬は、このセロトニンがくっつく"スイッチ(受容体)"をブロックして、吐き気や嘔吐を防ぐ薬であり、特に抗がん剤治療の吐き気止めとして広く使われている。

(注4)有害事象共通用語規準(CTCAE)
 CTCAEは、抗がん剤などの治療で起こる副作用の程度を評価する国際的な基準のことでグレード1〜5まであり数字が上がるほど重症である。

(注5)ブートストラップ
 集めたデータをコンピュータ上で何度もランダムに取り出して「もし同じ調査を繰り返したらどうなるか」をシミュレーションする方法であり、結果の信頼性や誤差の幅を見積もることができる。

(注6)ブライヤースコア
 予測がどれくらい正確であったかを数値で表す指標で0に近いほど予測が正確であることを意味する。

(注7)キャリブレーションプロット
 キャリブレーションプロットは、予測された確率と実際の結果がどのくらい一致しているかを可視化するグラフのことである。

(注8)級内相関係数(ICC)
 同じ対象を複数の人や方法で評価したときに、その評価がどれくらい一致しているかを数値で表す指標で、値は 0~1の範囲で表され、1に近いほど「評価者間での一致度が高い(信頼できる)」ことを意味する。



【研究に関するお問い合わせ】
 東京薬科大学薬学部 講師 吉田謙介(よしだ けんすけ)
 E-Mail:yoshida[at]toyaku.ac.jp ※[at]を@に置換してください。

▼本件に関する問い合わせ先
入試・広報センター
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:042-676-4921
FAX:042-676-8961
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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組織名
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ホームページ
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代表者
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資本金
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