3.技術のポイント
(1) 宇宙(陽子)/地上(中性子)で分かれていた評価を1回の中性子照射試験で評価
20メガ電子ボルト(MeV)以上の運動エネルギー帯で、陽子と中性子によるソフトエラー発生率が同等であることを実証したことで、宇宙向け評価においても中性子照射試験を活用した評価が可能となりました。
この同等性を実証するため、高崎量子技術基盤研究所のイオン照射研究施設(TIARA)における10~65 MeVの陽子照射試験を実施し、陽子によるソフトエラー発生率を測定しました。さらに、より高エネルギー帯を測定するために、通常医療目的で利用されている北海道大学病院の陽子線治療センター(図5)において、がん治療向けの設定条件を電子機器評価に適用できるよう換算し、電子機器に対する陽子照射試験として実施することで、70~220 MeVまでの陽子によるソフトエラー発生率を測定しました。
これらの結果に加え、中性子によるソフトエラー発生率を、複数の半導体デバイスを用いて運動エネルギー依存性を詳細に比較することで、宇宙空間で80%以上※11を占める20 MeV以上の陽子と、その運動エネルギー帯において、陽子と中性子のソフトエラー発生率が同等であることを世界で初めて実証しました。(図3)

図5 北海道大学病院陽子線治療センター
(2) 低エネルギー帯から高エネルギー帯まで、1回の中性子照射で一括評価
中性子ソフトエラー発生率の測定手法を高精度化し、低エネルギー帯から100 MeV級の高エネルギー帯までを一度の中性子照射試験で測定・評価できるようにしました。
本成果では、ある特定の中性子照射方式において発生するエネルギー測定精度の低下を補正する手法を開発しました。これにより、国内施設である大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された中性子源特性試験装置(NOBORU)においても、100 MeVまでの高エネルギー帯で中性子ソフトエラー発生率を測定することに成功しました(図3)。
本手法により、従来は運動エネルギー帯に応じて複数回必要だった照射試験を、低エネルギー帯から高エネルギー帯まで一度の中性子照射試験に集約し、測定・評価の高精度化を実現しました。
(3) 外装(ケース)を含む“機器全体”の評価を、より現実的に
照射範囲が広い中性子照射試験を宇宙向け評価にも展開することで、ケースを含む機器全体の評価を可能にします。これにより、開発段階でソフトエラーリスクを見積もりやすくなり、運用前の対処につなげることができます。特にケースを含む機器全体を対象とする場合には、陽子照射試験で必要となり得る試験の分割や段取りを抑えられるため、試験回数や準備工数をさらに削減でき、コスト低減効果が一層高まる場合があります。
4.各機関の役割
・NTT
各施設との実験調整、ソフトエラー検出回路の製作、ソフトエラー測定データの解析
・北海道大学
中性子エネルギー分布解析、陽子線治療センター実験における施設運転および実験協力
5.今後の展開
NTTは、すでに商用化している地上向け電子機器のための中性子ソフトエラー試験サービスに本成果を組み込み、宇宙環境向け評価まで対応可能な商用サービスを早期に実現することをめざします。あわせて、重イオンなどの他の宇宙放射線によるソフトエラーや、それ以外の物理的損傷等を含むリスク評価へと対象を拡大し、より包括的な信頼性評価につなげます。加えて、本成果の有効性を宇宙実環境で検証するため、国際宇宙ステーション(ISS)の曝露部において実証実験(PEGASEUS計画)を実施し、評価精度の向上を進めます。これらを基に、宇宙ビジネスブランド「NTT C89」のもとで技術とサービスを磨きつつ、国内外の機器メーカーや宇宙インフラ事業者をはじめとする幅広いお客さまに活用される評価手法・試験サービスとして展開し、安心・安全な宇宙利用の拡大に貢献していきます。
6.論文情報
雑誌名:IEEE Transactions on Nuclear Science
タイトル:Experimental Confirmation of Equivalence of Proton- and Neutron-induced Energy-dependent SEU Cross Sections for Sub-100-nm Bulk Planar SRAM-based FPGAs
著者:Ryu Kiuchi, Yuji Sunada, Yoshiharu Hiroshima, Mayu Tominaga, Nagomi Uchida, Hidenori Iwashita, Takashi Ikeda, Hirotaka Sato, Seishin Takao, Taeko Matsuura, Takashi Kamiyama, Michihiro Furusaka, and Yoshiaki Kiyanagi
DOI:10.1109/TNS.2025.3646265
URL:
https://ieeexplore.ieee.org/document/11305188
雑誌名:IEEE Transactions on Nuclear Science
タイトル:A Method for Deduction of Single-Event Upset Cross Sections from Time-of-Flight Data Obtained at a Double-Bunch Proton Accelerator-Based Neutron Source
著者:Yuji Sunada, Hidenori Iwashita, Ryu Kiuchi, Mayu Tominaga, Yoshiharu Hiroshima, Nagomi Uchida, Kaito Ishiguro, Hirotaka Sato, Takashi Kamiyama, Michihiro Furusaka, and Yoshiaki Kiyanagi
DOI:10.1109/TNS.2025.3646262
URL:
https://ieeexplore.ieee.org/document/11305232
【用語解説】
※1.ソフトエラー:
永久的にデバイスが故障してしまうハードエラーとは異なり、デバイスの再起動やデータの上書きによって回復する一時的な故障のこと。
※2.ソフトエラー発生率
ここでは、単位面積あたり1個の放射線粒子がソフトエラーを引き起こす確率のことを言う。専門的にはSEU(Single Event Upset)クロスセクションと定義される。もしくは、単位時間当たりにソフトエラーが発生する確率と定義される場合もある。
※3.PEGASEUS計画
Payload for Evaluation of Guarding Against Single Event Upset in Spaceの略。国際宇宙ステーションの船外曝露実験モジュールにおいて、電子機器を宇宙線に曝してソフトエラーなどの放射線耐性を測定するNTTの計画。
※4.NTT C89
NTT 技術ジャーナル 「宇宙ビジネスブランド「NTT C89」で推進するNTTグループの取り組み」
https://journal.ntt.co.jp/article/29836
※5.2020年11月25日「世界で初めて半導体ソフトエラーを引き起こす中性子のエネルギー特性を測定~宇宙・他惑星などあらゆる環境での中性子起因ソフトエラー故障数を算出可能に~」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/11/25/201125a.html
※6.2023年3月16日「世界初、中性子が引き起こす半導体ソフトエラー特性の全貌を解明~全電子機器に起こりうる、宇宙線起因の誤動作対策による安全な社会インフラの構築~」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/03/16/230316a.html
※7.2013年3月21日「宇宙線による情報通信機器のトラブルを未然に防ぐ技術を開発~小型加速器中性子源を用いた効率的なソフトエラー試験技術を確立~」
https://group.ntt/jp/newsrelease/pdf/news2013/1303/130321a.pdf
※8.2016年12月19日「宇宙線に起因する電子機器の誤動作「ソフトエラー」を再現させる「ソフトエラー試験サービス」を開始~小型の加速器中性子源を用いたサービスを実用化 高度な電子機器のさらなる信頼性向上に貢献~」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2016/12/19/161219a.html
※9.2018年11月22日「通信装置のソフトエラー対策、ITU-T国際標準制定~宇宙線起因のソフトエラー対策に関する設計・試験・評価基準に基づく更なる信頼性向上へ~」
https://group.ntt/jp/newsrelease/2018/11/22/181122a.html
※10.「通信装置のソフトエラーガイドライン」の制定
CIAJ Website 「通信装置のソフトエラーガイドライン」の制定
https://www.ciaj.or.jp/news/topics/topics_past_issue/topics2022/8056.html
※11.本研究で想定した宇宙放射線環境(軌道条件・遮へい条件)に基づく見積りでは、電子機器に入射する陽子の粒子数(フルエンス)のうち、20 MeV以上が80%以上を占めます。なお、この割合は軌道・遮へい条件や太陽活動により変動します。