図3 (左)周期運動課題と筋活動計測。(中)周期的に発揮される力から周期毎の筋活動を切り出し、強度とタイミングの乱れを算出(典型参加者、手首の例)。(右)力のばらつきは、筋活動強度の乱れとは関連せず、筋活動タイミングの乱れと有意に関連(手首の例)。筋活動の乱れは、主動筋と拮抗筋の平均値を利用。
③
円運動の加速度のばらつき
ここまで、運動のばらつきに筋活動タイミングの乱れが重要であることを示してきました。一般に、動作に関わる筋の数が増える複雑な運動ほど、各筋のタイミング精度がより重要となり、わずかなタイミングずれが大きな運動ばらつきにつながると考えられます。そこで、実験③では、周期運動の中でも特に多くの筋の協調動作が必要とされる円運動に着目し、実験②の参加者を対象として、円運動のばらつきと筋活動タイミングとの関係を検証する実験を実施しました。
実験参加者には、片手でスマートフォンを持ち、もう一方の手に持った紙上のガイド円の上を、できるだけ安定してなぞる運動課題を行ってもらいました(図4左)。円運動は、2.5Hzのメトロノーム(一秒あたり2.5回転)に合わせ、15秒間連続して実施しました。スマートフォンから取得した加速度データを解析した結果、円運動のばらつき度※7は、参加者ごと、また使用する腕によって大きく異なりました。図4中・上段に、参加者4名(A、B:右腕利用、C、D:左腕利用)の円運動を例示していますが、円運動のばらつき度は、AからDの順に大きくなります。図4中・下段には、全参加者15名について、左右の腕から評価した筋活動強度の乱れ(6筋の平均値を利用)、および筋活動タイミングの乱れを、それぞれ小さい順に並べた結果を示します。先ほど示した参加者4名(A~D)を図内に対応させると、筋活動強度の乱れについては、円運動のばらつきの大小関係と必ずしも一致しません。一方、筋活動タイミングについては、円運動のばらつきが大きくなるにつれて、筋活動タイミングの乱れも大きくなる傾向が観察されました。円運動のばらつきと筋活動のばらつきの関係について、実験①、②と同様の手法にて詳細に解析した結果、円運動においても、運動ばらつきと一貫して関連するのは、筋活動強度の乱れではなく、筋活動タイミングの乱れであることが明らかになりました(図4右)。
図4 (左)スマートフォンを用いた円運動課題。(中・上段)4名の参加者に関する、円運動の加速度軌道と、円運動ばらつきを例示。ばらつき度はAからDの順に大きくなる。(中・下段)全15名の参加者を、筋活動強度の乱れと筋活動タイミングの乱れについて、それぞれ小さい順に並べて表示。筋活動の乱れは、6筋の平均値を利用。筋活動タイミングの乱れが大きい参加者ほど、円運動のばらつき度も大きい傾向がみられる一方、強度の乱れとの傾向は明確ではない。(右)円運動のばらつきは、筋活動強度の乱れとは関連せず、筋活動タイミングの乱れと有意に関連。
3.今後の展開
本研究では、到達運動・周期運動・円運動といった性質の異なる腕運動において、動きのばらつきと一貫して関連する主因が、筋活動強度の乱れではなく筋活動タイミングの乱れであることを明らかにしました。今後は、行動実験に脳活動計測や理論研究を組み合わせ、筋活動タイミングを制御する脳部位や神経表現を明らかにし、運動スキル学習、疾患による運動失調、利き手の優位性、運動発達や加齢変化など、「動きのばらつき」に関連する幅広い現象の脳科学的理解を推進します。また、NTTでは得られた知見を、スポーツや医療など幅広い領域へ展開することを視野にいれています。例えば、スポーツ分野では、運動ばらつきから個人のスキル特性を可視化し、スキル向上をめざしたテーラーメードなトレーニング法の提案につなげます。また医療・リハビリテーションでは、運動機能に障がいを持つ患者の運動失調度を簡便かつ適切に評価する新たな指標や、その障がいの改善を促す手法の確立が期待されます。
4.関連する過去の報道発表
・2024年6月17日
「スマートフォンを回転させることで手足の器用さを定量的に測る手法を開発~成長・加齢・トレーニングに伴う器用さの変化を見える化し、運動能力向上に貢献~」
(
https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/06/17/240617b.html )
論文情報
雑誌名:「Neural Networks」
題 名:Minimizing command timing variability is a key factor in skilled actions
著者名:Atsushi Takagi, Sho Ito, Hiroaki Gomi
DOI:
https://doi.org/10.1016/j.neunet.2026.108759
URL:
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0893608026002212
【用語解説】
※1 ある動作の実現に中心的な役割を果たす筋を主動筋、主動筋とは反対方向に働く筋を拮抗筋とよぶ。
※2 乱れ、ばらつき: 運動や筋活動において、試行間で計算されるそれらの標準偏差。
※3 Van Beers, R. J., Haggard, P., & Wolpert, D. M. (2004). The role of execution noise in movement variability. Journal of neurophysiology, 91(2), 1050-1063.
※4 線形混合効果モデル: 個人差などの影響を考慮しながら、変数間の関係性を統計的に評価する解析手法。
※5 右利き: 利き手に関しては、質問紙による利き手調査(エディンバラ利き手テスト)で決定された。
※6 周期運動課題では、手首・肘・肩のそれぞれで力発揮を行わせ、対応する主動筋と拮抗筋の筋活動強度および筋活動タイミングの乱れを計測。音のリズム(メトロノーム)は 3、4、5 Hz の 3 条件で提示。
※7 円運動のばらつき度: 複数回の円運動において、加速度軌道の類似度から評価される値。