北里大学感染制御研究機構釜石研究所の笠井宏朗氏は2013年5月、野田武則釜石市長から依頼を受け、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンターと共同で「釜石はまゆりプロジェクト」を開始した。これは、釜石市の花「はまゆり」の酵母を探索する事業で、地場の酵母を利用した復興への取り組みの第二弾。現在は、この酵母を利用して、釜石バーガーや釜石海まん(R)、渚咲ビール、はまゆりエールなどが開発され、すでに販売も開始されている。
北里大学は岩手県大船渡市(海洋生命科学部)と同県釜石市(感染制御研究機構 釜石研究所)の2カ所に教育研究拠点を持っていた。5年前の東日本大震災によって生活基盤と研究基盤を失ったが、被災後も三陸に拠点を置き、地域の方々とさまざまな復興支援事業を展開してきた。
こうした中、北里大学感染制御研究機構釜石研究所の笠井宏朗氏は2013年5月15日、岩手大学三陸水産研究センターのオープニングセレモニーの懇親会で釜石市の野田武則市長から「釜石にしかない酵母を利用して商品開発をしたい。ついては、釜石市の花『はまゆり』から酵母を採取してほしい」という依頼を受けた。
自然界から有用な微生物を採取して産業利用するという取り組みは、北里大学の得意とするところではあるが、採取に失敗すれば何も残らないという意味ではリスクの大きな取り組みである。そもそも、「はまゆり」を簡単に採取できる場所が釜石市内にあるのだろうか? 仮に花を収集できたとして、そこから、食品加工に使用可能な「Saccharomyces cerevisiae」という種の酵母が採取できるだろうか? 運良く採取できても、食品加工に使えるだけの性質を持ち合わせているだろうか? など、いろいろな不安があった。
「はまゆり」はリアス海岸の高い崖の上で咲いているイメージだったが、釜石市の担当者によると、佐須地区に群生地があるとのことだった。その群生地は釜石市の所有地で、国立公園の範囲からも外れていることがわかり、早速、笠井氏は佐須の町内会長に「はまゆり」の花の採取を願い出た。「群生地は2011年3月11日の大津波で完全に水没しながらも、その年の夏にはたくさんの花を咲かせて、自分たちは『はまゆり』の花に励まされながら、漁港に復旧に取り組んだ。そういう貴重な花だから、たくさん採られては困るが、10輪だけなら採取してもよい」と佐須の町内会長の賛同も得ることができた。
2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士(北里大学特別栄誉教授)は、1グラムのゴルフ場の土から、何億人の命を救う薬になる化合物の生産菌を発見したが、たった10輪の花から使える酵母を採取するのは至難の業と思われた。そこで、国内随一の微生物採集集団である独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター(以下、NBRC)にも協力してもらい、共同で「はまゆり」の酵母を探索する事業「釜石はまゆりプロジェクト」を開始した。
NBRCの担当者の努力で、通常では不可能なスピードで共同探索の手続きが取られ、佐須地区での「はまゆり」の採取は2013年8月1日と決まった。あいにくの小雨模様の中での花の採取になったが、岩によじ登っての採取を終え、急ぎ持ち帰って、(公財)釜石大槌地域産業育成センターで酵母用の培地を使った集積培養を開始。採取した「はまゆり」の花は、甘い香りがして、良い酵母が採取できることを予感させた。
約1カ月後、まず「Saccharomyces cerevisiaeが、採取できました!」という一報がNBRCから届き、続いて、釜石研の担当者からも歓声が上がった。その後、採取された酵母についてさまざまな試験を行い、最終的には、釜石市内の老舗の醤油味噌製造会社所属の“味噌ソムリエ”によって「この酵母が一番!」と一つの培養液が選ばれた。それは、KS6株と呼ばれていた酵母で、釜石生まれの釜石育ち、花の採取の際に真っ先に梯子によじ登り、小雨にぬれながら、花を採取した猪又幸江研究員によって採取された酵母だった。こうして、10輪の「はまゆり」の花から培養された400以上の酵母培養液から、最終的に一株が選ばれた。
その後、KS6株についての解析は進み、塩や乾燥などのストレスに強い上に、発酵能力も高く、フルーティーな香りを発生する性質を有することが判明。現在は、この酵母を利用して、釜石あんでるせんと株式会社アジテックファインフーズによる釜石発の大豆ハム、タンパッキーを利用した「釜石バーガー」(
http://kamaishi-town.com/archives/6176757.html )や、KAMAROQ株式会社による「釜石海まん(R)」(
http://kamaroq.com/?tid=6&mode=f4 )、世嬉の一酒造株式会社による「渚咲ビール」 (
http://www.sekinoichi.com/fs/sekinoichi/_choose-price_beer_3000_5000/gd317 )と「はまゆりエール」(釜石地域限定商品)等が開発され、すでに販売も開始されている。
「釜石はまゆり酵母」を、多くの人が使いやすい形で提供するにはまだ解決しなければならない課題もあるが、釜石市役所の担当者を中心にしたチームワークと、関係者の知恵とエネルギーでクリアーできるのではないかと笠井氏は期待している。
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