近畿大学生物理工学部 遺伝子工学科講師の宮本圭、京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻准教授の山田雅保、ケンブリッジ大学ガードン研究所教授のジョン・ガードンらの研究グループは、3種類の化合物を培養培地中に添加するだけで、体細胞クローンマウスが誕生する割合を従来法よりも劇的に改善する新手法を世界で初めて発見した。この方法を用いると、簡易に、そして安定して成体の細胞からクローンマウスを作出することが可能となる。本件に関する論文が、平成29年(2017年)4月15日(土)17:00(日本時間)に、英国の学術雑誌「Biology Open」オンライン版に掲載された。
【本件のポイント】
●体細胞クローン技術を実用可能なレベルまで効率化することに成功
●成体の細胞が受精直後の状態に戻るための重要な条件を発見
●クローン技術による絶滅危惧動物の保全や医療モデル遺伝子組換え動物の作出が可能に
【本件の概要】
体細胞クローン技術は、絶滅危惧動物の保全や遺伝子組換え細胞を用いた医療モデル動物の作出など、さまざまな分野での有効利用が期待されているが、これまでの技術では発生率(クローン効率)が1%未満であったため、活用が難しい状況だった。
近畿大学の宮本、京都大学大学院の山田、ケンブリッジ大学のガードンらの共同研究グループは、3種類の化合物を用いて特定の期間に、特定の組み合わせ、順番で体細胞クローン胚(以下、クローン胚)を処理することによって、細胞が安定的に初期化(成体の細胞が受精卵の状態に戻ること)され、クローンの発生率が約15%も向上することを発見した(詳細次頁)。実験回によっては、最大で25%もの発生を観察しており、培地条件の改善というすべての動物に適応できる簡易な方法で、非常に効率よく体細胞クローン動物を作出することが可能となった。
本研究成果により、実用化レベルの効率でクローンの作出が可能になり、しかもそれが非常に簡易な技術であることから、絶滅危惧動物の保全や医療研究に使用される遺伝子組換え動物の効率的な生産等に活用されることが期待される。
【掲載誌】
雑誌名: 「Biology Open」(インパクトファクター:2.135 2015)
論文名: Reprogramming towards totipotency is greatly facilitated by synergistic effects of small molecules
(小分子の相乗効果により全能性獲得に向けた初期化が大幅に促進する)
著 者: Kei Miyamoto*, Yosuke Tajima, Koki Yoshida, Mami Oikawa, Rika Azuma, George E Allen, Tomomi Tsujikawa, Tomomasa Tsukaguchi, Charles R Bradshaw, Jerome Jullien,Kazuo Yamagata, Kazuya Matsumoto, Masayuki Anzai, Hiroshi Imai, John B Gurdon, and Masayasu Yamada*
*責任著者=宮本圭、山田雅保
【研究の詳細】
体細胞クローン技術の発明当時は、クローン産仔が誕生する割合(クローン効率)は極めて低く、例えばマウスのクローン効率は100個のクローン胚を仮母に移植してやっと1匹産まれる程度(1%未満)だった。これは体細胞核が卵子内で初期化される際にさまざまな不具合が生じ、不完全な初期化しか誘導されないことに起因する。初期化の不具合を改善し、低い成功率を向上させる試みは世界中で行われ、その中でもマウスクローン胚を核移植直後からヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を添加した培地で培養することによって、クローン効率が5%程度に上昇することが示された(Kishigami et al., BBRC. 2006 340:183-9; Rybouchkin et al., Biol Repod. 2006, 74:1083-9)。最近、ビタミンCの培地中への添加によってもマウスクローン効率が最大5%程度まで上昇することが報告されている(Mallol et al., PlosOne 2015, 10:e0120033)。しかし、これらの化合物を同時に培地中に添加することによる顕著な相加・相乗効果は確認されていなかった。
近畿大学の宮本、京都大学大学院の山田、ケンブリッジ大学のガードンらの共同研究グループは、培地中への添加のみによって簡易にクローン効率を向上させる化合物の探索を行った。単独使用でクローン効率の改善が確認されている(1)ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(トリコスタチンA)及び(2)ビタミンCに着目し、それらが相乗的にクローン胚の発生を促進する条件を、処理濃度、処理時期について詳細に検討した。通常マウス胚の培養に使用される培地には、ビタミンCの効果を阻害する恐れのある微量の金属イオンを含有するウシ血清アルブミンが含まれていることから、本実験ではイオン交換樹脂で脱イオン化したウシ血清アルブミンを添加した培地を使用した((3)脱イオン化ウシ血清アルブミン)(図1)。
検討の結果、マウスクローン胚を、核移植直後に行う卵子の活性化刺激の開始と同時にトリコスタチンAを添加した培地で8時間培養し、その後ビタミンCを含む培地で7時間培養した区において、それぞれの化合物の単独処理区や同時処理区、無処理対照区に比べてクローン効率が大幅に向上し、それぞれの化合物の相乗効果が確認され(図1)、健常なクローンマウスが誕生した(図2)。さらに、ウシ血清アルブミンの脱イオン化処理は発生率向上に必要であることも示した。即ち、3種類の化合物の組み合わせと適切な処理時期によって、クローン胚の発生に対する相乗効果が生まれることを発見した。
また、3種類の化合物で処理したクローン胚の遺伝子発現の網羅的な解析によって、従来の体細胞核移植技術による初期化の際に活性化に失敗する遺伝子の多くが、この方法では正常に転写活性化していることを確認。クロマチン修飾及び遺伝子発現レベルで3種類の化合物が初期化を促進することもわかりました。成体の細胞が再び体内のすべての細胞へと分化できる能力を獲得する重要な分子機構にも迫る成果といえる。
図1 マウス核移植実験の概要。脱イオン化ウシ血清アルブミン中で懸濁した体細胞は、不活化センダイウイルス膜タンパク質によって卵子と融合する。体細胞核が移植されたクローン胚はその後、脱アセチル化酵素阻害剤(Trichostatin A: TSA)を添加した培地で培養し、その後にビタミンC(VC)を含む培地で継続して培養する。これらの培地中には脱イオン化ウシ血清アルブミンが添加されている。処理後、脱イオン化ウシ血清アルブミンのみを含む培地で胚性ゲノムの活性化がおこる2細胞期まで発生したクローン胚を、偽妊娠マウスの卵管内に移植する。その結果、15%の移植胚が産仔まで発生した(TSAとVCの無処理区は0%の産仔発生率)。
【今後の展望】
本研究により、体細胞クローン技術が実用化レベルに迫るところまで向上した。体細胞クローン技術による絶滅危惧動物の保全や、医療研究目的の遺伝子組換え動物の効率的な生産をめざし、研究グループは現在、プライムテック株式会社(茨城県土浦市)と共同研究を進めている。
【用語解説】
・体細胞クローン技術……体細胞核を受精前の卵子に移植して(核移植と呼ばれる)、作製した再構築胚の発生を活性化刺激等により誘導し、最終的に再構築クローン胚を仮母に移植することにより、ドナー細胞と同じゲノムを有するクローン動物を作出する。
・初期化……成体の細胞が、再び体内のすべての細胞へと分化できる能力を獲得する現象。
・クローンマウス……体細胞クローン技術によって作製されたマウス。ドナー細胞と同様のゲノムを有する。
・医療モデル遺伝子組換え動物……特定の疾患を引き起こす遺伝子を遺伝子組換えやゲノム編集技術により欠損させ、ヒトの疾患を再現した動物。特に病態の解明や新薬の検査等の医療目的で使用されるものを指す。
・ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤……クロマチンの主要な構成因子であるヒストンの脱アセチル化を行う酵素を、ヒストン脱アセチル化酵素という。ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤は、ヒストン脱アセチル化酵素の役割を阻害する薬剤。
・脱イオン化ウシ血清アルブミン……イオン交換樹脂処理によって低分子物質、特に胚にとって有害な重金属イオンを除去したウシ血清アルブミン。
【関連リンク】
生物理工学部遺伝子工学科 講師 宮本 圭(ミヤモト ケイ)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/1353-miyamoto-kei.html
関連URL:
http://www.waka.kindai.ac.jp/
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