北里大学医学部公衆衛生学の堤明純教授、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野の川上憲人教授および渡辺和広助教らの研究グループは、仕事のストレスを含む、職場における好ましくない心理社会的要因が労働者のメタボリックシンドローム発症リスクを高めることを、質の高い前向き研究を抽出して実施したメタ分析によって確認した。本件に関する論文が The World Obesity Federation の公式レビュー雑誌「Obesity Reviews」に掲載された。
メタボリックシンドロームは、循環器疾患等の発症につながることが知られており、世界的にも高い有病率を示している。一方、職場の心理社会的要因【※1】がメタボリックシンドロームを構成する高血圧や肥満等の発症に影響することも知られている。しかし、職場の心理社会的要因とメタボリックシンドロームの発症との関連を検討した質の高い先行研究を網羅し、その関連の程度を明らかにした研究はない。北里大学医学部公衆衛生学の堤明純教授、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野の川上憲人教授および渡辺和広助教らの研究グループは、両者の関連を検討した論文を、前向き研究デザイン【※2】を使用したものに限定して系統的に収集し、メタ分析【※3】を行った。その結果、職場における好ましくない心理社会的要因が、労働者のメタボリックシンドローム発症のリスクを1.4倍に高めることを確認した。メタボリックシンドロームの発症をアウトカムとした前向き研究のメタ分析で、広範な職場の心理社会的要因がリスク要因であることを明らかにしたのは世界で初めてである。本研究は、労働者の循環器疾患等の発症機序の一端を示すものとして注目される。
本件に関する論文は、2018(平成30)年7月19日(木)13:01(日本時間)に The World Obesity Federation の公式レビュー雑誌「Obesity Reviews」に掲載された。
【研究のポイント】
●好ましくない職場の心理社会的要因が、メタボリックシンドロームの発症のリスク要因であることを、メタ分析で示した。
●広範な心理社会的要因とメタボリックシンドローム発症の関連を扱った論文を系統的・網羅的にレビューし、質の高い前向き研究の成果を検討した。
●労働者の循環器疾患発症に、職場の心理社会的要因による代謝系のメカニズムがあることを示した。
【研究の背景】
内臓肥満に、高血圧、高血糖、血中脂質異常等の症候が同時に重なったメタボリックシンドロームは、循環器疾患、糖尿病および全死亡等の重要なリスク要因であり、世界的にも有病率が高い。一方、職場における仕事の量的負担の多さ、裁量権の低さ、上司や同僚からの支援の低さ、交代制勤務および長時間労働等の好ましくない心理社会的要因が、循環器疾患および高血圧や肥満のリスク要因となることも知られている。
職場の心理社会的要因とメタボリックシンドロームの発症との関連を、個別に検討した研究はこれまでにいくつか認められるが、リスク要因となる心理社会的要因を網羅し、メタ分析で統合した研究は存在しない。本研究では、両者の関連を検討した研究論文のうち、前向き研究デザインを採用した質の高い研究を系統的に収集し、メタ分析によって、両者の関連を明らかにすることを目的とした。
【研究内容】
PubMed、Embase等の代表的な学術論文データベースを使用し、職場の心理社会的要因を網羅した検索語を作成して、2017年5月に世界中の論文の検索を行った。本研究の検討に組み入れる論文の基準は、(1) 職場の心理社会的要因と、その後のメタボリックシンドロームの発症との関連を前向きな研究デザインで検討していること、(2) 労働者を対象としていること、(3) メタ分析に必要な相対リスク等の値を報告していること、(4) 2016年までに英語、または日本語で書かれた原著論文として出版されていること、であった。
検索の結果、4,664編の論文が検索され、そのうちの8編が上記の基準に該当した。メタ分析の結果、職場における好ましくない心理社会的要因に曝されている労働者のメタボリックシンドローム発症は、そうでない労働者に比べて47%増加すると見積もられた(相対リスク1.47; 95%信頼区間1.22-1.78)。特に質の高い研究のみを統合した場合の相対リスクは40%増であった(1.40; 1.16-1.70) であった。心理社会的な要因の中では、仕事の量的な負担が高いことと裁量権が低いことの組み合わせである仕事のストレイン【※4】と交代制勤務が比較的多く研究されており、メタボリックシンドローム発症との関連も頑健であることが分かった。
【研究の示唆、意義】
本研究は、これまで個別に検討されてきた様々な心理社会的要因とメタボリックシンドロームの発症との関連を網羅的に調べたものであり、現時点で、職場の好ましくない心理社会的要因のメタボリックシンドローム発症への影響を量的に検証した最もエビデンスレベルの高い研究であるといえる。本研究の成果により、職場の心理社会的要因が労働者の循環器疾患発症を引き起こす生物学的な機序についての研究が進むことが期待される。
【掲載誌】
雑誌名:The World Obesity Federationの公式レビュー雑誌「Obesity Reviews」
(掲載日:2018年7月19日)(インパクトファクター:8.483)
論文名:Work-related psychosocial factors and metabolic syndrome onset among workers:
a systematic review and meta-analysis
(職場の心理社会的要因とメタボリックシンドロームの発症:系統的レビューおよびメタ分析)
著 者:Kazuhiro Watanabe, Asuka Sakuraya, Norito Kawakami, Kotaro Imamura, Emiko Ando, Yumi Asai, Hisashi Eguchi, Yuka Kobayashi, Norimitsu Nishida, Hideaki Arima, Akihito Shimazu, and Akizumi Tsutsumi
【用語解説】
※1 「職場の心理社会的要因」・・・職場におけるストレスの原因となるもの (ストレス要因)およびストレス要因の影響を緩和したり増悪させたりする要因を総称したもの。代表的な職場の心理社会的要因として、仕事の量的負担、裁量権、上司や同僚からの支援、交代制勤務および労働時間等が挙げられる。
※2 「前向き研究デザイン」・・・調査対象集団を特性ごとに分類して経過を観察し、発症との関連を測定する研究手法。
※3 「メタ分析」・・・個別の研究で報告されている関連の程度や介入の効果等を統合する統計解析手法。
※4 「仕事のストレイン」・・・仕事の要求度と裁量の自由度の高低により分類される作業の特性。
■本研究に関する問い合わせ先
【北里大学医学部 公衆衛生学】
担当:江口 尚(講師)
TEL:042-778-9352(代表) FAX:042-778-9257
E-mail:eguchi@med.kitasato-u.ac.jp
【東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野】
担当:渡辺 和広(助教)
TEL:03-5841-3586 FAX:03-5841-3392
E-mail:kzwatanabe-tky@umin.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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