近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)理学科化学コース教授 佐賀 佳央(さが よしたか)らの研究グループは、植物の祖先にあたるバクテリアで働く色素を、タンパク質に結合した状態のままで、植物で働く葉緑素に変換することに成功しました。本研究成果は、英国のオンライン科学誌「Scientific Reports」に平成31年(2019年)3月6日(水)日本時間 19:00に掲載されました。
【本件のポイント】
●植物の祖先にあたるバクテリアの色素を、タンパク質に結合した状態のままで、植物型の色素である葉緑素に変換することに成功
●光合成進化のミッシングリンク※1 と位置付けられるタンパク質を創り出すことに成功し、バクテリアから植物、藻類への進化でおこった葉緑素の獲得に関する重要な成果
●光合成で利用できる光の種類を人工的に調節し、有用物質をつくる光合成生物の生産量増加などへの応用の可能性が期待できる
【本件の概要】
近畿大学理工学部教授 佐賀佳央らの研究グループが、植物の祖先にあたるバクテリアの色素をタンパク質に結合した状態のままで、植物で働いている葉緑素タイプの色素に変換することに成功しました。今回創り出したタンパク質は、バクテリア型タンパク質と植物型色素の複合体であり、光合成進化のミッシングリンクと位置付けられるものです。植物や藻類といった光合成生物に含まれる葉緑素が生物進化の段階でどのように獲得されたのかは現在解明されていませんが、今回成功した酸化的条件でのバクテリア型色素から葉緑素タイプの色素への変換は、地球に酸素が発生した段階で光合成生物が葉緑素を獲得しうることを実験的に示したものであり、生物進化の解明にとって重要な情報です。
また本研究によって、目に見える光(可視光)を有効に使えなかったバクテリア型タンパク質で、可視光を効率よく光合成に利用することが可能となりました。このことから、今回成功した色素の変換は、光合成生物が利用できる光の種類を人工的に調節し、生産量の増加などへ応用できる可能性が期待できます。
【掲載誌】
■雑誌名:Scientific Reports(Impact factor 4.122(平成30年(2018年)発表))
■論文名:Selective oxidation of B800 bacteriochlorophyll a in photosynthetic light-harvesting protein LH2
■著 者:佐賀佳央(近畿大学理工学部教授、主著者)、川野聖志朗(近畿大学理工学部卒業生)、大塚悠史(近畿大学理工学部理学科4年)、今西三千絵(神戸大学大学院)、木村行宏(神戸大学准教授)、松井彩香(金沢大学大学院)、淺川雅(金沢大学准教授)
【研究の詳細】
本研究では、光合成を行うバクテリア(光合成細菌※2)の中で光を吸収しているタンパク質をそのまま酸化的条件で反応させることで、タンパク質内のバクテリオクロロフィル※3 を効率よくクロロフィル※4 に変換することに成功しました。この色素変換によって、このタンパク質は可視光を効率よく利用できるようになり、またこの変換はタンパク質の構造を壊すことなく進行することが明らかになりました。したがって、本研究はバクテリアの光合成タンパク質が酸化的条件で葉緑素を獲得し光利用効率を変えることが可能なことを実験的に示すことに成功した初めての例となります。この結果から、植物の祖先にあたるバクテリアに含まれるバクテリオクロロフィルが地球環境の変化(酸素発生による酸化的環境の形成)によって化学的に葉緑素タイプの色素に変換され、その後の適応段階で色素を合成する酵素や色素結合タンパク質の進化が起こり、現在の光合成に至った可能性が示唆されました。
本研究によって創り出されたタンパク質は、バクテリア型タンパク質に植物型色素が結合した「光合成進化のミッシングリンク」と位置付けられるタンパク質であり、「植物の葉緑素は、生物進化の過程でどのようにしてできたのか?」という興味深い問題を明らかにするための新しい切り口となります。また、この成果を発展させることで光合成が利用できる光を調節し、光合成生物を植物工場などの人工的な光に適応させ生産量を増加させるといった応用が期待できます。
なお、本研究は神戸大学、金沢大学と共同で、科学技術振興機構・さきがけ「超空間制御と革新的機能創成」(課題番号 JPMJPR1416)と科学研究費補助金・新学術領域研究「革新的光物質変換」(課題番号 18H05182)の支援のもとに行われました。
【本件の背景と、今後の展開】
光合成は太陽光を効率よく変換する反応で、地球上の食糧、エネルギー、環境維持に重要な役割を果たしており、光を吸収する色素がタンパク質に結合することで効率よく反応を進めています。
現在地球上に繁栄している植物や藻類は、葉緑素(クロロフィル)を含んでおり、太陽光の大部分を占める目に見える光(可視光)を有効に利用することができます。しかし、その祖先にあたるバクテリア(光合成細菌)に含まれる色素(バクテリオクロロフィル)は可視光をほとんど吸収できません。光合成生物は進化の過程でクロロフィルを獲得し太陽光をうまく利用しはじめたと考えられますが、その獲得メカニズムは不明です。
本研究は、光合成をおこなうバクテリアのタンパク質をそのまま反応させることで、バクテリア型タンパク質に植物型色素が結合した色素タンパク質を創り出すことに成功しました。バクテリアと植物の中間状態の生物は現存していないことから、本研究で得られたタンパク質は光合成進化のミッシングリンクと位置付けることができ、現在不明な光合成生物の進化における葉緑素の獲得メカニズムの解明に大きく寄与できます。また、酸化的条件でバクテリア型タンパク質を壊すことなく結合している色素を葉緑素タイプの色素に変換できた本研究の成果は、古代の地球環境の変化(酸素発生による酸化的雰囲気の形成)が葉緑素獲得を誘起した可能性の検証にも役立ちます。
また本研究は、光合成タンパク質を人工的に改変し、利用可能な光を調節することに成功しました。光合成タンパク質が吸収できる光は光合成反応効率と直接的に関係することから、本研究を発展させることで光合成生物の生育速度や生育量を調節する可能性が期待できます。現在、植物工場ではLED光源が用いられるため光の質が太陽光とは異なっている場合がありますが、今回のような手法で光合成生物が利用できる光を人工的に調節できれば、植物増産なども期待できます。
【用語解説】
※1 ミッシングリンク
生物進化の中間期に存在したと推測されるが、現状ではみつかっていない証拠(生物や化石などのもの)、またはそのような状況。失われた環ともいわれる。ミッシングリンクが発見された有名な例では、爬虫類と鳥類の中間にあたる始祖鳥の化石がある。
※2 光合成細菌
光エネルギーを用いて生育するバクテリア。進化的には植物の祖先と位置付けられる。植物が光を利用して水を分解し酸素を発生させることができるのに対して、光合成細菌は水分解(水からの電子の取り出し)と酸素発生ができないという大きな違いがある。
※3 バクテリオクロロフィル
光合成細菌の主要色素。分子構造はクロロフィルと類似しているが、構造が部分的に変化しているため可視光をあまり吸収できないという特徴がある。
※4 クロロフィル
葉緑素。酸素発生型の光合成生物である植物や藻類の主要色素であり、可視光を効率よく吸収できる。酸素発生型の光合成の明反応で機能する重要な分子である。
【関連リンク】
理工学部理学科 教授 佐賀 佳央(サガ ヨシタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/351-saga-yoshitaka.html
▼本件に関する問い合わせ先
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