横浜市立大学大学院生命医科学研究科 朴 三用 教授らの研究グループは、中国Beijing Computational Science Research Center(CSRC、Haiguang Liu教授グループ)、韓国延世大学(Lee Weontae教授グループ)との共同研究により、シアノバクテリア由来の光受容タンパク質「ハロロドプシン」のアニオン*1 輸送機構の仕組みを世界で初めて解明することに成功しました。この知見は、光を使って細胞機能を操作する光遺伝学*2 (optogenetics)のツール開発につながるため、今後、新しい再生医療や新薬開発の基礎的研究への貢献が期待されます。
本研究成果は、『Journal of Molecular Biology』に掲載されました(7月25日オンライン)。
研究成果のポイント
- 微生物のアニオンの輸送機構を分子レベルで解明
- 医学分野における光遺伝学ツールとして、新しい再生医療や新薬開発の基礎的研究の発展に貢献
研究の背景
多くの生物は光を情報伝達やエネルギー利用に光受容タンパク質を用います。そのひとつ、「微生物型ロドプシン」は幅広い微生物に存在する、光化学反応を担う発色団レチナールを内部に結合した7回膜貫通型タンパク質です。微生物型ロドプシンは、all-trans 型レチナールから13-cis 型レチナールの光異性化*3、すなわち光を受けたときに誘導される構造変化を起点として、いくつかの構造中間体を経由する光反応サイクルと呼ばれる過程を経て、光駆動型イオンポンプ、走光性センサー、光開閉型イオンチャネルなど多彩な機能を発現します。同じ構造で複数の機能を発現するところから、その構造と機能の関係性に関心がもたれてきました。
MrHRは、シアノバクテリアMastigocladopsis repens 由来の新規分類群に属する微生物型ロドプシンで、「ハロロドプシン」と呼ばれる、光を吸収すると細胞内に塩化物イオン(Cl-)を取り込む光駆動型イオンポンプタンパク質(図1a)の一種として知られています。その一方でMrHRは、Cl-だけでなく、硫酸イオン(SO42-)などの二価イオンを取り込めるという特徴がありますが、その輸送機構やその後のエネルギー生成機構の解明には至っていませんでした。本研究ではその構造と機構の解明に取り組みました。
図1. MrHRの主要な機能的残基と結晶構造。a. 微生物ロドプシンの系統樹(上)とイオンポンプロドプシンで機能するアミノ酸残基の配列(下)MrHRは塩化物イオンポンプロドプシンに属する。b. MrHRの全体結晶構造(中央)、および、B-Cループ(左上)、ホモ三量体中心(左下)、およびTSDモチーフ(右)領域の詳細構造の主要な残基と隣接する残基との側鎖相互作用(黒点線) 。
研究の内容
本共同研究グループは、大腸菌を利用してシアノバクテリアのハロロドプシンの一種類であるMrHRの生産、精製を行い、LCP*4 (Lipidic Cubic Phase)法を用いて得たMrHRの結晶からその構造と機能の仕組みを調べました。その結果、MrHRはCl-を細胞膜に輸送するハロロドプシンの特徴である「TSD」モチーフ*5 を含んでおり、構造解析から三量体*6 で機能していることが明らかになりました(図2a)。
MrHRの構造の特徴はTSDモチーフの近くの2つの水分子と水素結合、および短いB-Cループの特異な構造にあります。これにより、光駆動塩化物ポンプのユニークな三量体トポロジーを持っていることが明らかになりました(図1b)。
さらに、MrHR分子のアニオンポンプの入口アミノ酸Asn63、Pro118、およびGlu182のAla変異体を作製して機能解析した結果、Cl-のみならず、硝酸塩イオン(NO3−)やSO42-の複数のアニオンを取り込む機能を誘導する事が確認され(図2b)、今回の研究により、ハロロドプシンのイオンポンプの複数のアニオンの輸送の仕組みの分子メカニズムの解明に成功しました。
図2. a. MrHRの三量体構造(中央)Phe76 (F76) 残基と水分子を介した疎水性および水素を媒介とする結合相互作用(黒点線)(左)。 代表的な芳香族アミノ酸であるPhe41 (F41)、Tyr106 (Y106)、およびTrp125 (W125) は、各サブユニットの境界面に配置され、オレイン酸(緑、OLA-I/-II)との疎水性相互作用を維持している(右)。b. MrHRの三量体相互作用に関連する変異体のアニオンポンプ活性。大腸菌で発現したN63A、P118A、E182Aの変異体で、光による硝酸塩イオンおよび硫酸イオンの取り込みによるpH変化が観察された。
今後の展開
今回得られた成果は、複数の、しかも価数の異なるアニオンを輸送するハロロドプシンの未知の輸送機構やその後のエネルギー生成機構にかかるメカニズムの一端を明らかにしたものです。また、ハロロドプシンは、塩化物イオンを細胞膜内に取り込み細胞の活性を制御する機能を利用した、創薬分野や光遺伝学のツールへの応用が試みられており、本研究成果もまたこれらへの応用が期待されます。
用語説明
*1 アニオン: 電子を受け取る負の電荷を帯びた原子、または原子団をアニオンと呼ぶ。
*2 光遺伝学(optogenetics): 光感受性のイオンチャンネル・酵素等を細胞や生体内に発現させて、それらの機能や形態形成等を光でコントロールする技術のこと。微生物型ロドプシン類による神経細胞の活動電位制御。
*3 異性化: 化学的、物理的作用により、ある化合物がその異性体に変化すること。
*4 LCP(Lipidic Cubic Phase)法: 結晶を作る方法のひとつ。水溶液とキュービック相と呼ばれる相になった脂質とを混合すると、水溶液が脂質で囲まれた水チャンネルが形成される。ここに膜タンパク質を混ぜると、キュービック相に再構成され、結晶ができる。
*5 TSDモチーフ: ハロロドプシンの活性周辺のアミノ酸The74(T), Ser78(S), Asp85(D)が保存されているアミノ酸を指す。
*6 三量体: 3つのタンパク質分子が結合し形成した複合体。
掲載論文
Structure-based functional modification study of a cyanobacterial chloride pump for transporting multiple anions
ji-Hye Yun, Jae-Hyun Park, Zeyu Jin, Mio Ohki, Yang Wang, Cecylia Severin Lupala, Haiguang Liu,
Sam-Yong Park* and Weontae Lee* (*Corresponding authors)
Journal of Molecular Biology (2020),
https://doi.org/10.1016/j.jmb.2020.07.016
※本研究は、文部科学省・新学術領域研究「高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用」と、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」の支援を受けて遂行しました。