目や肺などの全身臓器に炎症を起こす難病サルコイドーシスの発症に関与する遺伝子を発見 ~発症メカニズムや病態の全容解明が前進~

 横浜市立大学医学部 眼科学教室の目黒 明 特任准教授、石原麻美 臨床准教授および水木信久 主任教授らの研究グループは、サルコイドーシスを対象とした遺伝子解析研究を行い、その発症に関与する疾患感受性遺伝子領域を同定しました。この研究は、日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会および厚生労働省 びまん性肺疾患に関する調査研究班の協力の下、パラツキー大学(チェコ)と共同で実施されました。
 本研究成果は、英科学誌『Communications Biology』に掲載されました。(英国時間8月21日10時付:日本時間8月21日18時付オンライン)

研究成果のポイント
  • 日本とチェコのサルコイドーシス患者に対するゲノムワイド関連解析*1から疾患の発症に関与する3つの疾患感受性遺伝子領域を同定
  • 上記3遺伝子領域に位置する特定のSNP*2は、各々の近傍に位置する遺伝子の発現量の変動に影響することが判明
  • 上記の遺伝子発現量の変化によるTh1/Th2細胞のバランスの不均衡や病原体に対する生体防御機能の低下が、サルコイドーシスの発症や病態に関与していることが示唆された
  • サルコイドーシスの発症メカニズムや病態解明の進展が期待されるとともに、個人の遺伝情報に基づいた疾患の予防・予後予測や、新規治療薬の開発につながる可能性がある

研究の背景
 サルコイドーシスは厚生労働省の指定した特定疾患(難病)の一つで、全身の諸臓器に非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を形成し、様々な臓器障害に起因する多彩な病状を引き起こす炎症性疾患です。肺(肺門・縦隔リンパ節、肺野)、眼、皮膚に病変が出ることが多く、心臓、表在リンパ節、神経系、筋肉、肝臓、脾臓、腎臓、骨、唾液腺などの臓器にも出現します。罹患頻度や罹患臓器、病態は人種や地域間で大きく異なっており、例えば、日本人では欧米人と比較して眼病変の頻度が高くなっています。日本のぶどう膜炎の原因疾患の統計ではサルコイドーシスが最も多く、本疾患により重度の視機能障害を来たすこともあります。また、日本人では心臓病変の頻度も高く、サルコイドーシスの死亡原因で最も多いのは心臓病変によるものです。
 サルコイドーシスの発症や病態は、遺伝要因(疾患感受性遺伝子)と環境要因(病因抗原)が複合的に作用していると考えられています。遺伝要因としてはHLA*3領域、特にHLA-DRB1遺伝子の重要性が以前より指摘されており、HLA-DRB1遺伝子の特定のタイプがサルコイドーシスの発症リスクと顕著に相関することが報告されています。一方、サルコイドーシスの発症にはHLA領域以外の遺伝要因も関与していることが示唆されており、これまでにHLA領域以外の遺伝子とサルコイドーシスの関連を調査した研究が多数行われていますが、サルコイドーシスの発症に関与するHLA領域以外の遺伝要因の全容は未だ解明されていません。
 本研究では、サルコイドーシスの発症に関与する遺伝要因(疾患感受性遺伝子)を、さらに明らかにするため、サルコイドーシスを対象とした遺伝子解析を行いました。


研究の内容
 サルコイドーシスの疾患感受性遺伝子を同定するため、日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会および厚生労働省 びまん性肺疾患に関する調査研究班の協力の下、日本全国の協力施設およびチェコのパラツキー大学で収集した日本人とチェコ人のサルコイドーシス患者1,896例および健常者2,192例を用いてゲノム全域を対象とした遺伝子解析を行いました。
 まず日本人集団(患者700例、健常者886例)を対象にゲノム全域を網羅するSNP解析(ゲノムワイド関連解析:GWAS)を実施し、HLA領域外においてサルコイドーシスと有意な相関(P < 0.01)を示す2,019個の候補遺伝子領域を見出しました。その後、それらの候補遺伝子領域を対象に新たな日本人集団(患者931例、健常者1,042例)とチェコ人集団(患者265例、健常者264例)を用いて追認試験とメタ解析を行った結果、サルコイドーシスの発症リスクとP < 5×10-8(GWAS研究における有意水準)の有意な相関を示す3個の疾患感受性遺伝子領域(「CCL24」、「STYXL1-SRRM3」、「C1orf141-IL23R」)を同定しました(図1)。


図1.日本人集団のGWASで見出されたゲノム全域のSNPとサルコイドーシスの相関性
GWASで解析されたSNPをグラフにプロットした。横軸が染色体ごとのSNPの位置を、縦軸がサルコイドーシスとの相関性を示す。上に位置するSNPほど、サルコイドーシスとの相関性が強い。


 これらの3遺伝子領域を対象とした機能解析の結果、その領域内に位置するSNPが、各々の近傍に位置する遺伝子の発現量の変動に有意な影響を与えていることが分かりました。「CCL24」領域のSNP(rs4728493)のリスクアリル*4は、CCL24遺伝子の発現量を有意に減少させていました。CCL24遺伝子はTh2型免疫応答に関与することから、rs4728493のリスクアリルを保有する人では、CCL24遺伝子発現量の低下によってTh2型免疫応答が抑制されることにより、Th1細胞とTh2細胞のバランスの均衡が崩れていることが推察され、これによるTh1型免疫応答の増強がサルコイドーシスの発症に関与していることが考えられました。
 「STYXL1-SRRM3」領域は「CCL24」領域に近接しています。「STYXL1-SRRM3」領域のSNP(rs112463197)のリスクアリルは、ステロイド合成に関与するPOR遺伝子の発現量を有意に上昇させていました。このことから、rs112463197のリスクアリルを保有する人では、POR遺伝子発現量の上昇に伴って内因性ステロイドのレベルが増加することにより免疫抑制が誘発され、本疾患の病因抗原とされるアクネ菌(Cutibacterium acnes;旧名Propionibacterium acnes)などの病原体に対する宿主防御機能が低下している可能性が示唆されました。
 また、「C1orf141-IL23R」領域のSNP(rs117633859)のリスクアリルは、Th17型免疫応答に関与するIL23R遺伝子の発現量を有意に減少させていました。Th17型免疫応答は細胞外からの病原体に対する感染防御において重要な役割を担っており、rs117633859のリスクアリルを保有する人では、IL23R遺伝子発現量の低下によってTh17型免疫応答が抑制されて病原体に対する感染防御機能が低下していることが示唆されました。したがって、「STYXL1-SRRM3」領域と「C1orf141-IL23R」領域のSNPのリスクアリルに起因する病原体に対する生体防御機能の低下もサルコイドーシスの発症に関与していることが考えられました。
さらに、本研究で同定したリスクアリルとサルコイドーシスの臨床像との関連を検討した結果、CCL24遺伝子およびPOR遺伝子がサルコイドーシスの病態形成や臨床経過(自然寛解、難治化)に関与していることが認められました。


今後の展開
 本研究は、アジア人のサルコイドーシス患者を対象とした世界初のGWAS研究です。本研究で同定された疾患感受性遺伝子はサルコイドーシスの発症や病態に影響を与える重要な遺伝要因であることが推察され、その発症メカニズムや病態の全容解明の一助となることが期待されます。
 また、本研究の成果は、サルコイドーシスの発症における病原体に対する生体防御の重要性を示唆するものであり、病原体の存在がサルコイドーシスと強く関係していることが推察されます。今後、環境要因としての病原体との関連を明らかにすることで、サルコイドーシスの発症メカニズムや病態の解明の大きな進展が期待されます。さらに、個人の遺伝情報に基づいた疾患の予防・予後の予測や、特定の分子を標的とした新規治療薬の開発にもつながり、その医学的価値は大変高いと考えられます。


用語説明
*1 ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study:GWAS):ゲノムワイドとは、「ゲノム全体」、「ゲノム全域にわたる」の意であり、ゲノムワイド関連解析は、ゲノム全域を網羅する遺伝子多型(主にSNP)を対象に、ある疾患を持つ群と持たない群との間で統計学的に有意な頻度差を示す遺伝子多型を検索する手法である。

*2 SNP:single nucleotide polymorphism(一塩基多型)の略。ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるとされているが、個々人を比較するとそのうちの 0.1%の塩基配列に違いがあるといわれており、これを遺伝子多型と呼ぶ。遺伝子多型のうち、1つの塩基が他の塩基に置き変わるものをSNPと呼ぶ。SNPは最も多く存在する遺伝子多型である。遺伝子多型のタイプにより遺伝子をもとに体内で作られるタンパク質の働きが微妙に変化し、疾患の罹り易さ(疾患感受性)や医薬品への反応などに変化が生じる場合がある。

*3 HLA:ヒトの主要組織適合性複合体であるHLA(human leukocyte antigen、ヒト白血球抗原)は極めて高度な遺伝的多型性(個人差)を示し、自己と非自己の識別という免疫学的に重要な役割を担っている。HLA遺伝子の多型性が抗原ペプチドに対する免疫応答の個人差を決定する遺伝的な要因となり、様々な疾患に対する感受性を規定していることが示唆されている。

*4 リスクアリル:アリル(allele、アレルとも発音)とは、ゲノム上の特定の遺伝子座において父母それぞれから受け継いだ塩基配列が異なる場合の個々の塩基配列のことである。リスクアリルとは、SNPのアリルのうち、疾患の発症リスクと相関を示す(疾患に感受性を示す)アリルのことである。


掲載論文
Genetic control of CCL24, POR, and IL23R contributes to the pathogenesis of sarcoidosis
Akira Meguro, Mami Ishihara, Martin Petrek, Ken Yamamoto, Masaki Takeuchi, Frantisek Mrazek, Vitezslav Kolek, Alzbeta Benicka, Takahiro Yamane, Etsuko Shibuya, Atsushi Yoshino, Akiko Isomoto, Masao Ota, Keisuke Yatsu, Noriharu Shijubo, Sonoko Nagai, Etsuro Yamaguchi, Tetsuo Yamaguchi, Kenichi Namba, Toshikatsu Kaburaki, Hiroshi Takase, Shin-ichiro Morimoto, Junko Hori, Keiko Kono, Hiroshi Goto, Takafumi Suda, Soichiro Ikushima, Yasutaka Ando, Shinobu Takenaka, Masaru Takeuchi, Takenosuke Yuasa, Katsunori Sugisaki, Nobuyuki Ohguro, Miki Hiraoka, Nobuyoshi Kitaichi, Yukihiko Sugiyama, Nobuyuki Horita, Yuri Asukata, Tatsukata Kawagoe, Ikuko Kimura, Mizuho Ishido, Hidetoshi Inoko, Manabu Mochizuki, Shigeaki Ohno, Seiamak Bahram, Elaine F. Remmers, Daniel L. Kastner, Nobuhisa Mizuki
Communications Biology (2020), https://doi.org/10.1038/s42003-020-01185-9


※本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業および日本応用酵素協会による研究助成を受けて行われました。
本件に関するお問合わせ先
研究・産学連携推進課
E-Mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp

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組織名
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代表者
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連絡先
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