以前より、オカメインコの飼育者の間では、口笛で音楽を奏でると、一部のオカメインコがそれを模倣し、また演奏の途中でそれに加わり、見事に同調してうたうことが話題になっていました。このたび、愛知大学文学部心理学科の関義正教授は、実験によりオカメインコがそのように振る舞うことが事実であることを確認し、学術論文として発表しました。これは、ヒト以外の動物が音楽のメロディに同調してうたうことを示した初の報告となります。
人間社会においては、複数人で声を揃え、同じ旋律で歌をうたう行動は広く一般に見られます。本研究により、ヒト以外の動物を用いた比較研究によって、このような行動の起源や機能を探るための道が開かれたことになります。また、本研究は、音楽に関連するそれ以外の研究についても生物学的視点を導入することの価値を内外に示すものとなります。
背景
ヒトはなぜ、文化圏の違いによらず、音楽を生み出し、楽しむのでしょうか。私たちの祖先は、なぜ、どのように、そのような能力を獲得したのでしょうか。そもそも、音楽とはいったい何なのでしょうか。これらの問の答えを得るには、おそらくヒトの文化の研究だけでは足りません。では、ヒト以外の動物の行動を研究することで、その答えを見いだすための手がかりが得られるでしょうか。これまで、鳴禽類(スズメの仲間)のさえずりなど、ヒト以外の動物が発するさまざまな音列が音楽になぞらえられ、研究されてもきました。とはいえ、それら動物の生み出す音列とヒトの音楽のメロディとでは、音素や音の並びの構造が異なります。
一方で、愛鳥家の間では、ヒトとともに生活しているオカメインコ(図1)が音楽のメロディを真似してうたうことが広く知られています。YouTubeなどの動画サイトには、オカメインコが「ミッキーマウスマーチ」や「となりのトトロのテーマ」のメロディをうたっている動画が多数見つかります。ほとんどの動物は、ヒトとともに暮らしていても、音楽のメロディを模倣するようにはならないため、これはオカメインコならではの特徴と言えます。そこで、本研究では、オカメインコを対象とした実験により、音楽の起源や役割についての疑問の答えを得るための手がかりを探すことにしました。
(成果を可能にした工夫・方法)寿命が20年を超え、毎日ケージから出して、時間をとって遊ぶ必要のあるオカメインコは、大学での研究に向いているとは言えません。しかしながら、音楽模倣能力の研究をするためには、他の動物種では代替が利きません。そこで、論文の著者は最後まで責任をもって飼育し続ける覚悟を決め、オカメインコのヒナ6羽を購入し、給餌しながら成鳥になるまで育てました。その過程を通じ、論文の著者自身が口笛で奏でたミッキーマウスマーチに似たメロディ(もしくはその録音したもの)を定期的に聞かせたことで、特別の訓練をすることもなく、3羽のオスのトリがそのメロディを模倣するようになりました。さらに、そのうちの2羽は、メロディを聞かされると、そのメロディに自発的にタイミングを同調してうたうかのような行動を見せるようになりました。
方法と結果
そこで、それらのトリが本当にメロディに能動的に同調してうたっているのかを実験的に検討することにしました。そのために、トリが歌をうたっている途中で、あらかじめ録音しておいたメロディを再生して聞かせました。すると、トリはメロディに合わせて自分の歌のタイミングを調整しました。このメロディは休止区間を挟み、前・後半部に分かれていますが、メロディの再生開始の遅れに応じ、トリは休止区間の長さを変えることで、後半部の歌い始めのタイミングをメロディのタイミングに揃えました(図2・図3)。
また、トリが歌をうたっていないときにメロディを聞かせてみると、メロディの進行状況に合わせて、途中から歌に加わることが繰り返し観測されました(図4)。この場合、トリのうたう歌の最初の部分が欠落することになります。メロディが再生されない状態でトリが単独でうたった数十回の歌の記録の中には、そのような欠落は一度も見いだされませんでした。つまり、この現象はメロディの再生によって引き起こされたものであることが確認されました(p < 0.001, フィッシャーの直接確率検定)。
考察と今後の展開
(成果の学術的意義)本研究はオカメインコが音楽のメロディを模倣し、さらに、自発的・能動的にメロディの演奏に合わせてうたうことを実験的に示しました。動物が音楽のメロディを模倣することを示した報告[1]はありますが、その数は極めて少数です。また、動物が同種他個体とユニゾンでうたうという報告[2]もありますが、それらの歌に用いられる音のパターンは、その動物がもともと野生で発している音声レパートリーの内に限定されています。そのため、本研究成果は、ヒト以外の動物が、人間の楽曲のメロディに同調してうたうことを示した初の学術的な報告となります。さらに、この模倣や同調が生じた要因の一つは、トリたちと飼育者との強い社会関係であると考えられます。これは、共にうたうことを含む音楽の起源を社会的絆の強化に関連付けた仮説[3]を支持するものとなります。
加えて、この行動には、かなり複雑な認知過程が関わります。発声学習能力*に加え、(1)楽曲の全体構造を把握し、(2)現在聞こえている音に続いて流れてくる音を予測し、(3)その音の出現のタイミングに合わせて発声する能力が必要です(図5)。本研究は、オカメインコがこれら高度な認知処理能力のすべてを持ち、組み合わせて使えることを示しました。
(波及効果)本研究により、オカメインコが自発的に音楽のメロディを模倣すること、さらに、能動的に音楽のメロディの演奏に合わせて歌をうたうことが確認されました。これは、人間特有の文化的表現とみなされている音楽の研究を進めるための比較対象となり得る動物が見つかったことを意味します。これにより、私たちがなぜ音楽を楽しむのか、という疑問の答えを得るために、これまでとは異なる生物学的視点からの研究が可能になります。
さらに、高度に文化的でヒトに特有と思われる行動とそれを可能にする高度な認知能力が、全く異なる進化を経てきた動物と共有されているというこの事実は、(動物を含む)自分たちとは異なる他者と共生し、多様性を認めることの重要性についての理解を進めるための強力な事由として用いられることが期待されます。
(今後の課題)本研究は、オカメインコが音楽のメロディへのタイミング同調能力を持つことを示しました。今後は、オカメインコがヒトと同様に、メロディの再生速度の変化に応じて歌の速度を変える能力や、音高変化への同調能力をも持つのかを検討できます。
発表論文
Seki Y. Cockatiels sing human music in synchrony with a playback of the melody. PLOS ONE, 2021, DOI: 10.1371/journal.pone.0256613.
文献情報
[1] Nicolai J, Gundacker C, Teeselink K, Güttinger HR. Human melody singing by bullfinches (Pyrrhula pyrrula) gives hints about a cognitive note sequence processing. Anim Cogn. 2014; 17: 143-155.
[2] Mann NI, Dingess KA, Slater PJB. Antiphonal four-part synchronized chorusing in a Neotropical wren. Biol Lett. 2006; 2: 1-4.
[3] Savage PE, Loui P, Tarr B, Schachner A, Glowacki L, Mithen S, Fitch WT. Music as a coevolved system for social bonding. Behav Brain Sci. 2020; 1-42.
用語解説
ユニゾン...斉唱のこと。複数で、同じ旋律・同じタイミングでうたうこと。
サウンドスペクトログラム...音を図示する方法の一つ。縦軸で音高(周波数)、横軸で時間を表し、濃度で音の強さを表現する。
発声学習能力...新たに聞いた音のパターンを自分の発声レパートリーとする能力のこと。音声言語の基盤の一つでもある。キュウカンチョウやオウム・インコなどの鳥類および一部の動物群(クジラ・ゾウなど)に見られるが、ヒト以外の霊長類にはないとされる。
利益相反
著者には開示すべき利益相反はありません。
財源情報
本研究は「文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究 共創的コミュニケーションのための言語進化学」の計画研究の一部として行われました。
問い合わせ先
研究に関すること:
愛知大学文学部心理学科 教授 関義正
E-mail:yseki@aichi-u.ac.jp
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