東京薬科大学生命科学部分子神経科学研究室の山内淳司教授の研究チームは、新規クリスパー/CasRxを用いたRNA編集技術を用いて、COVID-19による神経病態のメカニズムを解明しました。これにより、重篤な神経症状の改善に関わる研究を促進させることとなります。
【ポイント】
◇研究の背景◇
新型コロナ(COVID-19)ウイルス(SARS-CoV-2)が猛威を振るい数年が経過しました。そのなかで、中枢神経(とくに脳)におけるさまざまな症状が報告され、COVID-19では脳内炎症を誘導することもあることが分かってきました。しかし脳内にウイルスが感染し、初期的にはどのような細胞病態を引き起こすのか不明な点が多くありました。当該研究では、脳内において感染することが知られているグリア細胞に焦点をおいて、その細胞病態を誘導するメカニズムの一端を解明することに成功しました。また、この研究ではクリスパー/Cas9を用いたゲノム(DNA)編集(2020年度ノーベル化学賞の技術)に類似した新規技術であるRNA編集を利用しました。
◇研究の対象◇
中枢神経系にはニューロン(神経細胞)ばかりではなく、多数の種類の細胞があります。そのなかにグリア細胞があり、主として神経細胞の機能を保護または補佐する役割をもちます。オリゴデンドロサイト(オリゴデンドログリア細胞)は神経信号の伝達機能を飛躍的に上昇される役割をもつ細胞であり、神経細胞から出る突起のひとつ(神経軸索)を保護する役割も有します。当該研究においてはオリゴデンドログリア細胞の形態変化(分化)に焦点をあて、その研究対象としました。
◇成果について◇
オリゴデンドログリア前駆細胞(オリゴデンドロサイトに発生するグリア系幹細胞)にSARS-CoV-2が感染するときに用いる受容体(ウイルスがヒトに感染するときに用いる足場タンパク質)のひとつであるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)が発現し、その機能不全がオリゴデンドログリア前駆細胞の分化に異常を示すことを明らかにしました。また興味深いことに、ACE2はオリゴデンドログリア前駆細胞内部(細胞質領域)にもタンパク質の領域をもち、それが原がん遺伝子産物であるRasタンパク質(H-Ras)の活性を直接制御していることが分かりました。これらはクリスパー/CasRxを用いた新規RNA編集とRNA干渉技術を並行して研究に応用することで結果を得ることに成功しました。
◇考察について◇
おそらくSARS-CoV-2がオリゴデンドログリア前駆細胞に感染すると、ACE2それ自体の機能阻害が引き起こされると推定されました。その後、ACE2の機能阻害が原因で、オリゴデンドログリア前駆細胞の分化異常が誘導されると考えられました。これらの異常な現象があわさって脳内の細胞病態を引き起こす要因になると考えられました。
【概要】
◇内容について◇
クリスパー/CasRxによるRNA編集(図1参照)やRNA干渉技術を用いて、オリゴデンドログリア細胞でACE2を特異的にノックダウン(ACE2タンパク質の発現を減弱させる)させると、オリゴデンドログリア細胞の分化が異常促進されることを明らかにしました(図2参照)。また、ACE2の特異的ノックダウンでH-Rasタンパク質の活性にも影響を及ぼし、H-RasがACE2の結合パートナーのひとつであることが判明しました。H-Rasは細胞内シグナル伝達機構の中心に存在する分子であるため、ACE2の機能異常がさまざまな細胞内シグナル伝達に強く影響することが示唆されました。
◇展望について◇
基礎医学的な内容としてはオリゴデンドログリア細胞の機能異常をH-Rasの活性を制御することで防ぐことができるか明らかにすることが直近の研究の方向性であると考えられる。また、脳内における炎症反応とオリゴデンドログリア細胞の直接的な関係を証明しなければならないだろう。一方、理学的な内容としては (1)なぜオリゴデンドログリア細胞に血圧制御に重要なACE2が発現しているのか (2)ACE2が細胞内の中核シグナル伝達分子であるH-Rasの活性制御にどのように必要なのか を明らかにすることが重要な視点だと考えられる。
これらの研究は東京薬科大学生命科学部分子神経科学研究室の博士前期課程(修士課程)2年の加藤有希乃らを中心にして行われた研究成果です。
【原著論文】
○ 科学誌名 非タンパク質コードRNA誌(Non-coding RNA, IF: 6.84)に掲載される
○ 論文題名 CRISPR/CasRx-Mediated RNA Knockdown Reveals That ACE2 Is Involved in the Regulation of Oligodendroglial Cell Morphological Differentiation
○ 著者氏名 Yukino Kato, Kenji Tago, Shoya Fukatsu, Miyu Okabe, Remina Shirai, Hiroaki Oizumi, Katsuya Ohbuchi, Masahiro Yamamoto, Kazushige Mizoguchi, Yuki Miyamoto, and Junji Yamauchi(山内淳司*、責任著者)
○ 所属
* 東京薬科大学生命科学部
国立成育医療研究センター薬剤治療研究部(兼任)
東京都医学総合研究所糖尿病研究プロジェクト(兼任)
○ 論文情報
DOI: 10.3390/ncrna8030042
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35736639/
▼本件に関する問い合わせ先
総務部 広報課
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:0426766711
FAX:042-676-1633
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/