【昭和大学、千葉工業大学、福井大学、金沢大学】千葉工業大学、瞳孔径制御の神経経路モデルと瞳孔径時系列データからADHDの神経活動の特徴推定を可能にするアプローチを提案~瞳孔径制御の神経系を記述した数理モデルと実データ解析の融合により実現



千葉工業大学大学院情報科学研究科博士前期過程1年 熊野開(くまのひらく)、同大学院教授/国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所児童・予防精神医学研究部客員研究員 信川創(のぶかわそう)および、NCNP児童・予防精神医学研究部 児童・青年期精神保健研究室長 白間綾(しらまあや)、福井大学学術研究院医学系部門客員准教授/金沢大学子どものこころの発達研究センター協力研究員/魚津神経サナトリウム副院長 高橋哲也(たかはしてつや)、金沢大学医薬保健研究域医学系教授 菊知充(きくちみつる)、昭和大学医学部精神医学講座准教授 戸田重誠(とだしげのぶ)(他4名)は、注意欠損・多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder:以下、ADHD)患者の左右の瞳孔径時系列に対する時間的な複雑さの解析と瞳孔径制御の神経経路モデルによるシミュレーションを駆使することで、ADHDを特徴づける青斑核(Locus Coeruleus : 以下LC)活動に関するパラメータ領域の特定に成功しました。




 これにより、非侵襲で容易に利用できるアイトラッカーなどのデバイスから計測された瞳孔径時系列の情報から、ADHDを特徴づける脳深部に位置するLCの左右非均衡の程度が推定できます。本研究でのアプローチは、現在の問診を主体としたADHD診断をサポートする生物学的指標の確立に寄与するものと期待されます。
 この研究成果は、2022年10月14日に、「Neural Computation」オンライン版に掲載されました。
(DOI: https://doi.org/10.1162/neco_a_01545

■研究の背景
 ADHDは、不注意、衝動性、多動性を特徴とする神経発達障害のことで(図1)、患者の生活に深刻な心的・社会的影響を及ぼすことから、早期診断とそれに続く早期介入が重要です。
 現在のADHDの診断は、主に医療機関での問診に基づいて行われており、それに加えて客観的で定量的な生物学的指標の実現が期待されています。その実現のために、費用対効果が高く、非侵襲的なニューロイメージングの一つである瞳孔径計測をADHDの診断補助のツールに利用しようとする試みが進められています。
 ADHDの代表的な特徴として、注意・覚醒の調整機能を担うLCの過活性、特に右側のLCの過活性が報告されています。加えて、このLCは瞳孔径の交感神経と副交感神経の神経経路の起点になっています。近年の研究では、自律的な瞳孔径の変化(時系列の挙動に含まれるゆらぎ)は、ADHDに関連する注意・覚醒機能障害に関わる神経活動を反映することが明らかになってきました。しかし瞳孔径を制御する神経系は、交感神経と副交感神経の2重支配を受けるなど単純ではなく(図2)、瞳孔径挙動は神経経路の変調の影響を大きく受けます。つまりADHDに見られる右側LCの過活性がどのように瞳孔径挙動に反映されるかは、未だに明らかになっていませんでした。
 一方、これまでに私たちは定型発達の瞳孔径挙動と神経経路の関係を明らかにするため、瞳孔径を制御する神経系の計算モデルを提案しました。このモデルには、近年の研究で新たに発見されたLC からEWN(Edinger-Westphal Nucleus)への対側投射(引用文献1)が含まれます(引用文献2)。また、私たちのADHDの瞳孔径時系列データを解析した研究では、ADHDにおいては瞳孔径時系列の複雑性と対称性の低下が報告されていました(引用文献3)。

■研究の概要
 本研究で私たちは、これまでに構築した最新の瞳孔径制御の神経経路の機構を組み込んだ神経経路モデル(引用文献2)に対して、ADHDの特性である右側LCの活動状態を過活性化させ、シミュレーションによって得られた自律的な右と左の瞳孔径の時系列の複雑性を比較しました。また、ADHD成人患者において実験的に測定された自律的な瞳孔径時系列に対しても同様に、右と左の瞳孔径の時系列の複雑性を比較しました。その結果、ADHDの成人患者は右の瞳孔径の複雑性が左の瞳孔径の複雑性よりも相対的に高いことが明らかになりました。神経経路モデルのシミュレーションからは、右側のLCの過活性は右側の相対的に高い複雑性を誘起することもあれば、逆に低い複雑性を誘起することもあります(図3)。今回の瞳孔径制御の神経系モデルによるシミュレーションと実データの解析を照らし合わせることで、実際の瞳孔径計測だけでは把握できないADHDを特徴づける左右のLC活動の非均衡の程度が特定されました(図3(a)の赤枠部分を参照)。

■今後の展望
 脳深部に位置するLCは、臨床で広く用いられるニューロイメージングである頭皮上の脳波によってその活動を計測することは困難です。また、数Hz以上の周波数成分を持つ神経活動がふくまれるため、神経活動に起因する血流量を計測する脳機能核磁気共鳴(functional magnetic resonance imaging)を用いても、その複雑性を評価することは困難です。本研究では、瞳孔径時系列データから、たとえ神経経路の複雑な変調の影響を受けても、神経モデルによるシミュレーションを駆使することで、ADHDの特徴であるLCの非均衡の程度が推定できることを示しました。アイトラッカーなどによる瞳孔径計測は、非侵襲で容易に実施できる高い臨床的汎用性を持つニューロイメージング法です。今後のモデルの精密化と複雑性の特徴量抽出の洗練化をさらに進めることで、本研究でのアプローチが、現在の問診を主体としたADHD診断をサポートする生物学的指標の確立に寄与するものと期待されます。

■用語の説明
※1 複雑性 
 多くの要素が自律的に動作し、且つ要素間の相互作用によって、単一の要素では保持し得ない全体として新しいレベルでの機能が創発するシステムのことを複雑系と呼びます。特に、脳は単一の要素であるニューロン(神経細胞)が1000億個以上相互に結合した複雑系の最たるシステムと言えます。そしてこのような複雑系の特徴を示すのが複雑性であり、脳における情報処理はこの複雑性を最適な程度に調整することで、多様で柔軟な脳機能が実現されています。一方、神経活動時系列における複雑性の低下は、さまざまな精神疾患(うつ、統合失調症、アルツハイマー型認知症等)と関連づけられます(引用文献4)。

※2 サンプルエントロピー
 脳波等の複雑な振る舞いをする生体時系列データにおける複雑性を定量化するために考案された非線形時系列解析手法において用いられる値。本研究では瞳孔径の時間的複雑性を定量化するのに使われました。

■引用文献
1) Liu, Y., Rodenkirch, C., Moskowitz, N., Schriver, B., & Wang, Q. (2017). Dynamic lateralization of pupil dilation evoked by locus coeruleus activation results from sympathetic, not parasympathetic, contributions. Cell reports, 20(13), 3099-3112.
2) Nobukawa, S., Shirama, A., Takahashi, T., Takeda, T., Ohta, H., Kikuchi, M., ... & Toda, S. (2021). Pupillometric Complexity and Symmetricity Follow Inverted-U Curves Against Baseline Diameter Due to Crossed Locus Coeruleus Projections to the Edinger-Westphal Nucleus. Frontiers in Physiology, 12, 92.
3) Nobukawa, S., Shirama, A., Takahashi, T., Takeda, T., Ohta, H., Kikuchi, M., ... & Toda, S. (2021). Identification of attention-deficit hyperactivity disorder based on the complexity and symmetricity of pupil diameter. Scientific Reports, 11(1), 1-14.
4) Ando, M., Nobukawa, S., Kikuchi, M., & Takahashi, T. (2021). Identification of electroencephalogram signals in Alzheimer's disease by multifractal and multiscale entropy analysis. Frontiers in Neuroscience, 772.

■原著論文情報
・論文名:Asymmetric Complexity in a Pupil Control Model with Laterally Imbalanced Neural Activity in the Locus Coeruleus: A Potential Biomarker for Attention-deficit/Hyperactivity Disorder(公開日:10月14日)
・著者:Hiraku Kumano,Sou Nobukawa, Aya Shirama, Tetsuya Takahashi, Toshinobu Takeda, Haruhisa Ohta, Mitsuru Kikuchi, Akira Iwanami, Nobumasa Kato, Shigenobu Toda
・掲載誌: Neural Computation
・URL: https://direct.mit.edu/neco/article-abstract/doi/10.1162/neco_a_01545/113356/Asymmetric-Complexity-in-a-Pupil-Control-Model?redirectedFrom=fulltext

■研究経費
 本研究はJoint Usage/Research Program of Medical Institute of Developmental Disabilities Research、昭和大学、日本学術振興会 科研費 [研究活動スタート支援 (研究課題/領域番号 19K23395)、基盤研究C(20K03490)(研究代表者 白間綾)]、[基盤研究C(研究課題/領域番号 17K10270, 20K07928)(研究代表者 戸田重誠)]の助成を受けた。

▼研究に関するお問い合わせ
 千葉工業大学 情報科学部 情報工学科 教授
 信川 創
 〒275-0016 千葉県習志野市津田沼 2-17-1
 TEL:047-478-0538
 E-Mail: nobukawa@cs.it-chiba.ac.jp

▼報道に関するお問い合わせ
 千葉工業大学 入試広報課
 大橋 慶子
 TEL:047-478-0222
 E-Mail: ohhashi.keiko@it-chiba.ac.jp

 福井大学 経営企画部 広報課
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 TEL:0776-27-9733
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 金沢大学 医薬保健系事務部総務課総務係
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