北里大学理学部生物科学科の堤 弘次講師らの研究グループは、がん細胞が上皮成長因子(EGF)の方向に運動する新たな仕組みを明らかにしました。
がん細胞は遺伝子が変異することによって運動能を獲得することで、細胞外基質の中を浸潤し、他の臓器に転移します。上皮成長因子受容体は様々ながんで活性化しており、これががん細胞の異常な増殖能や運動能の獲得に寄与していると考えられています。しかし、上皮成長因子受容体の下流で、運動が促進する仕組みはまだ未解明の点が多く残されています。今回、FilGAPと呼ばれるタンパク質が、EGFシグナル伝達経路の下流でリン酸化されることを世界で初めて明らかにしました。そして、このリン酸化を阻害するとがん細胞がEGFの方向に向かって運動できなくなることを発見しました(図1)。
本研究成果は、2024年2月9日(金)に、米国電子科学雑誌「PNAS Nexus」にオンライン掲載されました。
■研究成果のポイント
①がん細胞が上皮成長因子(EGF)の方向に向かって運動する仕組みを明らかにしました。
②がん細胞がEGFを受容すると、その下流でRSKとGSK3というリン酸化酵素(キナーゼ)(※1)によってFilGAP(※2)がリン酸化されることを世界で初めて明らかにしました。
③このFilGAPのリン酸化は、がん細胞が移動する際に作る「仮足」と、移動する際の足場となるコラーゲン繊維との「接着」の制御に重要であることを明らかにしました。
④FilGAPのリン酸化による細胞の「仮足」と「接着」の制御は、がん細胞がコラーゲン繊維中をEGFの方向に向かって運動する際の「方向決定」と「移動速度」の制御に重要であることを明らかにしました。
⑤本研究の成果は新たながんの浸潤転移の制御に向けた治療戦略の開発へと繋がることが期待されます。
■背景
細胞運動は個体形成、傷の修復、免疫応答から、がん細胞の浸潤・転移まで、生命の一生を通じて大切な細胞の仕組みです。細胞が特定の方向に向かって移動する仕組みの一つとして走化性が知られております。走化性は細胞が小さな化学物質を感知してその方向に向かって移動する現象で、細胞は「仮足」と呼ばれる細胞の足を、化学物質の方向に伸ばして移動します。走化性はアメーバや免疫細胞ではその仕組みがよく調べられていますが、がん細胞が走化性を示す仕組みはよく分かっていませんでした。
■研究内容と成果
今回、研究グループは、ARHGAP24遺伝子産物であるFilGAPが、細胞がEGFを受け取った後に、細胞内シグナル伝達(※3)を通じて、タンパク質リン酸化酵素であるRSKとGSK3によって順番にリン酸化されることを発見しました。がん細胞がEGFを受け取ると、細胞に仮足が作られます。しかし、FilGAPがリン酸化されないようにすると、仮足が作られなくなりました(図2)。また、がん細胞がEGFを受け取ると、細胞が移動する際の足場となるコラーゲンと接着するための「接着斑」と呼ばれる構造が少なくなりました。ところが、FilGAPがリン酸化されないようにすると、細胞がEGFを受け取っても接着斑が減りませんでした(図2)。上皮がん細胞は身体の中では、結合組織中のコラーゲン繊維の中を移動します。今回、この身体の中をがん細胞が移動する様子をシャーレの中で再現し、がん細胞がEGFに向かってコラーゲン繊維中を運動する様子を観察しました。そして、FilGAPのリン酸化による「仮足」と「接着」の制御が、がん細胞がコラーゲン繊維中をEGFの方向に向かって運動する際の「方向決定」と「移動速度」の制御にそれぞれ重要であることが明らかとなりました (図3)。
■今後の展開
今回、がん細胞が上皮成長因子に向かって運動するためにFilGAPのリン酸化が必要であることを明らかにしました。しかし、FilGAPのリン酸化が実際にどのようながんで起こっているかはまだ分かっていません。今後、どのようながんでFilGAPのリン酸化が起こっているかを明らかにし、そのリン酸化を阻害することで、がん細胞の浸潤・転移を防ぐ方法の開発に繋がることが期待されます。また、がん患者でFilGAPのリン酸化を調べることで、がんの進行状態を調べるマーカーの開発へと繋がることも期待されます。
■論文情報
・掲載雑誌名:PNAS Nexus
・論文名:RSK/GSK3 mediated phosphorylation of FilGAP regulates chemotactic cancer invasion
・著者名:堤 弘次(筆頭著者、責任著者)、太田 安隆
・DOI:10.1093/pnasnexus/pgae071
本研究は、文部科学省科学研究費補助金、上原生命科学財団、北里大学学術奨励研究の支援のもとでおこなわれたものです。
■用語説明
※1 リン酸化酵素:タンパク質の特定のアミノ酸にリン酸を付加する活性を持つタンパク質。
※2 FilGAP:低分子量Gタンパク質Racの活性を制御することで細胞の運動を制御するタンパク質として知られる当研究室で単離されたタンパク質。
※3 細胞内シグナル伝達経路:細胞が外部からの様々な情報を、生体分子の化学反応に変換し、情報を伝達する方法。タンパク質のリン酸化は細胞内シグナル伝達の主要な手段として知られる。
■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学理学部生物科学科
講師 堤 弘次
TEL:042-778-9410
e-mail:k.tutumi@kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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