目的は「士気の向上」や「物価高対応」が各60%を超え、職種や階層を絞らず底上げ。シニア社員の処遇は改善基調、人事制度の基軸の「ヒト」から「ジョブ」への緩やかな転換も明らかに
デロイト トーマツ グループ(東京都千代田区、CEO:木村 研一)は、日本企業の役職・報酬体系に沿った形で、従業員の報酬水準、人事制度について調査を実施し、その結果を『人事制度・報酬調査2023』としてまとめました。調査は売上・従業員など規模別の報酬水準比較や、昇降格賃上げ動向、デジタル人材獲得のための制度課題、定年後再雇用の動向、従業員長期インセンティブの動向など多様なテーマを含んでおりますが、本発表では報酬水準、賃上げ動向について主要なトピックスをお知らせします。
なお、本調査は2022年度より開始した2回目の調査で、2023年7月~9月にかけて調査を実施し、国内資本の企業を中心に、2022年度の196社を上回る264社から回答を得ました。
【主な調査結果】
■8割以上の企業が賃上げを実施、対象は限定せず全体を底上げ
直近3年間において賃上げを実施した企業は80.3%で、2022年度の調査結果(65.3%)より15ポイント高い結果となった。賃上げ率は、初任給から本部長級までのいずれの階層においても、例年より「2~4%程度」高いとする回答が最も多い(40.8%~50.5%)。賃上げの目的については、6割の企業は「従業員のモチベーション向上」(62.7%)や「物価上昇への対応」(61.3%)と回答しており、「従業員の離職低減」(19.3%)や「外部からの人材獲得」(17.5%)を目的とする企業は約2割に留まる*1。97.2%の企業は賞与や手当等ではなく基本給を引き上げる形で賃上げを行っており、また対象を絞らず全従業員を賃上げ対象とする企業(今後実施する具体的な計画がある企業も含む)は80.1%に及ぶことから、内部公平性を確保し全体の底上げを図る賃上げが主だっていることがうかがえる。
*1 賃上げの目的は複数回答可、最大2つまで
■年間報酬水準は上昇傾向
全産業における、基本給・諸手当・賞与を含めた年間報酬額の中央値は、「部長級 / Senior Manager」で 1,131.2万円、「課長級 / Manager」は 916.9万円、「標準一般社員 / Middle Member」は479.8万円となった。2022年度と比較すると、管理職層*2 は3.7~5.5ポイント増、非管理職層*3 は3.3~6.3ポイント増、スペシャリストは1.2ポイント増と、シニアスペシャリストを除く全ての階層で年間報酬水準が高くなっている。(図2)
*2 管理職層=本部長級、部長級、課長級、課長代理・係長級
*3 非管理職層=上級一般社員・主任、標準一般社員、初級一般社員
■「ヒト」起点から「仕事」起点へと基軸の転換が緩やかに進む
人事制度を「改定した」または「改定予定あり」とする企業は、管理職層84.0%、スペシャリスト層83.6%、非管理職層85.9%と全ての階層において8割以上にのぼる。
その中で現行・改定前と改定後・改定予定の基軸を比較すると、現行・改定前は全ての階層において職能単体が3割以上と最も多く(管理職層30.0%、スペシャリスト層31.0%、非管理職層46.0%)、ついで職能×役割のハイブリッド型が続く形となっている(管理職層25.9%、スペシャリスト層25.1%、非管理職層20.2%)。一方で、改定後・改定予定の基軸は全ての階層において職能単体や職能×役割のハイブリッド型とする企業の割合が軒並み減っており、管理職層に至っては役割単体が25.8%と、「その他」を除くと最も多いという結果になった*4。(図3)
年功序列の撤廃や成果・貢献に見合った処遇の実現などを目指し、「ヒト」を起点とする職能基軸のマネジメントから、「仕事」を起点とする役割/ジョブ基軸のマネジメントへと転換する動きが、今後も緩やかに進んでいくことが推察される。
*4 処遇の基準は、職能基軸:職務遂行能力、役割基軸:期待役割、職務/ジョブ基軸:職務内容(仕事内容)
■シニアの処遇は改善基調。約半数が現役時の報酬の7割以上
定年年齢は2022年度に続き約8割の企業が60歳(2022年度:77.6%、2023年度:78.4%)、約2割の企業が65歳(2022年度:18.4%、2023年度:17.4%)としている。
なお、定年後の再雇用制度がある企業のうち、再雇用時の報酬水準を現役時に対して7割以上とする企業の割合は48.9%と2022年度(44.7%)よりも増加し、回答企業の半数に迫る結果となった。高年齢層の処遇を改善する動きがうかがえる。
■ESG関連評価を導入する企業は未だ少数派。評価方法は階層により異なる
ESG関連評価の導入状況は、部長級以下ではいずれの階層でも1割未満(部長級:8.5%、課長級:8.5%、スペシャリスト層:8.3%、非管理職層:7.3%)、本部長級でも13.8%に留まる。ただし、部長級以下では全ての階層において「行動・コンピテンシー評価」が過半数であるのに対し(部長級:50.0%、課長級:51.7%、スペシャリスト層:61.1%、非管理職層:62.5%)、本部長級は「成果評価」が61.9%となっており、評価方法に明確な違いがみられる。
■デジタル人材の採用・処遇は今も多くの企業が難航
参加企業全体の92.0%がデジタル人材を獲得/育成する必要性を感じている一方で、そのうち具体的なアクションは未だ取られていない企業が50.6%と過半数を占めた。デジタル人材マネジメントにおける問題意識としては、「報酬水準の自社水準とのアンマッチ」を挙げた企業が44.4%と最も多く、デジタル人材採用・処遇の習熟度の高低を問わず多く挙げられた。なお、次いで多く挙げられたのは「社内での育成対象者/候補者の少なさ」で34.6%となった。
【調査結果へのコメント】 デロイト トーマツ グループ パートナー 今野 靖秀
注目すべきは賃上げ、ジョブ型人事制度の動向、定年後再雇用の3点である。
最大の注目ポイントは賃上げである。昨今の物価上昇の圧力、政官民が一体となって賃上げを進めている結果が徐々に表れてきており、ベースアップが数十年も起こらなかった世界的にも類を見ない状態を脱したことは大変喜ばしいことである。この流れが今後も継続して、賃上げが実施されるかを注視する必要がある。一方でこの流れに乗らない企業は、もちろん報酬だけが全てではないが、今後採用競争力が落ちる可能性があり、報酬水準で他社に見劣りしていないか、仮に見劣りする場合には報酬水準の改善を行うか、その他の処遇の要素をうまくアピールするかの検討が必要となる。
次に、ジョブ型人事制度については一般的な用語として定着してきた感が強いが、人事制度改定後においても、職務/ジョブに変更したところは管理職で10.4%となっていて、決して高いとは言えない。ただ、自社の方向性に合う仕組みを選択することが重要で、ジョブ型人事制度を入れること自体が目的ではない点に留意が必要である。
最後に、定年後再雇用については、再雇用制度がある企業のうち、再雇用時の報酬水準を現役時に対して7割以上とする企業の割合は回答企業の半数に迫る結果となった。仕事の中身が変わらなければ本来的には報酬は維持されるべきであり、代替が効きにくい人材については同額で再雇用するケースも増えている。企業側が適切な条件を提示できない場合は別会社に転職するケースも出てきており、企業側も従業員側も選択する自由が高まってきている。
人的資本経営が経営アジェンダとして捉えられるようになり、各価値創造ストーリーにおいて、人材や組織が強く意識されるようになってきている。人事部門には、採用・育成・リテンションなどを通じて事業が望むような人材ポートフォリオに組み替え、人材のポテンシャルを引き出していくことがより一層求められている。自社の人的資本を最大化するための施策の検討・実行の際に、本サーベイがそのヒントとして活用いただければ幸いである。
【調査概要】
調査期間:2023年7月~9月
調査目的:魅力的な報酬水準・人事制度の設計に資する従業員報酬制度・人事制度の現状に関する分析データの提供
参加企業数: 264社(集計対象従業員総数 1,373,243名)
参加企業属性:製造業126社、非製造業138社/ 上場企業184社、非上場企業80社