麻布大学(学長:川上泰、本部:神奈川県相模原市)獣医学部動物応用科学科の水野谷航准教授、北里大学獣医学部動物資源科学科の小宮佑介准教授および九州大学、京都大学、弘前大学、東海大学による共同研究グループは、魚油に含まれる脂肪酸の一種であるエイコサペンタエン酸(EPA)がラット骨格筋において、脂質代謝に優れ、抗疲労性の遅筋タイプ(※1)の割合を増加させることを見出しました。また、そのメカニズムとして核内受容体PPARδ(※2)およびAMPK(※3)シグナリングの活性化が関与していることも明らかにしました。この研究成果により、健康科学分野やスポーツ科学分野に貢献することができると考えられます。なお、本研究成果はiScience誌(Cell Press)の電子版にオープンアクセスジャーナルとして日本時間2024年5月14日に先行掲載されました。
■研究のポイント
・エイコサペンタエン酸(EPA)は核内受容体PPARδの高いアゴニスト活性を有する
・EPA摂取はラット骨格筋の遅筋タイプ割合を増加させる
・EPA摂取は全身の酸化的代謝を促進し、筋機能を向上する
・EPAは筋細胞のPPARδおよびAMPK経路を活性化する
■研究の内容と成果
骨格筋を構成する細胞である筋線維は代謝や収縮特性の違いから遅筋タイプ(type1)、速筋タイプ(type2B)および中間タイプ(type2A, 2X)に分類されます。筋線維タイプごとに性質が異なり、遅筋タイプの筋線維は収縮速度が遅く、ミトコンドリアを豊富に含み、脂質酸化能力に優れ、疲労しにくい特徴を持っています。一方の速筋タイプの筋線維は収縮速度が速く、解糖系能力に優れ、疲労しやすいです。中間タイプは、おおよそ両者の中間的な性質を有しています。このような特徴の違いから、筋線維タイプ構成は代謝特性と密接に関連しており、遅筋線維の増加は抗疲労性かつ脂質を燃焼しやすい体質づくりに貢献できます。研究チームは以前、食餌性の魚油摂取がラットにおいて筋線維タイプを遅筋方向へ移行することを報告しました(Mizunoya et al., 2013, PLoS ONE)。しかし、その詳細なメカニズムは明らかになっていませんでした。そこで、本研究では魚油に含まれる特徴的な脂肪酸に着目し、ラットの骨格筋線維タイプ、骨格筋機能や全身代謝に対する作用やその機序を明らかにすることを目的としました。
まず、魚油に含まれる代表的なオメガ3脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を含む様々な脂肪酸を用いて、遅筋タイプ形成や骨格筋の脂質代謝に関連しているPPARδのアゴニスト活性を調べました。その結果、EPAに合成PPARδアゴニストに匹敵するほどの高いアゴニスト活性があることがわかりました。一方でDHAではこの活性は確認されませんでした。
そこでEPAに着目し、ラットにEPAを4週間投与しました。まずは呼気ガス計測装置を用いて全身代謝を測定したところ、EPA投与区で対照区と比較して酸素消費量が有意に増加しました。また、麻酔下での脛骨神経への電気刺激により発生する後肢ふくらはぎ筋の最大発揮張力を測定した結果、EPA投与区で有意に高い値を示し、筋持久力も有意に向上しました。すなわち、EPA投与はラットのエネルギー代謝を亢進し、筋機能も向上させることがわかりました。
次に、これらのEPAによる作用に筋線維タイプの変化が関与しているかを調べました。長趾伸筋からタンパク質およびtotal RNAを抽出し、遅筋タイプマーカーであるミオシン重鎖(MyHC)1の発現量を解析しました。その結果、EPA投与区でタンパク質、mRNAレベル両方で対照区と比較して、有意に発現量が増加しました。免疫組織化学染色で足底筋の筋線維タイプ組成を調べた結果、上記と同様にEPA投与区でMyHC1陽性筋線維の割合が有意に増加しました。
最後に、エイコサペンタエン酸が筋細胞で遺伝子や代謝物にどの様な影響を与えているかを確かめるために、EPA添加が培養筋管細胞における遺伝子および代謝物にどのような影響を与えるか網羅的解析(RNA-seqおよびメタボローム解析)を行いました。その結果、EPA添加は筋細胞のPPARδおよびAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)経路を活性化することが明らかになりました。これに加え、脂質をエネルギー源として有酸素系の代謝経路であるTCAサイクルを活発にすることも示唆されました。
以上より、研究チームは魚油に含まれるEPAの新規機能性として「骨格筋の遅筋線維割合を増加し、全身脂質代謝・筋機能を向上する」ことを明らかにしました。本研究の成果は、古くから知られていた魚油摂取が脂肪燃焼を促進する理由の一端を解明するとともに、魚油摂取が脂質燃焼作用の亢進や抗疲労性体質の獲得といった運動トレーニングと類似した効果を引き起こすことを明らかにしました。上記の成果は健康科学分野やスポーツ科学分野に貢献できると考えています。
■用語解説
(※1)遅筋タイプ
骨格筋を構成する細胞である筋線維は遅筋タイプ(抗疲労性、1型)あるいは速筋タイプ(易疲労性、2型)の2つに大別され、速筋タイプは 2A、2X、2Bに細分化される。筋線維タイプ組成(遅筋タイプと速筋タイプの比率)は骨格筋の収縮速度や疲労耐性などの収縮特性を決める重要な要素である。遅筋タイプ筋線維の増加はミトコンドリア量の増加、脂肪燃焼の促進、持久力向上などのメリットがある。
(※2)PPARδ
Peroxisome proliferator-activated receptor deltaの略称。全身のあらゆる組織に発現している核内受容体であり、脂肪酸を内在性のリガンドとする。骨格筋では脂質代謝を制御する鍵因子である。
(※3)AMPK
AMP-activated protein kinaseの略称。細胞内のAMP/ATPとADP/ATPの比率をモニターするエネルギーセンサーとして知られている。
〈参考情報〉
●麻布大学について
2025年に学園創立135周年を迎える麻布大学は、動物学分野の研究に重点を置く私立大学として、トップクラスの実績を基盤に新たな人材育成に積極的に取り組んでいる。獣医学部(獣医学科、獣医保健看護学科、動物応用科学科)と生命・環境科学部(臨床検査技術学科、食品生命科学科、環境科学科)の2学部6学科と大学院(獣医学研究科と環境保健学研究科)の教育体制のもと、多くの学部生、大学院生が学んでいる。
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