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ポイント
・TGF-βシグナル阻害が血管内皮細胞の接着分子CD44を減少させ、がん細胞の生着・転移を阻害することを見つけました。
・がん細胞そのものを標的とするのではなく、転移の過程で重要な血管内皮細胞をターゲットにした治療戦略を提案するものです。
・TGF-β/CD44の抑制により、がんの血行性転移を効果的に防ぐ予防・治療法の開発が期待されます。
■概要
東京薬科大学生命科学部 幹細胞制御学研究室の花田賀子(大学院博士課程3年・日本学術振興会特別研究員DC2)と伊東史子准教授、昭和薬科大学の研究グループが、がん細胞の転移を抑える新しい方法を発見しました。
研究では、体内の健康を保つ重要なシグナルであるTGF-β(トランスフォーミング増殖因子β)*①を、血管内皮細胞*②で阻害しました。その結果、がん細胞が血管内に定着するために必要な接着分子「CD44*③」の発現が減少し、肺へのがん転移を大幅に抑えることに成功しました。通常、TGF-βは傷ついた組織を修復したり細胞の増殖をコントロールしたりする役割を持っています。しかし、がん細胞はこのシグナルを悪用し、転移や浸潤を助ける仕組みを持っています。そのため、TGF-βを標的とする研究が多く進められていますが、本研究ではがん細胞そのものではなく、「転移経路・血管」に着目しました。これにより、がん細胞が転移先の血管に定着しにくくなることを証明しました。
がん転移は治療が非常に難しい課題のひとつです。本研究は、がん細胞そのものを攻撃するのではなく、転移先の血管環境を制御するというユニークなアプローチで、がん治療の新たな未来を切り開く可能性を示しています。
■詳細
背景
がん治療において「転移」は難しい課題の一つであり、患者の生命予後を大きく左右する大きな課題です。特に、がん細胞が血液の流れに乗って別の臓器へ広がる「血行性転移」*④は多くのがん患者にとって深刻な問題となっています。この転移の過程では、がん細胞が転移先臓器に到達すると血管内皮細胞に接着し、その場所で増殖して転移巣を形成します。
今回注目したのは、TGF-βというタンパク質です。TGF-βはがん細胞が自ら産生し、その悪性化を促進することが知られています。しかし、転移経路となる血管に対する役割については、これまで明らかにされていませんでした。
研究内容と成果
今回、研究グループは、血管内皮細胞のTGF-βシグナルを遮断する遺伝子改変マウスを用いて、がんの成長や転移にどのような影響があるかを調べました。
主な発見
1. がんの成長には影響なし
血管内皮細胞のTGF-βシグナルを遮断しても、がんの成長そのものには影響を与えませんでした。
2. 新しく作られた血管が脆弱化
血管のTGF-βシグナルを遮断すると、腫瘍が作る血管が「漏れやすい脆弱な血管」となり、出血が多く発生しました。
3. 血液中のがん細胞は増加
漏れやすい血管のため、がん細胞が血液中に流入する頻度が高まり、循環腫瘍細胞(CTC)が増加しました。
4. 肺への転移が劇的に低下
血液中のがん細胞が増えたにもかかわらず、肺への転移は大幅に減少しました(図1)。この意外な結果の原因を探ったところ、血管内皮細胞におけるTGF-βが接着分子「CD44」の発現を誘導していることを発見しました(図2)。
CD44の新たな役割
・がん細胞はCD44を発現しており、がんの転移を助けることが知られていました。
・本研究では、血管内皮細胞のCD44が、がん細胞が転移先の血管に定着するための「足場」として機能していることが明らかになりました。
結論
がん細胞が転移臓器の血管内皮細胞に接着する最初のステップを妨げることで、がん転移を劇的に抑制できる可能性が示されました(図3)。今回の成果は、がん転移という難しい課題に対する新たな治療戦略を提案するものです。
今後の展望
従来の治療法では、がん細胞そのものを標的にすることが主流でしたが、本研究では、がん細胞を受け入れる「転移先の臓器環境」に注目しています。がん細胞ではなく、転移先の血管に存在するTGF-βシグナルやCD44を標的とすることで、転移そのものを効果的に抑制できる可能性が示されました。このメカニズムは肺以外の臓器への転移にも応用できる可能性があります。将来的には、転移性がん患者に対する革新的な治療法の基盤となり、より多くの患者の生命予後を改善するだけでなく転移予防薬として応用されることが期待されます。今後、臨床応用を目指したさらなる研究が求められています。
■発表雑誌
雑誌名:iScience
論文名:Reduced lung metastasis in endothelial cell-specific TGF-β type II receptor-deficient mice with decreased CD44 expression
DOI: 10.1016/j.isci.2024.111502
掲載日:日本時間/標準時間 11月29日
■用語解説
① TGF-β
TGF-β(Transforming Growth Factor-beta)は、細胞の増殖や分化、免疫応答、組織修復などさまざまな生物学的プロセスを調節するサイトカイン(細胞間の情報伝達物質)の一種です。TGF-βはがんにおいて二面的な役割を持ち、がんの初期段階では細胞増殖を抑制し腫瘍の進行を防ぎますが、進行がんでは逆に腫瘍の浸潤・転移を促進するなど、悪性化因子として働きます。
② 血管内皮細胞(Endothelial Cells)
血管の内側を覆う細胞で、血管の構造を維持し、血液の流れを調節したり、血液を凝固させない役割を担っています。また、がん細胞が血管に侵入したり接着したりする際の重要な足場となります。
③ CD44
CD44は細胞表面に存在する接着分子(糖タンパク質)の一種で、主にヒアルロン酸などの細胞外マトリックス分子と結合する役割を果たします。CD44は、細胞の接着、移動、増殖、シグナル伝達などに関与し、免疫系や炎症反応においても重要な働きを担っています。
④ 血行性転移
がん細胞が血液の流れに乗って原発巣から他の臓器に運ばれ、そこに新たな腫瘍を形成する現象。このプロセスでは、原発巣を離脱したがん細胞が血管内に侵入し、転移先の臓器の血管内皮細胞に接着して定着することが重要なステップとなります。
⑤ がんとCD44の関係
CD44は、がん幹細胞のマーカーとして広く知られています。CD44の発現が高いがん細胞は、より強い転移能力を持ち、遠隔臓器への生着や腫瘍形成の能力が高いことが報告されています。さらにがん細胞が発現するCD44は血管内皮細胞や周囲の組織に接着する際にも重要で、がんの血行性転移に関与しています。
■注意事項
日本時間月日時(国際標準時月日時)以前の公表は禁じられています。
(新聞掲載は、日朝刊以降、解禁となります。)
■発表者
東京薬科大学 生命科学部 幹細胞制御学研究室 准教授 伊東史子
E-Mail: fitoh@toyaku.ac.jp
TEL:042-676-5184
▼本件に関する問い合わせ先
入試・広報センター
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:042-676-4921
FAX:042-676-8961
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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