胎仔の腎臓を移植した成体のラットの1ヶ月間の生命維持に成功

学校法人慈恵大学

~胎仔腎臓の移植用臓器としての有用性を証明~

東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科の横尾隆教授、山中修一郎助教、木下善隆研究員らの研究グループは、東京慈恵会医科大学腎臓再生医学講座の小林英司教授、香川大学医学部形態・機能医学講座薬理学の西山成教授、北田研人助教らの研究グループと共同で、胎仔膀胱の癒合とホスト尿管への複数吻合を組み合わせた新規手術手法を開発し、ラットの胎仔腎臓の大量移植(20個)によって、腎臓のないラットの長期生命維持(1か月)に成功しました。

末期腎不全患者の治療のための移植用腎臓が不足しているため、ブタなどの動物をドナーとする異種腎臓移植が注目されています。拒絶反応を受けにくくするためには胎仔の腎臓を移植に使用することが有効ですが、胎仔腎臓はサイズが小さいためレシピエントの体内で生命維持に必要な機能を十分発揮できるかは明らかにされていませんでした。今回の研究は、新たな手術手法により胎仔腎臓を大量に移植することを可能にし、胎仔腎臓の機能によってラットを長期間生存させられることを世界で初めて証明しました。

研究概要・成果
①    胎仔膀胱の組織が癒合する性質を利用した新しい手術方法を開発し、飛躍的に増加した数の胎仔腎臓の移植と尿の排泄経路の確立に成功しました。
②    移植する胎仔腎臓を増やすことでラットの生存率は上昇し、20個まで増やすことで本来の腎臓を摘出したラットが1ヶ月を超えて生存できることを確認しました。
③    移植された胎仔腎臓はサイズが小さい事以外は、成熟ラットの腎臓と同等レベルにまで成熟し、体内環境を安定に保つという生命維持に必要な機能を十分に果たすことが確認できました。

今後の取り組み
胎仔腎臓をより大きく機能的に成長させ、生命維持に必要な胎仔腎臓の数を減らすための研究を行う予定です。また、ブタ胎仔腎臓を先天的に腎臓が形成されない胎児患者への治療に用いるための研究、ブタ胎仔腎臓を「足場」としてヒト細胞由来の腎臓を再生するための研究を進めていく予定です。

本研究の成果はKidney International誌に掲載されました。(電子版の公開は2025年3月21日)

本研究は、AMEDの再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(非臨床 PoC 取得研究課題)「段階的胎生臓器補完による網羅的慢性腎不全の抜本的治療法の開発」(課題番号JP24bm1223003)の支援を受けて行われました。


研究グループ
・東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科            教授    横尾隆、助教    山中修一郎、研究員    木下善隆
・東京慈恵会医科大学腎臓再生医学講座         教授    小林英司
・香川大学医学部形態・機能医学講座薬理学         教授    西山成、助教    北田研人
・シンシナティ小児病院オルガノイド医療研究センター     教授    武部貴則、研究員    岩澤堅太郎
・東京大学泌尿器科                     教授    久米春喜
  

【報道機関からのお問い合わせ窓口】
学校法人慈恵大学  経営企画部 広報課
電話 03-5400-1280 e-mail koho@jikei.ac.jp

香川大学医学部 総務課 広報法規・国際係
電話 087-891-2008 e-mail kouhou-m@kagawa-u.ac.jp


研究の詳細
1.    背景
日本国内だけでも30万人を超える末期腎不全患者が透析療法を受けていますが、腎臓移植を受けることのできる患者は年間2000人にも満たず、移植用腎臓の不足が深刻な問題になっています。このような現状から、慈恵医大腎臓再生グループでは、胎仔の腎臓を移植用臓器、あるいはiPS細胞(※2)を用いた再生腎臓の「足場」にするための研究に取り組んできました。胎仔腎臓はレシピエント動物の体内に血管吻合なしで移植することで、周囲からの血管を引き込み成長・成熟し、尿を産生することが知られています。しかし、移植後の胎仔腎臓は本来の腎臓のサイズより小さいサイズで成長が止まってしまうためか、体内の恒常性を保ち生命を維持するという機能を十分に発揮することができるのかは明らかになっていませんでした。

2.    手法
ラットの胎仔から胎仔腎臓と胎仔膀胱を一塊に摘出し、膀胱部分を切断しマイクロサージェリー技術(※3)を用いて吻合しました。このように作成した複合体を複数個移植し、3週間後に尿の貯留した癒合膀胱をすべてレシピエントの尿管に吻合することで、大量の後腎からの尿排泄経路を確立しました。さらに数週間待った後にレシピエント本来の腎臓を摘出し、胎仔腎臓の機能によってどれくらいの期間生存できるのかを解析しました。
胎仔腎臓の成熟度の確認には、シングルセルRNAシークエンス技術(※4)や、組織透明化技術(※5)、電子顕微鏡での観察などを用いました。

3.    成果
吻合された2つの胎仔膀胱は移植後に癒合して成長し、4つの胎仔腎臓からの尿を1つの癒合膀胱に集合させることに成功しました。さらにこの癒合膀胱をレシピエントの尿管に複数接続することで、大量の胎仔腎臓の移植と尿の排泄経路の確立に成功しました。本技術を用いて移植個数を増やすことで、20個の胎仔腎臓を移植した無腎ラットが1ヶ月生存できることを確認しました。20個の胎仔腎臓から約50,000個の糸球体(※6)がレシピエントラットの体内に新生され、腎臓の働きの約15%を回復させることができました。これにより、体内の酸とアルカリのバランス、塩分のバランス、ホルモンの分泌などの重要な機能も維持されました。
移植された胎仔腎臓を詳しく調べると、細胞の遺伝子発現や糸球体、尿細管(※7)などの構造が成体腎臓とほぼ同じレベルまで成熟していることがわかりました。ただし、尿を濃縮する能力が低いこともわかりました。これはそれぞれの胎仔腎臓が小さいために、尿を濃縮する働きをするヘンレのループ(※8)と呼ばれる尿細管の構造が短いためでした。

4.    今後の応用、展開
今回の成果により、胎仔腎臓は適切な量があれば十分な機能を果たすことができることがわかりましたが、実際にブタの胎仔腎臓を腎不全患者の治療に用いるためには、さまざまな研究が今後も必要です。
まず、治療効果を得るのに必要な胎仔腎臓の数を減らすために、個々の胎仔腎臓がより大きく機能的に成長する方法の開発を進めています。これには、腎臓を作る元になる前駆細胞がより長く増殖を続けるメカニズムの解明や、胎仔腎臓に侵入する血管を太くする方法を解明することが重要だと考えられます。
また、今回はラットからラットへの移植でしたが、異種移植を行ったときに免疫反応を制御し十分な機能を引き出す、という点も研究が必要です。特に、先天的に腎臓が形成されない胎児患者に対する治療法として、子宮内の胎児へのブタ胎仔腎臓移植の可能性を検討しています。
さらに、再生医療技術との融合も重要な研究テーマです。ブタ胎仔腎臓をヒトiPS細胞由来の腎前駆細胞を注入する「足場」として利用することで、ヒト化腎臓の開発を目指しています。これにより、患者自身の細胞から作った腎臓組織を持つ移植用腎臓が作製できれば、拒絶反応のリスクを大幅に低減できる可能性があります。
これらの研究を通じて、将来的には末期腎不全患者に対する新しい治療選択肢の提供を目指していきます。

5.    脚注、用語説明
※1 胎仔腎臓(後腎): 哺乳類の胎仔期に発達する永久腎臓の原基。この段階ではまだ機能していないが、発生の過程で、あるいは適切な環境に移植すると成熟して尿を作るようになる。

※2  iPS細胞(人工多能性幹細胞): 皮膚や血液などの通常の細胞に特定の因子を導入することで作られる多能性幹細胞。あらゆる種類の細胞や組織に分化する能力を持ち、患者自身の細胞から作ることができるため、拒絶反応の少ない再生医療への応用が期待されている。

※3 マイクロサージェリー: 顕微鏡を使った極めて繊細な手術技術。本研究では胎仔膀胱の切断・吻合やレシピエント尿管への吻合に不可欠だった。

※4 シングルセルRNAシークエンス: 一つ一つの細胞がどのような遺伝子を発現しているかを調べる技術。細胞の種類や成熟度を詳しく分析できる。

※5 組織透明化技術: 臓器や組織を透明にして、中の構造を立体的に観察する技術。今回の研究では移植した胎仔腎臓内の血管ネットワークや糸球体の数を確認するのに用いられた。

※6 糸球体: 腎臓内で血液をろ過する毛細血管の塊。腎臓の基本的な機能単位であるネフロンの一部を構成し、その数は腎機能の指標となる。

※7 尿細管:糸球体でろ過された原尿を選択的に再吸収・分泌することで最終的な尿を生成する管状構造。様々な部位(近位尿細管、ヘンレのループ、遠位尿細管など)から構成されており、それぞれ特有の機能を持つ。

※8 ヘンレのループ: 腎臓の中心部(髄質)にある尿細管の一部。尿を濃縮する機能に重要な役割を果たし、その長さが尿濃縮能力に影響する。
 

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