【横浜市立大学】ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌におけるTP53変異は幅広い年齢層で治療継続期間短縮と関連
~全国がんゲノム医療データベースを用いたリアルワールド解析~
横浜市立大学附属病院 乳腺外科の押正徳助教らの研究グループは、がんゲノム情報管理センター(C-CAT)*1のリアルワールドデータ*2を用いた解析により、ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌*3においてTP53*4変異を有する患者ではCDK4/6阻害薬*5の治療継続期間*6が短いことを示し、年齢層別解析を通じてその臨床的意義を評価しました。本研究成果は、「Breast Cancer Research誌」にオンライン公開されました(2026年5月22日)。
研究成果のポイント
- 全国がんゲノム医療データベースを用い、TP53変異の臨床的意義を解析
- TP53変異を有する患者ではCDK4/6阻害薬の治療継続期間が有意に短縮
- 年齢層別解析も行い、乳癌の個別化医療*7に向けた新たな実臨床エビデンスを提示
ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌は、乳癌の中でも最も多いサブタイプであり、近年はCDK4/6阻害薬の登場によって治療成績が大きく改善しています。一方で、同じ治療を受けても効果の持続期間には個人差があり、治療効果を予測する指標の確立が求められています。
TP53は細胞増殖やDNA修復を制御する代表的ながん抑制遺伝子であり、乳癌において高頻度に変異が認められます。これまでの基礎研究や海外の臨床研究では、TP53変異が予後不良やCDK4/6阻害薬に対する治療抵抗性と関連する可能性が報告されていました[1]。しかし、その多くは実験モデルや限られた患者集団を対象とした研究であり、特に国内での実際の診療現場において、TP53変異が治療経過とどのように関連するかについては十分な検証が行われていませんでした。
また、ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌は年齢やホルモン環境が腫瘍の生物学的特徴や治療反応に影響することが知られています。特に若年乳癌は他年齢層の乳癌とは異なる特徴を有することを我々は報告してきました[2]。しかし、TP53変異と治療経過との関連が、年齢層によってどのように異なるかについては明らかになっていませんでした。
研究内容
本研究では、国際乳癌データベースMETABRICおよび、日本全国のがんゲノム医療情報を集約したがんゲノム情報管理センター(C-CAT)のリアルワールドデータを活用し、ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌におけるTP53変異と薬物療法の治療継続期間との関連を解析しました。まず、METABRICデータベースに登録された1,355例の乳癌症例を解析し、TP53変異を有する腫瘍の特徴を調査しました。その結果、TP53変異を有する腫瘍では予後が不良であり、細胞増殖や免疫応答に関連する遺伝子群の活性化が認められました。一方、TP53変異を有しない腫瘍ではエストロゲン応答に関連する遺伝子群の活性化が認められました。次に、C-CATに登録された転移性のホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌1,668例を対象に、TP53変異と治療継続期間との関連を解析しました。その結果、TP53変異を有する患者では、CDK4/6阻害薬の治療継続期間が有意に短いことが明らかになりました(図1)。一方、免疫チェックポイント阻害薬ではTP53変異の有無による治療継続期間の差は認められませんでした。
さらに、AYA世代*8(15-39歳)、閉経前世代(40-54歳)、閉経後世代(55-64歳)、高齢世代(65歳以上)に分けた年齢層別解析を行い、実臨床におけるTP53変異の臨床的意義を検証しました。その結果、AYA世代ではTP53変異頻度が最も高いことが明らかとなりました(図2)。また、閉経前、閉経後および高齢世代では、TP53変異を有する患者でCDK4/6阻害薬の治療継続期間が短い傾向が認められました。
これらの結果から、TP53変異はホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌におけるCDK4/6阻害薬の治療継続期間と関連すること、またその臨床的意義を幅広い年齢層において評価できたことが示されました。
今後の展開
本研究により、ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌において、TP53変異がCDK4/6阻害薬の治療継続期間短縮と関連することが、日本全国のがんゲノム医療データベースを用いたリアルワールドデータ解析によって示されました。今回の成果は、実臨床におけるTP53変異の臨床的意義を支持するものであり、がんゲノム情報を活用した個別化医療の発展に寄与することが期待されます。今後は前向き臨床研究や基礎研究を通じて、TP53変異と治療抵抗性との関連や、その分子メカニズムをさらに明らかにする必要があります。また、本研究ではAYA世代でTP53変異の頻度が高いことが示されました。AYA世代の乳癌は、他の年齢患者の乳癌とは異なる生物学的特徴を有することが知られていますが、本研究では症例数の制約もあり、TP53変異と治療期間との関連について明確な結論を得るには至りませんでした。今後はAYA世代を対象とした更なる解析を進めることで、若年乳癌特有の腫瘍生物学や治療反応性の理解が深まり、より適切な治療戦略の開発につながることが期待されます。本研究成果は、リアルワールドデータを活用した国内におけるがんゲノム医療研究の重要性を示すとともに、乳癌患者一人ひとりに最適な治療を提供するための基盤的知見として、今後の乳癌診療の発展に貢献することが期待されます。
研究費
本研究は、JSPS科研費(23K14600, 21K15535)、NIH(National Institutes of Health:R37CA248018, R01CA250412, R01CA251545, R01EB029596)等の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:TP53 mutation is associated with shorter treatment duration with CDK4/6 inhibitors, but not with immune checkpoint inhibitors, in ER-positive/HER2-negative breast cancer: real-world perspective
著者:Masanori Oshi, Makoto Sugimori, Kei Kawashima, Shipra Gandhi, Akimitsu Yamada, Kazutaka Narui, Takashi Ishikawa, Itaru Endo, Kazuaki Takabe.
掲載雑誌:Breast Cancer Research
DOI:https://doi.org/10.1186/s13058-026-02305-9
用語説明
*1 C-CAT(がんゲノム情報管理センター):全国のがんゲノム医療で得られた遺伝子情報と診療情報を集約・管理する日本のデータベース。がんゲノム医療の推進と研究活用を目的として運用されている。
*2 リアルワールドデータ:日常診療の中で得られる診療情報や検査結果などの医療データ。臨床試験では把握しにくい実際の診療状況を評価することができる。
*3 ホルモン受容体陽性HER2陰性:乳癌の中で最も頻度の高いタイプ。女性ホルモンの影響を受けて増殖する一方、HER2タンパク質の過剰発現を認めない乳癌。
*4 TP53変異:細胞の異常増殖を抑える働きを持つTP53遺伝子に生じた異常。さまざまな癌で認められ、がんの進行や治療反応との関連が知られている。
*5 CDK4/6阻害薬:がん細胞の増殖にかかわるCDK4およびCDK6というタンパク質の働きを抑える分子標的薬。ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌の標準治療の一つとして用いられている。
*6 治療継続期間:薬剤の投与開始から投与終了までの期間。本研究では実臨床における治療効果を反映する指標として用いた。
*7 個別化医療:患者ごとの遺伝子異常や病態に応じて、最適な治療法を選択する医療。
*8 AYA世代(Adolescent and Young Adult):15-39歳の思春期・若年成人世代。乳癌を含むさまざまながんにおいて、高齢患者とは異なる生物学的特徴や治療上の課題を有することが知られている。
参考文献など
[1] Kudo R et al., Long-term breast cancer response to CDK4/6 inhibition defined by TP53-mediated geroconversion. Cancer Cell, 2024.
[2] Oshi M et al., Breast cancer in adolescents and young adults has a specific biology and poor patient outcome compared with older patients. ESMO Open, 2024.
