【東京薬科大学】シアノバクテリアにおける新規脂質合成系遺伝子とそのペリクルバイオフィルム形成への貢献を明らかにしました。~光合成微生物を利用した有用物質生産の経済化やアオコの発生抑制方法の開発に期待~

東京薬科大学

この度、東京薬科大学 生命科学部 環境応用植物学研究室 佐藤典裕准教授らの研究グループは、静置培養したシアノバクテリアでは塩ストレス下、細胞が浮上し、水面でバイオフィルム(ペリクルバイオフィルム)を形成すること、そしてその形成に新規脂質合成系遺伝子が必須であることを明らかにしました。これらの結果は、光合成微生物を利用した有用物質生産の経済化やアオコの発生抑制法の開発へとその応用が期待されます。この成果は、2023年4月26日、Frontiers in Plant Science誌に、次いで2023年4月30日、Microorganisms誌に掲載されました。 【ポイント】 ■ シノアバクテリアは静置培養時、塩ストレス下で浮上し、盛んに生育することで水面にバイオフィルム(ペリクルバイオフィルム)を形成する、新しいタイプの塩ストレス順化応答を示すことが明らかになりました。 ■ ペリクルバイオフィルムの形成には、光合成電子伝達因子のプラストキノン類に脂肪酸を結合させ、アシルプラストキノン類を合成する、新規のアシル基転移酵素遺伝子が必須であることが示されました。 ■ 光合成微生物による有用物質生産には費用対効果の改善が必要です。ペリクルバイオフィルム形成や必要遺伝子を示した本研究の成果は、細胞回収の経費削減、つまり有用物質生産の経済化への応用が期待されます。 ■ 湖の水面に有害なアオコを形成するシアノバクテリアには、アシルプラストキノン類の合成酵素遺伝子ホモログが存在しました。本研究の成果はアオコ発生の機構解明やその抑制法の開発につながると期待されます。 【概要】 シアノバクテリアは進化学的に葉緑体の祖先とされ、葉緑体をもつ植物細胞と共通の生理機能が多く認められます。植物は主な中性脂質としてトリアシルグリセロール (TG)を含み、それは産業的に食用油、あるいはバイオ燃料生産の原料として利用されます。シアノバクテリアの一部の種では、薄層クロマトグラフィーの移動度を指標にしてTGの存在が報告されてきました。しかし、その化学構造は決定されておらず、加えて、その合成酵素遺伝子も未同定でした。 本研究では、シアノバクテリアの一種、淡水性のSynechocystis sp. PCC 6803がもつ、このTG様脂質について、その化学構造を液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS、-MS2)やガストマトグラフィーの手法を用い解析しました。その結果、当該中性脂質がTGではなく、光合成の電子伝達系因子であるプラストキノン類に脂肪酸がエステル結合した、アシルプラストキノン類の2種であることが示されました(図1)。合わせて、アシル基転移酵素モチーフを示す、Synechocystisの遺伝子slr2103が、これら2種類のアシルプラストキノン類を合成する、新規の二機能性酵素をコードすることが見出されました(図2)。興味深いことに、slr2103ホモログは、これまでにゲノム解析された300種以上のシアノバクテリアのうち、およそ1/3の種にのみ存在し、そこには淡水性や沿岸性のシアノバクテリアが入っていましたが、海洋性のシアノバクテリアは含まれていませんでした。したがって、slr2103ホモログは高塩濃度等、海洋の安定した生息環境下に適応したシアノバクテリアには必要とされない遺伝子である可能性が考えられました。 Synechocystisの野生株を静置培養時、塩ストレス下に置くと、細胞が培養液水面で凝集し、さらにそこで盛んに生育し、これにより水面の薄膜、つまりペリクルバイオフィルムが形成されました(図3)。これは今まで報告例のない、新しいタイプの塩ストレス順化応答でした。しかし、slr2103欠損株ではそのような塩ストレス順応が不能で、培養液中に沈んだまま、細胞生育が抑制されました(図3)。このことから、アシルプラストキノン類の合成系がSynechocystisの塩ストレス順応に必須であることが示されました[以上、発表論文1]。沿岸性のシアノバクテリア、Synechococcus sp. PCC 7002でもSynechocystisと同様に2種類のアシルプラストキノン類が見出され、かつ、その合成遺伝子が二機能性酵素をコードし、また塩ストレス順応に貢献することが示されました[発表論文2]。 光合成微生物はバイオマス生産性が高く、その有用物質生産への利用が期待されます。しかし、その産業化には費用対効果の改善が、特に細胞を遠心で回収する際に消費する莫大な電力量の低減が必要です。ペリクルバイオフィルムが形成されれば、培養液の液面周辺のみを用いて細胞を遠心・回収でき、これにより消費電力を削減できます。本研究の成果は、光合成微生物を利用した有用物質生産の経済化へつながると期待されます。 一方、ある種のシアノバクテリアは有害なブルーム、アオコを湖等の水面に形成し、人の健康や生態系に危害を加えます。これらのシアノバクテリアはいずれもslr2103ホモログを持つことが認められました。本研究の成果は、アオコの発生機構を脂質代謝という、これまでにない視点から研究する必要性を訴えると同時に、その発生の抑制方法を開発する基盤になると考えています。 【発表論文】 1. Kondo, M., Aoki, M., Hirai, K., Sagami, T., Ito, R., Tsuzuki, M., Sato*, N. slr2103, a homolog of type-2 diacylglycerol acyltransferase genes, for plastoquinone-related neutral lipid synthesis and NaCl-stress acclimatization in a cyanobacterium, Synechocystis sp. PCC 6803. Front. Plant Sci. 14, 1181180, 2023. doi: 10.3389/fpls.2023.1181180. 2. Kondo, M., Aoki, M., Hirai, K., Ito, R., Tsuzuki, M., Sato, N*. Plastoquinone lipids: their synthesis via a bifunctional gene and physiological function in a euryhaline cyanobacterium, Synechococcus sp. PCC 7002. Microorganisms. 11, 11772023, 2023. doi.org/10.3390/microorganisms11051177. (*は責任著者) 【図解説】 図1 Synechocystisのアシルプラストキノン類:化学構造とLC-MS2スペクトル  (A)アシルプラストキノール(APQ)はプラストキノールの2つのヒドロキシ基の片方に脂肪酸がエステル結合している。(B)プラストキノンB(PQ-B)はプラストキノンのイソプレノイド鎖にヒドロキシ基が入ったプラストキノンCに脂肪酸がエステル結合している。 図2 アシルプラストキノン類の合成酵素遺伝子slr2103 (A)Synechocystis野生株(青)あるいはslr2103欠損株(赤)のアシルプラストキノン類のLC-MSスペクトル。野生株ではアシルプラストキノールとプラストキノンBのシグナルが認められるが、slr2103欠損株では全て欠失した。(B)アシルプラストキノン類をもたない淡水性のシアノバクテリア、Synechococcus sp. PCC 7942野生株に空ベクターを導入したコントロール株(青)あるいは同野生株にslr2103遺伝子を導入した株(赤)のアシルプラストキノン類のLC-MSスペクトル。遺伝子導入株では、新規脂質としてアシルプラストキノールとプラストキノンBのシグナルが出現した。(C)slr2103がコードするタンパク質は、光合成電子伝達系においてプラストキノンが還元され生成するプラストキノールを基質として、そこにパルミチン酸(16:0)あるいはステアリン酸(18:0)を転移する(図1参照)。加えて、同タンパク質は活性酸素の一種、一重項酸素(1O2)の作用によりプラストキノンから生成するPQ-Cを基質として、そこにパルミチン酸(16:0)あるいはステアリン酸(18:0)を転移する(図1参照)。つまり、slr2103は構造の異なる二種のプラストキノン類、プラストキノールとPQ-Cをアシル基受容基質とする、二機能性のアシル基転移酵素をコードする。 図3 塩ストレス適応におけるslr2103の必須性  (A)静置培養の写真。 Synechocystis野生株(WT)は0.3Mあるいは0.6M NaCl添加条件下、緑色のペリクルバイオフィルムを培養液面に形成するが、slr2103欠損株(Δslr2103)はペリクルバイオフィルムを形成しなかった。(B)(A)の静置培養での細胞の空間的分布。WTでは0.3Mあるいは0.6MNaCl添加条件下、培養液中、6割以上の細胞がペリクルに含まれたが、Δslr2103ではペリクル細胞は皆無で、全細胞が沈殿したままであった。 【用語解説】 シアノバクテリア:葉緑体の祖先とされる、酸素発生型の光合成を行う原核生物。二機能性酵素:2種類の触媒活性を有する酵素。ペリクルバイオフィルム:微生物が培養液等の水面に形成する細胞の集合体。 【取材に関するお問い合わせ先】 東京薬科大学 総務部広報課 TEL:042-676-6711 mail:kouhouka@toyaku.ac.jp 【研究に関するお問い合わせ先】 東京薬科大学 生命科学部環境応用植物学研究室 准教授 佐藤典裕 TEL:042-676-6721 mail:nsato@toyaku.ac.jp ▼本件に関する問い合わせ先 総務部 広報課 住所:東京都八王子市堀之内1432-1 TEL:0426766711 FAX:042-676-1633 メール:kouhouka@toyaku.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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