6Gにおけるサブテラヘルツ帯の超高速無線を実現する小型無線デバイス ~InP集積IC技術により300GHz帯において世界最高の160Gbpsデータ伝送に成功~

日本電信電話株式会社

発表のポイント:
  • 将来の無線通信への応用が期待される300GHz帯において、高速トランジスタであるInP-HEMT※1と独自の高周波アナログ回路設計技術を用いた小型無線フロントエンド※2(FE)を実現
  • 300GHz帯の半導体電子回路を用いたFEにおいて世界最高となる160Gbpsのデータ伝送に成功
  • 第6世代移動通信システム(6G)で提唱されているさまざまなユースケースを支える超高速無線通信への応用に期待
 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、将来の超高速無線通信への応用が期待される300GHz帯において、無線通信を行うためのハードウェアである小型無線フロントエンドを実現しました。フロントエンド(FE)の小型化と広帯域化(データレート向上)のために、FEを構成する要素回路のワンチップ集積化に挑戦し、課題となる局部発振(LO)信号漏洩(LOリーク※3)を除去するためのFE回路構成を提案しました。本FE回路を、NTT内製の半導体技術であるInP-HEMT※1高速トランジスタ技術を用いて製作し、従来のFE(参考文献1)と比較して動作帯域が大幅に広い小型無線FEを実現しました。小型無線FEを用いてデータ伝送実験を行い、300GHz帯において世界最高となる160Gbpsのデータレートを達成しました。
 本研究成果は、2024年10月28日(米国東部夏時間)に国際会議「IEEE BiCMOS and Compound Semiconductor Integrated Circuits and Technology Symposium 2024」にて発表されます。
 また、本研究成果の一部は、2024年11月25日~29日に開催されるNTT R&D FORUM 2024 ―IOWN INTEGRAL(※)に展示予定です。

1.研究背景
 6G(参考文献2)においては、没入型通信(Immersive Communication)や遠隔医療、自動運転など、様々なユースケースが提唱されています。このようなユースケースを支えるために必要となる100Gbpsを超えるような超高速無線通信の実現に向けて、広い帯域が利用可能なサブテラヘルツ帯(100GHz~300GHzの周波数帯)の通信応用が期待されています。通信応用のためには、サブテラヘルツ帯において、電波の送受信に必要な機能(増幅や周波数変換など)を備えたハードウェアである無線FEを実現する必要があります。NTTは、300GHz帯において、超高速無線通信が可能なFEの研究開発に取り組み、FE要素部品の集積化により小型で超高速通信が可能なFEを実現し、300GHz帯にて世界最高のデータレート160 Gbpsを達成しました(図1)。
 
図1:本成果の位置づけ
 
RF(Radio Frequency)周波数は、無線通信で使用する帯域の中心周波数を指します。また、凡例のCMOS, SiGe, InP は、それぞれ、FEに用いているテクノロジを指します。CMOS(Complementary Metal-Oxide Semiconductor)は半導体シリコン(Si)を用いた電界効果トランジスタ技術、SiGe は、半導体シリコンゲルマニウムを用いたバイポーラトランジスタ技術となります。

2.研究内容
 FE には、無線信号の送信を行うTransmitter (TX)と、受信を行うReceiver(RX)があります(図2)。
FE は、ベースバンド/IF 部で生成したデータ信号を300GHz 帯のRF 信号に周波数変換する機能を
持つアナログ回路で構成されます。TX は、周波数変換を行うミキサ、ミキサで発生したRF 信号を
増幅するためのRF 用電力増幅器(RF PA)、ミキサ駆動に必要なLO 信号電力を確保するための
LO 用電力増幅器(LO PA)で構成されます。RX は、ミキサ、受信RF 信号を低雑音に増幅するため
の低雑音増幅器(LNA)、LO PA で構成されます。300GHz 帯のFE を実現するためには、これら構
成要素部品を300GHz 帯で動作させる必要があります。
 
図2:FE の構成
 
IF(Intermediate Frequency, 中間周波数)信号は、FE で用いられるRF 信号よりも低周波の信号です。また、LO(Local Oscillator, 局部発振)信号は、IF 信号とRF 信号との間の周波数変換を行うミキサを駆動するための信号です。

 NTTは長年培ってきた高速トランジスタであるInP-HEMT技術、および、高周波アナログ回路設計技術を用いて、300GHz帯FEの研究開発に取り組んできました。2020年には、製作したFEを用い、当時としては世界最高の120Gbpsのデータレートを実現しています(参考文献1)。
 これまでのFEは、その要素部品である増幅器や周波数変換を担うミキサなどを個別のモジュールとして設計・製作し、それらを組み合わせた形態(バラック形態)で実現してきましたが、要素部品を自由に組み合わせた柔軟なFE構成が可能である一方、次の2つの課題がありました。
①複数モジュールを組み合わせてFEを構築するため、FEのサイズが大きくなる
②モジュール間の接続部(損失や帯域減少の要因となる)が複数存在することでFEの動作帯域が制限され、データレートの向上が困難

 これらの課題解決のため、今回FE構成要素の1つの集積回路(IC)への集積(集積化)に取り組みました。集積化により1モジュールでFEが実現できると①が解消され、モジュール間の接続部がなくなることで、②の解決にも繋がります。
 FEの集積化を行うには、ミキサで生じる不要波であるLOリーク※3が大きな課題となります。LOリークは、ミキサと一緒に集積される他の回路動作に悪影響を及ぼし、FEが伝送する信号の品質を劣化させるため、除去する必要があります。バラック形態では、LOリークを除去可能なフィルタを準備することによりこの問題を解決できますが、1つの集積回路内部でLOリークを除去することがサブテラヘルツ帯では困難でした。そこで、今回、サブテラヘルツ帯においても、集積回路内部でLOリークを除去可能な差動構成※4のFEを検討しました(図3)。
 TXには、ミキサ、ミキサ駆動のためのLO用電力増幅器(LO PA)、ミキサで発生させた300GHz帯信号(RF信号)を増幅するためのRF用電力増幅器(RF PA)が要素回路として集積されています。これらの要素回路はすべて差動構成となっています。
 
図3:今回提案した300GHz帯FEの回路構成(TXの場合)

 差動構成のFEにおいては、ミキサ後段でLOリークを逆位相で干渉させることでLOリークを除去します。そのためには、ミキサを完全差動LO 信号(振幅が等しく、位相が180°異なる2 つのLO信号)で駆動することが必要になります。完全差動LO 信号を生成するためには、差動信号発生回路であるバラン※5 に加え、差動増幅器が必要となります。差動増幅器には、バランから出力される差動信号に含まれる振幅の誤差、位相の180°からのずれを補正する機能(同相除去機能※6)が要求されます。NTT 独自の同相除去回路(参考文献3)を、LO PA の各増幅段に適用することで、LO PAによる完全差動LO 信号生成に成功しました。さらに、LO 位相反転回路(LOPI)を組み合わせることで、ミキサ後段でLO リークが除去される構成をとっています。これらの工夫により、従来構成(シングルエンド構成)に比べ、LO リークを1/250 以下と大幅に抑えることができ、FE のワンチップ集積化に成功しました(図4)。FE を、300GHz 帯の導波管結合器(リッジカプラ)を用いた独自の実装技術により金属パッケージに実装し、モジュール化を行いました。ワンチップ集積化の結果、15cm から2.8cm への大幅なFE の小型化も実現されました(図5)。
 
図4:NTT 内製InP-HEMT 技術を用いて製作した300GHz 帯TX, RX IC およびモジュール
 
図5:要素部品の集積化によるモジュールサイズの小型化

 また、FE の変換利得※7 の周波数特性から、集積化によるモジュール接続部の排除により、従来の
FE(参考文献1)と比較して、大幅に動作帯域が改善されていることもわかります(図6)。今回製作し
たFE の性能評価のために、図7 に示す測定系を用いてデータ伝送実験を行いました。LO 信号の生成には市販の逓倍器とシンセサイザを用いました。FE 動作帯域の拡大により、シンボルレート40Gbaud の広い帯域を用いて16QAM 変調信号(変調多値度(一度に送信できるビットの数):4)を高い信号品質(信号対雑音比※8:16.5dB 以上)で伝送できました。これは、300GHz 帯において160Gbpsの伝送に成功したことを意味します。このデータレートは、図1に示す通り、300GHz 帯のFE では世界最高となります。
 
図6:要素部品のワンチップ集積化によるTX, RX の動作帯域改善
図7:データ伝送実験
 
3.今後の展望・社会的意義
 今回実現したFE は、TX とRX を直接接続してデータ伝送を行っています。今後TX, RX にアンテ
ナを接続し、実際の無線環境における性能評価を行うことで、将来の超高速無線通信実現に向け
たサブテラヘルツ帯の有効性を実証していくとともに、LO 信号の発生部やIF の増幅器などの機能をFEに集積し、さらなる品質の向上に努めて参ります。これらの研究開発を通して、6Gで提唱されている様々なユースケースを支える超高速無線通信の実現をめざして参ります。

発表国際会議
会議名:「IEEE BiCMOS and Compound Semiconductor Integrated Circuits and Technology Symposium 2024 (略称: BCICTS2024)」
開催場所:米国フォートローダーデール
開催期間:2024年10月27日~2024年10月30日
論文タイトル:300-GHz 160-Gb/s InP-HEMT Wireless Front-End With Fully Differential Architecture
著者:Hiroshi Hamada, Ibrahim Abdo, Takuya Tsutsumi, Hiroyuki Takahashi (4名)

参考文献1
H. Hamada et al., “300-GHz-Band 120-Gb/s Wireless Front-End Based on InP-HEMT PAs and Mixers,” IEEE J. Solid-State Circuits, vol. 55, no. 9, pp. 2316-2335, Sep. 2020., https://doi.org/10.1109/JSSC.2020.3005818.

参考文献2
ドコモ6Gホワイトペーパー(https://www.docomo.ne.jp/corporate/technology/whitepaper_6g/

参考文献3
H. Hamada et al., “220–325-GHz 25-dB-Gain Differential Amplifier With High Common-Mode-Rejection Circuit in 60-nm InP-HEMT Technology,” IEEE Microw. Wireless Compon. Lett., vol. 31, no. 6, pp. 709-712, Jun. 2021., https://doi.org/10.1109/LMWC.2021.3061662.

※「NTT R&D FORUM 2024 ―IOWN INTEGRAL」 公式サイト https://www.rd.ntt/forum/2024/

用語解説
※1:InP-HEMT
HEMT(高電子移動度トランジスタHigh Electron Mobility Transistorの略称)は、電子回路に用いられるトランジスタの一種であり、その名の通り、高い電子移動度を利用可能な構造をしているため、高周波特性に優れることで知られています。とくに、インジウム・リン(InP)半導体基板上に作られるHEMTのことをInP-HEMTと称します。InP-HEMTは、InP基板上に結晶成長可能な半導体で、非常に電子移動度の大きいInGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)を電子走行層に用いることができるため、HEMTの中でもさらに優れた高周波特性を有します。

※2:フロントエンド
Front-End(FE)とは、無線通信を行うためのハードウェアであるトランシーバにおいて、空間との電波のやり取りを行うアンテナから、電波に重畳されるデータの信号処理を行うベースバンド部(ディジタル回路)との間に位置するアナログ回路群の総称です。トランシーバ内で、電波から見て最も空間に近い位置(すなわち、端部)に配置されることからこのように称されます。

※3:LOリーク
ミキサは、局部発振信号(Local Oscillator (LO)信号)を用いることで低周波信号を300GHzなどの高周波信号に周波数変換します。このLO信号の一部はミキサから漏洩し、これをLOリークと呼称します。LOリークが増幅器に入力されると増幅器の利得が低下する等、他の回路への悪影響があります。

※4:差動構成
位相が180°異なる信号のペア(差動対)の間の電位差を電気信号として用いる回路構成のことです。これとは別に、信号と接地電位(グランド)との間に生じる電位差を信号として用いる回路構成を、シングルエンド構成と呼びます。差動構成の回路は、外部からの雑音に強い、今回のようにLOリークを除去できるなどのメリットがあります。

※5:バラン
シングルエンド信号と差動信号とを変換する機能を持つ回路のことです。

※6:同相除去機能
本来は180°位相が異なる電気信号が伝搬する差動対に、同じ位相の電気信号(同相信号)が伝搬することがあります。同相信号は、差動構成のもつメリットを失わせる効果をもつため除去することが望ましく、そのために、差動信号を選択的に増幅して同相信号は増幅しない(あるいは減衰させる)機能を持つ差動増幅器が重要となります。このような差動増幅器の機能を同相除去機能と称します。

※7:変換利得
ミキサやFEのように周波数を変換する機能を有する回路において、変換前後の信号強度の比を変
報道解禁日時:2024 年 10 月 28 日(月)午後 3 時
換利得と称します。通常の増幅器の利得(増幅率)に相当する性能指標です。

※8:信号対雑音比
一般に、通信に用いる信号には、雑音が重畳されています。雑音の量が多くなると、正確に信号を読み取ることが難しくなります。そこで、信号と雑音との強度の比である信号対雑音比(Signal to noise ratio (SNR))が通信の品質をあらわす量として用いられます。ビット誤り率(BER)とSNRとは相関があり、BER 1/1000に相当するSNR(今回のように16QAMを用いる場合には、 16.5dB)が良く指標になります。

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