東京工科大学 応用生物学部の西 良太郎准教授らの研究グループは、DNA修復、特にDNA二本鎖切断の修復を促進する新規因子PRMT4/CARM1を発見しました。本研究成果は、学術誌「Genes to Cells」に掲載されました。
【研究背景】
生物のゲノムには常に多様な傷(これをDNA損傷と呼びます)が生じています。特に電離放射線や、ある種の抗がん剤等によって生じるDNA二本鎖切断は最も重篤なDNA損傷の一つです。ヒト細胞においてDNA二本鎖切断の修復に関わるタンパク質は、翻訳後修飾(注1)と呼ばれる機構により、精密にその機能が制御されています。複数の翻訳後修飾が、同じタンパク質上に順番に生じるなどして機能制御を行うため、DNA二本鎖切断修復の全容を理解するためには、翻訳後修飾の網羅的・体系的な解析は必要不可欠です。これまでに、リン酸化やユビキチン化などの翻訳後修飾に関する解析は進んでいたものの、アルギニンのメチル化(注2)に関する知見は十分ではありませんでした。
【研究成果】
本研究では、アルギニンメチル化を触媒する酵素群であるprotein arginine N-methyltransferase (PRMT)に着目し、これらの酵素のDNA二本鎖切断部位への集積を検討しました。その結果、PRMT4 (CARM1とも呼ばれます)、PRMT6、PRMT7がレーザー照射によって発生したDNA二本鎖切断部位(注3)において集積または解離を示すことを見出しました。特にPRMT4はDNA二本鎖切断の発生から1分以内に非常に強い集積が認められました。また、CRISPR/Cas9を用いてゲノム編集によりPRMT4をノックアウトした細胞では、DNA二本鎖切断の修復が遅延し、シグナル伝達にも異常が生じることが分かりました(図1)。さらに、複数のがんにおいて、PRMT4の発現量が高い患者は、そうでない患者と比較して予後不良であることを見出しました。これらのことは、PRMT4がゲノム安定性維持に重要であると同時に、抗がん剤の標的となりうることを示しています。
【社会的・学術的なポイント】
本研究は、タンパク質アルギニンメチル化を担う酵素群の網羅的・体系的な解析を行ったことにより、DNA二本鎖切断修復を制御する新しい機構に関する研究の出発点となるものです。また、PRMT4に抗がん剤の新規標的としての可能性が示されたことから、PRMT4の作用機序の解明が創薬研究にも繋がると期待されます。
【論文情報】
論文名:PRMT4/CARM1 is a novel factor promoting DNA double-strand break repair
著者名:Yurina Abe, Hayaki Ikegame, Yuina Tsuchiya and Ryotaro Nish
雑誌名:Genes to Cells, 2025, 30, e70031
U R L :
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/gtc.70031
【用語解説】
(注1)翻訳後修飾:ヒト細胞において翻訳されて合成されたタンパク質はさらに修飾を受けます。修飾とは、特定のアミノ酸残基に(例外もあります)ユビキチンなどの分子が共有結合することを指します。この修飾によってタンパク質の機能は厳密に制御されています。
(注2)アルギニンのメチル化:タンパク質のアルギニン残基にメチル基が1つ、対称性あるいは非対称性に2つ結合する翻訳後修飾。
(注3)レーザー照射によって発生したDNA二本鎖切断部位: 共焦点顕微鏡下で、生きた細胞に特定の波長(今回は405 nm)のレーザーを照射することで、任意の場所にDNA二本鎖切断を発生させることが出来ます。
■東京工科大学応用生物学部 西(分子生物学)研究室 ゲノムDNAの安定性を維持する機構であるDNA修復に関する研究を行っています。特に、DNA二本鎖切断修復に着目して、基礎研究から応用研究に近い内容のものまで研究を展開しています。
[主な研究テーマ]
1.タンパク質翻訳後修飾によるDNA二本鎖切断修復制御の解明
2.核内構造体に着目したDNA二本鎖切断修復の新規制御機構
3.正確性の高い相同組換え修復が優先される機構の解明
[研究室ウェブサイトURL]
https://nishi-lab.bs.teu.ac.jp/
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/