- 学校法人慈恵大学
- 2026年05月15日
- 16:39
― 遺伝子型と臨床像から明らかとなった疾患スペクトラム ―
【概要】
東京慈恵会医科大学眼科学講座の溝渕圭講師、林孝彰教授、中野匡講座担当教授らは、日本人におけるRPGRIP1関連網膜ジストロフィの臨床像と原因遺伝子変異の関係を、全国規模で初めて体系的に明らかにしました。本研究成果は、眼科学分野における代表的な国際学術誌 American Journal of Ophthalmologyに、2026年5月6日付でオンライン先行掲載されました。
RPGRIP1関連網膜ジストロフィは、常染色体潜性遺伝形式をとり、若年発症かつ重症度の高い遺伝性網膜ジストロフィ(Inherited retinal dystrophy: IRD) の一つです。一方で、比較的進行した段階まで網膜構造が保持される症例が多いことから、将来的な遺伝子治療の有望な対象疾患として注目されています。
本研究により、RPGRIP1関連網膜ジストロフィは単一の疾患ではなく、遺伝子型に応じて異なる臨床像を呈する疾患スペクトラムである可能性が示されました。今後は、将来的な遺伝子治療を見据え、長期間にわたり経過を追跡できた症例を対象に、網膜構造および視機能がどのように変化するかについて縦断的解析を行う予定です。また、治療効果判定や疾患進行評価に有用な指標(バイオマーカー)の確立も目指します。
本研究成果は、将来の遺伝子治療における患者選択や治療時期を判断する上で、重要な知見となることが期待されます。
【先行研究から得られた本研究の目的】
RPGRIP1関連網膜ジストロフィは、これまで主にレーバー先天黒内障 (Leber congenital amaurosis: LCA) の原因疾患として知られてきました。しかし近年、著者らは、本疾患が錐体機能障害を特徴とする先天性網膜疾患・杆体1色覚 (Achromatopsia: ACHM) の原因ともなり得ることを報告するとともに、ACHM症例の多くが、RPGRIP1遺伝子の中でも特にエクソン18全体を欠失する構造変異 (エクソン18欠失変異) に起因している可能性を明らかにしました (文献1,2,3)。そこで本研究では、RPGRIP1関連網膜ジストロフィにおいて、LCAおよびACHMという異なる表現型が、遺伝子型とどのように関連しているか、そして臨床像から病態を明らかにすることを目的として解析を行いました。
文献
1. A homozygous structural variant of RPGRIP1 is frequently associated with achromatopsia in Japanese patients with IRD. Suga A, Mizobuchi K, Inooka T, et al, Genet Med Open. 2024 Mar 26:2:101843.
2. GENETIC ETIOLOGY AND CLINICAL FEATURES OF ACHROMATOPSIA IN JAPAN. Inooka T, Hayashi T, Tsunoda K, et al, Retina. 2024 Oct 1;44(10):1836-1844.
3 Deletion involving exon 18 of RPGRIP1 is a major cause of achromatopsia. Inooka T, Mizobuchi K, Hayashi T, et al, Retina. 2026 Mar 10. Online ahead of print.
【対象・方法】
対象
以下の条件に合う日本人の症例を対象としました。
条件1:先天発症が示唆される症状があり、IRDと診断されていること
条件2:遺伝子解析で、両アレルにRPGRIP1遺伝子変異を有すること
方法・評価
遺伝子解析
原因遺伝子変異の同定に、次世代シークエンサを用いた全ゲノム解析および全エクソーム解析に加え、サンガーシークエンスによる遺伝子解析・遺伝学的検査を実施しました。さらに、同定された遺伝子変異の病原性は、ACMG (American College of Medical Genetics and Genomics) のガイドラインに基づき、主に3つのデータベースを参照して評価・判定しました。
臨床像の評価項目
発症年齢、視力変化、眼底所見の推移、光干渉断層計 (Optical coherence tomography: OCT) を用いた中心窩網膜厚の経時的変化、ならびに全視野網膜電図 (Full-field electroretinography: ERG) について評価を行い、表現型の分類にも用いました。また、本研究では、各表現型における網膜構造および視機能の特徴を明らかにし、その病態を解明することを主要評価項目として設定しました。
【結果】
遺伝子解析
合計14種類のRPGRIP1遺伝子変異が同定され、そのうち1種類は新規変異であることが明らかとなりました。変異の内訳は、ナンセンス変異が6種類、フレームシフト変異が3種類、スプライス変異が1種類、さらにエクソン18欠失変異を含む構造変異が4種類でした。特に、エクソン18欠失変異は最も高頻度に認められ、全68アレル中43アレル(63.2%)を占めていました。ACHM症例では、両アレルの変異がともにエクソン18領域周辺に存在する傾向が認められました。一方、LCA症例では、両アレル変異は遺伝子全域に分布しており、両アレルともにエクソン18領域周辺に存在する症例は認められませんでした。
臨床像
合計34名(26家系)の患者を対象とし、その内訳はACHMが23名(18家系)、LCAが11名(8家系)でした。全症例において、生下時あるいは乳児早期から、眼振などの視機能障害を示唆する症状が認められました。
発症年齢および視力
発症年齢は、ACHM群で平均1.05歳(範囲:0–6歳)、LCA群で平均0.36歳(範囲:0–3歳)であり、両群間に有意差は認められませんでした。視力については、初診時および最終受診時のいずれにおいても、LCA群で有意に不良であることが明らかとなりました。一方で、初診時から最終受診時までの視力変化量については、両群間で有意差を認めませんでした。
眼底所見の推移
ACHM
若年症例では、眼底写真および眼底自発蛍光 (fundus autofluorescence: FAF) で明らかな異常を認めませんでしたが、OCTでは外層網膜構造は保たれているものの、不明瞭化や部分的途絶などの異常所見が認められました。一方、高齢症例では、眼底写真およびFAFにおいても網膜変性所見が顕著となることが明らかとなりました。また、OCTでは若年時に確認可能であった外層網膜構造の消失が認められ、中心窩網膜厚も加齢に伴い菲薄化する傾向を示しました。これらの所見は、網膜変性の進行を反映する結果と考えられました。以上の結果から、RPGRIP1関連ACHMは、従来、非進行性とされてきたACHMとは異なり、進行性の網膜変性を呈する可能性があることが示唆されました。
LCA
若年症例では、眼底写真において網膜色素上皮の変性を示唆する所見が認められましたが、典型的な網膜変性所見や骨小体様色素沈着は明らかではありませんでした。一方、高齢症例では、網膜変性および色素沈着が顕著となり、加齢に伴う進行性変化が確認されました。しかし、OCTによる評価では、高齢症例においても外層網膜構造が比較的保たれている傾向が認められました。特に中心窩周囲では、視細胞外節を含む外層構造が残存している症例がみられ、重度の機能障害を呈する一方で、一定の網膜構造が長期間維持される可能性が示唆されました。
網膜電図
ACHMでは、錐体系応答の消失と、杆体系応答が比較的温存される典型的所見を認めました。しかし、長期経過を追跡できた症例では、経年的に杆体系応答の振幅も徐々に減弱していくことが明らかとなり、網膜構造変化の結果に一致していました。一方、LCAにおいても、発症極早期 (生下時) には、杆体系応答が比較的保たれているものの、錐体系応答は完全に消失する結果でありました。しかし、同一症例で数十年後に再評価したところ、杆体系応答も完全に消失することが明らかとなりました。これらの結果から、RPGRIP1関連網膜ジストロフィは、錐体機能障害を主体とするIRDであることが示唆されました。さらに、ACHMとLCAはそれぞれ独立した表現型というよりも、疾患進行速度や重症度の違いによって規定される、同一疾患スペクトラム上の表現型である可能性が考えられました。
【今後の展開】
本研究で得られた結果は、RPGRIP1関連網膜ジストロフィが遺伝子治療の有望な対象疾患である可能性を支持するものと考えられます。特に、OCTにおける外層網膜構造の残存や、ERGにおける杆体系応答の経時的変化は、将来的な治療介入時期の決定や治療効果判定に重要な指標となる可能性があります。
今後は、より長期的かつ前向きな縦断研究を通じて、網膜構造および視機能の自然歴を詳細に解析し、疾患進行を反映するイメージングおよび機能的バイオマーカーの同定を目指す必要があります。特に、FAFやOCTを用いた外層網膜変化の定量評価、ならびにERG振幅の経時的変化に対する解析は、将来的な臨床試験におけるアウトカム指標として有用である可能性が考えられます。
本研究の成果は、American Journal of Ophthalmology誌に2026年5月6日付けで掲載 (online ahead of print) されました。
Kei Mizobuchi, Taiga Inooka, Takuya Aoki, Hazuki Anzai, Kaoruko Torii, Kazuki Hashimoto, Akiko Suga, Ryo Ando, Miki Hiraoka ,Taro Kominami, Shigeru Sato, Motokazu Tsujikawa, Kohji Nishida, Yusuke Murakami, Toru Nakazawa, Akiko Maeda, Kazuki Kuniyoshi, Yasuhiro Ikeda, Hiroyuki Kondo, Mineo Kondo, Koji M Nishiguchi, Akira Murakami, Maki Fukami, Sachiko Nishina, Takeshi Iwata, Hirotomo Saitsu, Kazushige Tsunoda, Shinji Ueno, Yoshihiro Hotta, Tadashi Nakano, Takaaki Hayashi
Genotype–phenotype correlations in RPGRIP1-associated retinal dystrophy in a nationwide Japanese cohort.
Am J Ophthalmol. 2026 May 6: S0002-9394(26)00234-5. DOI:10.1016/j.ajo.2026.05.002
メンバー:
東京慈恵会医科大学 眼科学講座
講師 溝渕 圭
教授 林 孝彰
講座担当教授 中野 匡
- 本件に関するお問合わせ先
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学校法人慈恵大学 広報課
メール:koho@jikei.ac.jp
電話:03-5400-1280