【横浜市立大学】半導体デバイスの「逆問題」をミリ秒で解く手法を開発

-多値性を持つパラメータ空間でも、物性値を高精度に逆推定-

【ポイント】
○ トランジスタ特性から半導体物性を逆算する「逆問題」の最大の難所「多値性」を、タンデム型ニューラルネットワークで克服。
○ 従来研究の約1,000倍広いパラメータ範囲に対し、トランジスタ特性曲線1本から6つの半導体パラメータを1 ms未満・R² > 0.99で逆推定。
○ デバイスシミュレーションによる従来手法と比較して10^6倍以上の高速化を実現し、工場でのリアルタイム品質監視への応用にも期待。

【概要】
 東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 元素戦略MDX研究センターの木村公俊大学院生(当時)、井手啓介助教、神谷利夫教授らの研究グループは、横浜市立大学大学院生命医科学研究科の寺山慧研究教授、台湾国立中山大学 Kuan-Ju Zhou(クアンジュー・ショウ)氏らと共同で、半導体デバイスの逆問題(用語1)を1ミリ秒未満で高精度に解く新しい機械学習手法を開発しました。
 半導体デバイスの研究開発では、測定したトランジスタの特性から、使われた材料の物性値を推定する「逆問題」の解決が、デバイス改良の方向性を決める鍵となります。その高速化に向けて機械学習の活用が期待を集めていますが、半導体逆問題には「多値性(用語2)」、すなわち1つの問題に対して異なる複数の解が存在するという本質的な難しさがあり、これがニューラルネット(AI)の学習を著しく困難にしてきました。
 本研究では、順方向AI(物性からトランジスタ性能を推定)と逆方向AI(トランジスタ性能から物性値を推定)をタンデムに連結し、逆方向AIが推定した物性値を順方向AIに通して元のトランジスタ特性を復元できるかを自分自身に問わせることで、この学習の難しさを克服しました。その結果、従来研究の約1,000倍広い物性パラメータ範囲においても、多値性に起因するばらつきを抑えながら1ミリ秒未満で高精度に逆推定できることを示しました。さらに、学習範囲の広さによって、不良デバイスの解析にもそのまま適用できる高い汎用性を実験によって実証しました。本成果は、AIが自動で実験を進める自律研究システムへの応用や、工場で半導体の品質を瞬時にチェックし製造プロセスへの物性値フィードバックをも可能にするものです。また、半導体に限らず多値性を伴うさまざまな逆問題への応用も期待されます。
 本成果は、2026年5月27日付(現地時間)に国際学術誌「Advanced Intelligent Systems」(Wiley)に掲載されました。


図1 逆問題の概念図

●背景
 トランジスタなどの薄膜デバイスの開発では、測定によって得られたデバイス特性から、用いられている半導体材料がデバイス内部でどのような状態にあるか(欠陥の量、不純物濃度、電子の動きやすさなどの物性値)を推定する逆問題の解析が、デバイス改良の指針を立てる上で極めて重要な意味を持ちます。従来、この解析には、物性値からデバイス特性を計算するTCAD(用語3)と呼ばれる順方向のデバイスシミュレータを繰り返し動かし、計算結果が実測値に一致するまで物性値を少しずつ調整する「反復フィッティング」が用いられてきました。そのため1サンプルの解析には数十時間〜数日を要し、量産デバイスの解析や新材料探索の効率は非常に低いものでした(図1)。近年は機械学習の適用も進められていますが、これまで報告された手法では、機械学習モデルが正しく推定できる物性パラメータの範囲が狭く、実際の不良解析に使いづらいという制約がありました[参考文献1]。
 この制約の根本原因は「多値性」にあります。例えば、電子が多くて移動度が低い場合と、電子が少なくて移動度が高い場合、どちらの組み合わせでもよく似たトランジスタ特性が得られます。つまり同じ測定結果から複数の物性値の組み合わせが解として導かれてしまうため、AIは正解を1つに絞り込めず、学習がうまく進まないという逆問題に固有の難しさがありました。そこで本研究では、光学分野の逆設計に用いられているタンデム型ニューラルネットワーク(タンデムNN、用語4)[参考文献2]を改良し、電圧のわずかな変化で電流が数桁変わるようなトランジスタ解析にも応用できるように検討しました(図2)。


図2 多値性の一例:異なる半導体物性でも同じ薄膜トランジスタ(TFT)の特性を再現することがあり機械学習が困難になる。


●研究成果
 本研究では、光学分野で提案されていたタンデムNNを半導体トランジスタ向けに改良し、物性値からトランジスタ性能を予測する「順方向AI」と、その逆を行う「逆方向AI」を連結する新手法を開発しました。この方法では、逆方向AIが推定した物性値を順方向AIに通して元のトランジスタ特性を復元できるかを答え合わせさせることで、複数解を持つ多値性問題でも物理的に妥当な解を選び取れるようになりました。
 このタンデムNNを、酸化物半導体の代表であるa-IGZOアモルファス In-Ga-Zn-O、用語5)トランジスタの逆問題に適用しました。物性値を従来研究の約1,000倍広い範囲で変化させた1,000件のシミュレーションデータを用いてAIの学習を行い(25秒未満で完了)、新たに用意した200件のデータの逆推定を1ミリ秒未満で実行できることを確認しました。これは従来のTCAD反復フィッティング(数十時間〜数日)と比べて、6桁以上の高速化に相当します。さらに、実際に研究室で作製したa-IGZOトランジスタへの適用でも有効性を確認し、シミュレーションで学習したモデルが実験デバイスにも通用することを実証しました(図3)。

図3 実験室で作製したa-IGZOトランジスタへのタンデムNNの適用 (a) タンデムNNで得られた半導体パラメータを用いて再現した電流–電圧(I–V)曲線(実線)と、実測データ(白抜き記号)との比較。(b) シミュレーションおよび実測I–V曲線からそれぞれ抽出したトランジスタ特性値の比較。両者は良好な一致を示しており、タンデムNNが推定した物性値の物理的妥当性が裏付けられる。

社会的インパクト
 半導体不足や、AIによる計算需要の急増を背景に、半導体デバイスの性能向上と量産効率の改善は重要な社会課題となっています。製造現場のオートメーション化により膨大な半導体デバイスが日々量産される一方、これまでのフィードバックは特性変動の監視にとどまり、その背後にある物性値変動を即時に抽出することは技術的に不可能でした。本研究は、トランジスタ特性から半導体の物性値を瞬時に推定することを可能とし、製造プロセスへの即時フィードバックを実現できます。これにより量産デバイスのリアルタイム品質管理が可能となるのみならず、近年進展著しい自律実験プラットフォームに対しても物性レベルでのフィードバックを供給でき、材料・デバイス分野の研究開発スタイルにパラダイムシフトを促します。

●今後の展開
 本手法で扱う物性値の種類を増やし、より多様な半導体材料・デバイスの開発に役立てていく予定です。例えば、長時間動作させたときに見られる特性変動や、ガスセンサのように周囲の環境に応じて電気特性が刻々と変動するデバイスにも適用し、材料内部で何が起きているかを時間とともに追跡することで、デバイスの劣化やセンサ応答の仕組みを根本から明らかにすることを目指します。さらに、本手法の枠組みは半導体に限定されず、光学・機械・化学・生命科学など、結果から原因を逆算する一般の逆問題への応用も期待され、広範な科学・工学分野の発展に寄与する可能性を秘めています。

●付記
 本研究は、文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)、NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ(JPNP14004)、JST ASPIRE 先端国際共同研究推進事業(JPMJAP2534)、文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>(JPMXP0112101001)の助成を受けて行われました。

【参考文献】
[1] Y. Choi et al., “Deep Neural Networks for Determining Subgap States of Oxide Thin-Film Transistors,” IEEE Access 11, 15909-15920 (2023).
[2] D. Liu et al., "Training Deep Neural Networks for the Inverse Design of Nanophotonic Structures," ACS Photonics 5, 1365-1369 (2018).

【用語説明】
(1)逆問題:観測された結果(トランジスタ特性)から、その原因(材料の物性値)を推定する問題。原因から結果を求める順方向解析(シミュレーション)の逆にあたる。
(2)多値性(multivaluedness):1つの観測結果に対して複数の異なる原因パラメータの組み合わせが解として存在する性質。逆問題の解を一意に定めることを困難にする本質的な要因。
(3)TCAD(Technology Computer-Aided Design):半導体デバイスの動作を有限要素法に基づいて精密にシミュレートする計算手法。物性値を入力するとトランジスタ特性が得られる順方向シミュレータとして広く使われている。
(4)タンデム型ニューラルネットワーク(Tandem NN):順方向ネットワーク(原因 → 結果)と逆方向ネットワーク(結果 → 原因)を直列に連結し、推定した原因を順方向に戻して元の観測値が復元できるかを確認しながら学習する深層学習アーキテクチャ。光学分野の逆設計で提案され、本研究では半導体トランジスタの逆問題向けに改良した。
(5)a-IGZO(アモルファス In-Ga-Zn-O):透明酸化物半導体の代表。液晶・有機ELディスプレイのバックプレーン用薄膜トランジスタの主要材料として広く実用化されている。

【論文情報】
掲載誌:Advanced Intelligent Systems (Wiley)
論文タイトル:Tandem neural network rapidly solves multivalued inverse problems: application to oxide-semiconductor characterization
和訳:タンデム型ニューラルネットワークによる多値性逆問題の高速解法 ― 酸化物半導体の物性解析への応用 ―
著者:Masatoshi Kimura(木村公俊), Keisuke Ide(井手啓介)*, Kuan-Ju Zhou(周冠儒), Atsushi Shimizu(清水篤), Takayoshi Katase(片瀬貴義), Hidenori Hiramatsu(平松秀典), Kei Terayama(寺山慧), Hideo Hosono(細野秀雄), Toshio Kamiya(神谷利夫)*
(*=Corresponding Author)
DOI:https://doi.org/10.1002/aisy.70437

この企業の関連リリース

この企業の情報

組織名
横浜市立大学
ホームページ
https://www.yokohama-cu.ac.jp/
代表者
近野 真一
所在地
〒236-0027 神奈川県神奈川県横浜市金沢区瀬戸22-2
連絡先
045-787-2311

検索

人気の記事

カテゴリ

アクセスランキング

  • 週間
  • 月間
  • 機能と特徴
  • Twitter
  • デジタルPR研究所