血液検査で診断した肺がん遺伝子異常に対する薬剤の有効性を世界で初めて実証 血液検査で診断することで患者の負担を軽減 -- 近畿大学



近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)助教 高濱隆幸、教授 中川和彦、教授 西尾和人らは、臨床研究グループ(西日本がん研究機構[WJOG])に参加する研究者らと共同で、肺がんにおけるがん細胞増殖のスイッチとも言われるEGFR*1 遺伝子の変異に関する医師主導臨床研究を行いました。血液検査で遺伝子変異が確認された患者に、分子標的薬のオシメルチニブを処方し、その有効性を世界で初めて実証しました。
これまで、EGFR遺伝子の変異は内視鏡等で腫瘍の一部組織を採取して検査することが必要とされていましたが、今回の研究により、検査負担の軽減につながる可能性があります。
本件は、平成30年(2018年)7月19日(木)に神戸国際会議場で行われる日本臨床腫瘍学会学術集会で発表されました。
*1 Epidermal Growth Factor Receptor(上皮成長因子受容体)細胞の増殖を促す信号を伝達するタンパク質




【本件のポイント】
●血液による遺伝子検査の結果をもとに薬剤の投与を行い、その有効性と安全性を検証した世界初の研究成果
●腫瘍が縮小した人の割合である奏効率は55.1%となり、有効性を実証
●患者の負担が大きい内視鏡等による組織採取から一部血液検査へ移行できる可能性

【本件の概要】
 肺がんは、日本において年間約7万人が死亡する、死亡数の多い病気の一つです。手術や放射線などの治療法がありますが、体内の離れた箇所に転移している場合や、病状が進行し、腫瘍が大きい場合には全身に行き渡る薬物療法が重要です。
 肺がんにおいては、EGFR遺伝子に変異が起こると、がん細胞が際限なく増殖するようになるため、増殖を阻害するチロシンキナーゼ阻害剤による治療が有効です。しかし、服用開始から1年ほどで阻害剤への耐性がつき、薬の効果が薄れることがあります。その原因の約半数を占めるのが、EGFR T790M遺伝子の変異で、これにはオシメルチニブが有効です。
 現在、EGFR T790M遺伝子の変異を確認するには、内視鏡等で腫瘍組織の一部を採取する必要があり、血液検査は内視鏡等の検査が困難な場合に限られています。血液検査で変異が確認された患者へのオシメルチニブの有効性を示す研究がこれまで無かったためです。
 今回、高濱らはWJOGにおいて、血液検査で遺伝子変異が確認された患者にオシメルチニブの経口投与を行う医師主導治験を実施したところ、腫瘍が縮小した人の割合である奏効率は55.1%となり、その有効性を実証しました。今後は血液検査の価値が見直され、患者の負担を軽減できる可能性があります。

【発表学会・論文詳細】
学会名:第16回 日本臨床腫瘍学会学術集会
日 時:平成30年(2018年)7月19日(木)14:00~16:00
    本件の発表は14:30過ぎから約10分間を予定
場 所:神戸ポートピアホテル南館1F ポートピアホール
    (神戸市中央区港島中町6-9-1 ポートライナー「市民広場駅」すぐ)

 本学術集会は、日本臨床腫瘍学会が主催する、日本における臨床腫瘍学の分野における最高峰の学会です。
 抄録はAnnals of Oncologyに掲載予定です。

演題名:Phase II study to assess the efficacy of osimertinib in patients with plasma T790M positive advanced NSCLC(WJOG 8815L/LPS)
著 者:Takayuki Takahama, Koichi Azuma, Mototsugu Shimokawa, Terufumi Kato, Haruko Daga, Isamu Okamoto, Hiroaki Akamatsu, Toshiaki Takahashi, Tatsuo Ohira, Toshihide Yokoyama, Katsuya Hirano, Yoshimasa Shiraishi, Daisuke Himeji, Nobuyuki Yamamoto, Kazuto Nishio and Kazuhiko Nakagawa

【本件の背景】
 肺がんの中で最も多くを占めるのは腺がんと言われるタイプですが、その中でEGFR遺伝子変異が腫瘍から見つかる患者にはEGFRチロシンキナーゼ阻害薬が有効とされています。しかし、その多くの場合では1年程で効果が薄れ、抵抗性を示します(「耐性を獲得する」といいます)。その原因の約半数を占めるとされているのが、EGFR T790M遺伝子変異です。
 オシメルチニブは、EGFR T790M遺伝子変異陽性肺がん患者を対象として実施された国際共同治験において有効性・安全性が証明されたことから、日本でもEGFRチロシンキナーゼ阻害薬に抵抗性のあるEGFR T790M変異陽性の手術不能または再発非小細胞肺がんに対する適応を取得し、承認されています。
 現在、EGFR T790M遺伝子変異が耐性の原因であることを確かめるためには気管支鏡検査などを再度行い、腫瘍組織を採取することが必要です。そのため、気管支鏡検査が難しい患者に限り、血液検査の実施が認められています。
 その理由は、血液検査のみでEGFR T790M遺伝子変異が確認された患者におけるオシメルチニブの効果についての研究事例は無く、組織検査と血液検査の両方でEGFR T790M遺伝子変異が陽性であった患者を対象にした研究結果しか無かったことです。そのため、EGFR T790M遺伝子変異検出を目的とした血液検査は、「肺がんの組織を検体とした検査が実施困難であること」、「患者1人につき1回に限ること」等の条件が設けられてきました。
 しかし、血液検査を用いた検査は元々低侵襲(患者様への負担が少ないこと)で繰り返し採取が可能であることや、検査結果が出るまでの期間も短いなどの利点があります。また、EGFR T790M遺伝子変異は、治療の経過の中で出たり出なかったりすることから、採取の対象に制限が設けられている状況は好ましくないと考えられます。
 本研究で、血液検査で遺伝子診断を行い、前向きに薬剤の効果や安全性を世界で初めて示したことは、今後の血液を用いた遺伝子診断が実際の臨床の現場で診断や治療選択に用いられる際に必ず必要とされる重要な結果となります。

【研究の詳細】
1.背景
 血漿を用いたEGFR T790M遺伝子変異検査(リキッドバイオプシー※1)は、日常診療で実施出来る検査となりました。しかし、リキッドバイオプシーの結果とオシメルチニブの有効性との関連を直接検討した試験は存在せず、リキッドバイオプシーの実施は組織診断不能の症例に限られています。本試験は、リキッドバイオプシーでT790M遺伝子変異陽性が確認された患者におけるオシメルチニブの有効性を確認する単群第2相試験です。
※1 リキッドバイオプシー
 液性検体(血液、尿、唾液など)を用いて、遺伝子検査などを行う手法の総称。検体の採取が容易であり、低侵襲で繰り返し採取出来るメリットがある。

2.方法
 EGFR遺伝子変異陽性患者において、過去に1レジメン以上のEGFR-TKI(EGFRチロシンキナーゼ阻害剤)を用いた治療歴があり、前治療中に病勢進行が確認されたPerformance status※2 0または1 の患者をスクリーニングしました。その中で血漿T790M陽性が確認された症例が適格とされました。登録患者にはオシメルチニブ80mg/日を経口投与しました。主要評価項目はコバス(R) EGFR 変異検出キット v2.0を用いて血漿T790M遺伝子変異が確認された患者における奏効率です。
※2 Performance-status がん患者の日常生活の制限の程度を示す指標。
  0:全く問題なく活動できる
  1:肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行、軽作業や座っての作業が可能

3.結果
 平成28年(2016年)6月から平成29年(2017年)12月までの間に276症例がスクリーニングを受けました。血漿T790M遺伝子変異陽性は73例で確認され、その中で治験治療の適格性を満たした53例に対してオシメルチニブ投与を行いました。全体奏効率は55.1%(95%信頼区間:40.2、69.3)であり、本試験は主要評価項目を達成しました。オシメルチニブによる毒性は他試験のデータと同様であり、管理可能でした。

4.結論
 本試験により、リキッドバイオプシーを用いてコバス法で血漿 EGFR T790M遺伝子検査陽性が確認された肺癌に対するオシメルチニブによる治療効果を、前向き試験で初めて示すこととなりました。肺癌診療におけるリキッドバイオプシーの位置付けに関して重要な情報を提供するものと考えます。

【今後の展開】
 今回の結果については、日本臨床腫瘍学会学術集会発表後に、臨床医学系の学術誌にその結果を投稿予定です。リキッドバイオプシーによる遺伝子診断を行う際に今回の研究成果が活用され、患者の負担軽減や個別化医療が推進されると期待されます。

【研究者プロフィール】
高濱 隆幸
所属:内科学教室(腫瘍内科部門)
職位:助教
学位:博士(医学) 専門医:日本呼吸器学会呼吸器専門医
専門:固形がんの遺伝子診断、血液を用いたバイオマーカー研究、固形がんの診断・薬物療法
主な所属学会等:日本臨床腫瘍学会、日本呼吸器学会、日本癌学会、日本がん分子標的治療学会、日本肺癌学会、日本内科学会、American Society of Clinical Oncology など

中川 和彦
所属:内科学教室(腫瘍内科部門)
職位:教授
学位:博士(医学)
専門:固形がんの診断・薬物療法
主な所属学会等:日本臨床腫瘍学会、西日本がん研究機構(WJOG)理事長、日本肺癌学会、日本癌学会、日本がん分子標的治療学会、American Society of Clinical Oncology(ASCO)、The International Association for the Study of Lung Cancer(IASLC)など

西尾 和人
所属:ゲノム生物学教室
職位:教授
学位:博士(医学)
専門:腫瘍生物学、血液を用いたバイオマーカー研究
主な所属学会等:日本臨床腫瘍学会、西日本がん研究機構(WJOG)、日本癌学会、日本がん分子標的治療学会、日本肺癌学会、American Society of Clinical Oncology(ASCO)、American Association of Cancer Research など

【関連リンク】
医学部医学科 教授 中川 和彦(ナカガワ カズヒコ)
 https://www.kindai.ac.jp/meikan/755-nakagawa-kazuhiko.html

医学部医学科 教授 西尾 和人(ニシオ カズト)
 https://www.kindai.ac.jp/meikan/757-nishio-kazuto.html

関連URL:
 https://www.kindai.ac.jp/medicine/

▼本件に関する問い合わせ先
総務部広報室
住所:〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1
TEL:06‐4307‐3007
FAX:06‐6727‐5288
メール:koho@kindai.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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