名古屋大学大学院情報学研究科の川合 伸幸 教授は、ヘビを脅威と感じるのはウロコのせいであることを明らかにしました。身の安全を守るために、危険や脅威をいち早く察知することは非常に重要です。人間やサルは、“脅威の対象” として、仲間の怒り顔やヘビを素早く見つけることが報告されています。ヘビは、霊長類が地上に出現したときからの捕食者で、ヘビを見たことのないサルや幼児がヘビの写真を早く見つけることなどから、ヘビへの脅威は生得的であると考えられてきました。しかし、ヘビのどのような特徴に脅威を感じるかは不明でした。
本研究では、ヘビを見たことのない3頭のサルが9枚の写真から1枚だけ別の動物(8枚のイモリから1枚のヘビか、その逆)を選ぶ時間を比較したところ、1枚のヘビを見つけるほうが早いという結果が出ました(実験1)。そこでヘビのウロコが重要であることを確かめるために、画像処理でイモリにヘビのウロコを着せた写真で比較したところ、3頭のうち2頭はヘビと同じ時間で、1頭はヘビよりも早くイモリを見つけました(実験2)。このことは、姿勢や身体の形でなく、ヘビのウロコに敏感に反応していることを示しています。
これは、進化の過程で霊長類の祖先が、何百万年も唯一の捕食者であったヘビへの防御策として、ヘビの特徴であるウロコを見つけるように視覚システムを進化させたためだと考えられます。
本研究成果は、2024年11月10日にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【本研究のポイント】
・人間やサルは脅威の対象を早く見つけることが知られていた。
・ヘビやイモリを知らないサルが、イモリよりヘビを早く見つけることを確かめた。
・もともとウロコがない両生類のイモリに、画像処理でヘビのウロコを貼り付けると、ヘビと同じくらいか、それより早く見つけられた。
・ヘビに脅威と感じるのは、長い身体や尾、クネクネした動きや姿勢のせいでなく、ヘビのウロコのせいであることが判明した。
【研究背景と内容】
WHOによれば、ヘビに噛まれたことを原因に毎年8.1-13.8万人が死亡しています(注1)。人間と寄生虫を除けば、もっとも多くの人の命を奪う生物がヘビです。そのため、ヘビは一番怖い対象として挙げられます。
これまでの研究で、本物のヘビを見たことのないサルがヘビの写真をほかの動物よりも早く見つけることや、生後6-11カ月の赤ちゃんでもヘビの写真に顕著な脳波を示すことが報告されています。ヘビは、霊長類の祖先が地上に出現したときの唯一の捕食者で、それ以降も霊長類や人間の捕食者であり続けました。そのため、人間やサルはヘビに対して敏感に反応する生得的なシステムを進化させたと考えられており(注2)、これまでのサルや幼児、成人を対象とした実験はそれを裏付けています。
しかし、ヘビのどのような特徴に対して敏感に反応する(脅威を感じる)かは不明でした。いくつかの研究は、ヘビのウロコを手がかりにしていることを示唆していました。しかし、それらは統制の取れていない野生のサルを対象にした野外研究や、すでにヘビについて知識のある成人を対象とした実験でした。ヘビを知らないサルを用いた、統制の取れた実験は行われていませんでした。
この研究では、本物のヘビを見たことのない3頭のサルに、9枚の動物写真から1枚だけ別の動物を選ばせる実験を行いました。8枚のイモリから1枚のヘビを選ぶ場合と、8枚のヘビから1枚のイモリを選ぶ場合で、ヘビまたはイモリを選ぶ時間を比較した結果、3頭ともヘビを見つけ出すほうが早いことを確認しました(実験1)。
これは、ヘビはほかの動物より早く見つけられるという、これまでの結果と一致しています。また、身体や尾の長い動物(イモリ)よりも、ヘビを早く見つけられることを示しました。
さらに、実験1で用いたイモリの写真に、画像処理でヘビのウロコを貼り付けて、先のヘビの写真と比較したところ、2頭のサルはヘビとウロコありのイモリを同じ時間で見つけ、1頭はむしろウロコありのイモリを見つけるほうが早くなりました(実験2)。ヘビの写真に違いはなく、イモリもウロコをまとっただけで、このように見つける時間が変わったことは、ヘビのウロコに対して敏感に反応していることを意味しています。
脅威のすばやい検出は、網膜からの情報を大脳皮質で順次処理して恐怖の中枢である扁桃体(注3)へ伝えるのではなく、網膜から皮質を経由せずに上丘―視床枕(注4)を介して扁桃体へ直接伝える経路を使うと考えられています。視床枕にはヘビのウロコ様の模様に反応する神経細胞があり、ヘビの写真に対して活発に反応することから、視床枕やそこと密接に関連する皮質領域がヘビの検出を担っていると考えられます。
先日亡くなられたホラーマンガの巨匠、楳図かずおさんの代表作の一つに「へび女」という作品があります。そのなかの「ママがこわい」という話の冒頭で、主人公の少女は入院している母から「病院にはへび女がいる」という話を聞きます。母親はへび女のことを「からだじゅうウロコがはえていて、口が耳もとまでさけて、すごい顔をしているそうよ」と説明します。単行本の目次ページの背景には一面、ヘビのウロコが描かれています。楳図さんは、わたしたちがヘビのウロコを怖れるということを無意識のうちに気付いていたのかもしれません。
【用語説明】
注1)Snakebite envenoming:
https://www.who.int/health-topics/snakebite
注2)ヘビ検出理論(The Snake Detection Theory):
米国の人類学者Lynne Isbellが唱えた理論。霊長類が、ほかのほ乳類よりも大きな脳を持っている理由は、霊長類が出現したとき以来のヘビを検出するために視覚系を発達させたためと考える理論。
ヒトの祖先の霊長類は、およそ6500万年前ころから樹上で放散適応を始めた。樹上で暮らす霊長類を補食できたのは、当時はヘビだけであった。現在では、猛禽類や大型ネコ科動物も霊長類を捕食するが、30 mを超える枝の生い茂ったところで暮らす霊長類まで近づけるのは、ヘビくらいしかいないと考えられる。そのため、霊長類の祖先は主たる補食動物であるヘビを、すばやく効率的に見つける必要があったと考えられる。
注3)扁桃体:
脳の側頭葉の内側にある複数の神経核群で、脳内のとくにネガティブな情動の中枢としての役割を担う。
注4)視床枕:
視床背面から尾方部へ突出する大きな膨隆部。齧歯類には存在しない。V2, V4などの初期視覚領域と連絡がある。
【画像説明】
図 )実験で用いた刺激の例(上段)および実験結果(下段)
実験1(Experiment 1)では、9枚の写真のうち8枚のイモリの中から1枚のヘビを探す(最左)課題(Snake Target)と、逆に8枚のヘビから1枚のイモリを探す(中左)課題(Salamander Target)が行われた。その結果(下段 左パネル)、3頭のサル(Shiba, Ume, Pero)ともヘビを見つける時間(灰色)のほうがイモリを見つける時間(白色)よりも早かった。箱の中の横棒が中央値を、×が平均値を示す。
実験2(Experiment 2)では、実験1のイモリの写真に画像処理でヘビのウロコを貼り付けたところ(上段 中右、最右)、2頭(Shiba, Ume)はヘビを探す時間と差がなくなり、1頭(Pero)はイモリを探す時間のほうが早くなった(下段 右パネル)。
【論文情報】
雑誌名: Scientific Reports
論文タイトル:Japanese monkeys rapidly noticed snake-scale cladded salamanders, similar to detecting snakes
著者: Nobuyuki KAWAI
DOI:10.1038/s41598-024-78595-w
URL:
https://www.nature.com/articles/s41598-024-78595-w
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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