弘前大学医学研究科の引地浩基助手らの研究グループが抗精神病薬の副作用である遅発性ジスキネジアの発症機序を解明

弘前大学

弘前大学(青森県弘前市)医学研究科の引地浩基助手らの研究グループは、モデルラットを用い、大脳基底核の神経細胞に生じる形態変化を電子顕微鏡と免疫染色を駆使して解析し、遅発性ジスキネジアの新しい発症メカニズムを明らかにしました。本研究は、「直接路」と呼ばれる別の回路を構成する神経細胞に構造的変化が生じることを初めて明らかにしました。今回の発見は、遅発性ジスキネジアの病態理解を根本から見直す契機となり、今後の新規治療薬の開発や既存薬の改良につながる可能性があります。本研究成果は、神経疾患分野における国際的専門誌『Movement Disorders』に掲載されました。 ■本件のポイント ・遅発性ジスキネジアは、抗精神病薬(※1)を長期間使用した患者に生じる難治な副作用で、口や舌、手足が自分の意思に反して動いてしまう不随意運動を特徴とします。一度発症すると薬を中止しても長く持続し、患者の生活の質を著しく損ないます。 ・弘前大学大学院医学研究科脳神経内科学講座(引地浩基助手、西嶌春生講師、冨山誠彦教授ら)および同脳神経病理学講座(森文秋准教授ら)の研究グループは、モデルラットを用い、大脳基底核(※2)の神経細胞に生じる形態変化を電子顕微鏡と免疫染色を駆使して解析し、遅発性ジスキネジアの新しい発症メカニズムを明らかにしました。 ・従来、この副作用は、大脳基底核における神経回路のうち「間接路(※3)」とよばれる経路の異常によって説明されてきましたが、本研究は、「直接路(※4)」と呼ばれる別の回路を構成する神経細胞に構造的変化が生じることを初めて明らかにしました。 ・今回の発見は、遅発性ジスキネジアの病態理解を根本から見直す契機となり、今後の新規治療薬の開発や既存薬の改良につながる可能性があります。 ・この成果は、神経疾患分野における国際的専門誌『Movement Disorders』に掲載されました。 URL:https://movementdisorders.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/mds.70068 ■本件の概要  抗精神病薬は統合失調症などの治療に欠かせない薬ですが、長期使用により深刻な副作用を引き起こすことがあります。その代表例が「薬剤性パーキンソニズム」と「遅発性ジスキネジア」です。  薬剤性パーキンソニズムは、ドパミンの働きを抑える薬によって誘発されるパーキンソン症候群で、動作が遅くなる、筋肉がこわばる、歩行がぎこちなくなるといった症状を呈します。一方、遅発性ジスキネジアは抗精神病薬を長期に使用した患者に出現する不随意運動で、顔をしかめる、舌を突き出す、唇をすぼめるなどの繰り返しの異常運動が特徴です。遅発性ジスキネジアはいったん発症すると薬を中止しても症状が持続し、生活の質(QOL)を大きく損なうため、その予防と病態解明は長年の課題でした。  従来の研究では、こうした副作用は「大脳基底核」と呼ばれる運動制御回路のうち、間接路の異常によると考えられてきました。抗精神病薬が間接路に発現するドパミンD2受容体(※5)を遮断すると、結果として間接路の働きである「身体の動きを抑制する信号(stop signal)」が強まり、パーキンソン症状が現れると説明されてきました。また、遅発性ジスキネジアについては「ドパミンD2受容体が長期間遮断されることで受容体が過敏になり、その反動として薬剤性パーキンソズムとは逆の作用が生じ、その結果、不随意運動が引き起こされる」という仮説が広く受け入れられてきました。  しかし、これらの仮説はいずれも間接路に着目したもので、「身体の動きを促進する信号(go signal)」を送る直接路についてはほとんど検討されていませんでした。  そこで、弘前大学大学院医学研究科脳神経内科学講座および同脳神経病理学講座の研究チームは、代表的な抗精神病薬ハロペリドール(※6)を長期投与したラットを用い、大脳基底核の超微細構造を電子顕微鏡と免疫組織学的手法を併用して解析しました。その結果、淡蒼球内節(※7)に投射するGABA作動性神経終末(※8)が選択的に肥大することを明らかにし、さらに二重免疫染色(※9)を用いて、これらが直接路由来であることを示しました。  この形態変化は、遅発性ジスキネジア様の異常行動(自発的な口部運動)と関連し、薬物中止後12か月を経ても持続しました。本研究は「遅発性ジスキネジアの発症は、単なる間接路におけるドパミン受容体過敏性だけでなく、直接路を構成する神経終末の構造的変化も関与する」という新しい病態モデルを提示しました(図1)。  今後、この成果は直接路を標的とした新たな治療薬の開発や、発症予防を目指した治療戦略の構築につながることが期待されます。 ■用語解説 (※1)抗精神病薬  統合失調症や双極性障害などの精神疾患の治療に用いられる薬です。脳内の神経伝達物質ドパミンの働きを抑えることで、幻覚や妄想などの症状を改善しますが、その作用により運動障害などの副作用が生じることがあります。 (※2.3.4)大脳基底核、間接路、直接路  大脳基底核は脳の深部にある神経の集まりで、主に身体の動きを滑らかに制御する働きを担います。大脳基底核の中には、身体の動きを調整する2つの主要な神経回路があります。  間接路は「身体の動きを抑える」信号を出す経路で、ブレーキのように不要な動きを止める役割を担います。直接路は「身体の動きを促す」信号を出す経路で、自動車のアクセルのように動作をスムーズに進める働きをします。この2つの経路のバランスが取れていることで、私たちは滑らかに身体を動かすことができます。 (※5)ドパミンD2受容体  脳の神経細胞には、ドパミンという神経伝達物質を受け取る"受容体"がいくつかの種類あり、性質の違いによってD1、D2などと番号で分類されています。その中でもD2受容体は間接路を構成する神経細胞に多く存在します。 (※6)ハロペリドール  代表的で古典的な抗精神病薬のひとつ。ドパミンD2受容体を強く遮断する作用を持ち、有効性が高い一方で、パーキンソニズムや遅発性ジスキネジアなどの副作用が起こりやすい薬です。 (※7.8)淡蒼球内節、GABA作動性神経終末  淡蒼球内節は、大脳基底核の一部で、身体の動きを整えるために複数の神経から信号を受け取っています。その中には、直接路から伸びるGABA作動性神経終末も含まれます。これらの神経終末は、淡蒼球内節の神経活動を調節しています。今回の研究では、この直接路由来のGABA作動性神経終末に構造的な変化が起こることが確認されました。 (※9)二重免疫染色  二重免疫染色とは、2種類のたんぱく質を異なる抗体で同時に染め分け、同じ細胞や神経の中にそれらが共に存在しているかを調べる方法です。これによって、2つのたんぱく質が同じ神経経路に属していることを確認することができます。 ▼本件に関する問い合わせ先 弘前大学 住所:青森県弘前市文京町1番地 TEL:0172-39-3012 FAX:0172-37-6594 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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