~口腔がん患者とそうでない人との口腔細菌のバランスの違いを発見~
横浜市立大学附属病院 歯科・口腔外科・矯正歯科の來生 知診療教授の研究グループは、株式会社サイキンソーとの共同研究により、口腔がんやその前がん病変である口腔潜在的悪性疾患(OPMDs)
*1に罹患した患者は、口腔粘膜疾患のない患者と比較すると口腔細菌のバランスが異なることを明らかにしました。また、マウスモデルにおいてポルフィロモナス・ジンジバリス (Porphyromonas gingivalis) という口腔細菌の内毒素が口腔がんの発がんを誘導することを示したことから、口腔衛生状態の改善が口腔がん発症の予防につながる可能性が考えられます。
本研究成果は、国際学術誌「Cancers」に掲載されました(日本時間2025年2月14日)。
研究成果のポイント
- 腔がん患者は、口腔粘膜疾患のない患者に比べて歯周病罹患率が高かった。
- 腔がんやOPMDs患者では、特徴的な口腔細菌叢*2が見られた。
- 腔がんや前がん病変に関わる口腔細菌叢の関与を分子的に報告した。
図1 発がんに関わる口腔細菌叢の解析
対照群(口腔粘膜疾患のない患者)、OPMDs、口腔がん患者の歯周病検査、口腔細菌数の測定を行い、また採取した唾液よりDNAを抽出し歯周病関連細菌の発現や網羅的口腔細菌叢の解析を行った。
研究背景
近年、口腔内常在菌が、大腸がんや肝臓がんなどの発がんや進行と関連があると報告されてきており、その働きに注目が集まっています。以前より慢性炎症と発がんには深い関係があると言われていることから、研究グループでは特に多くの日本人が罹患し慢性炎症でもある歯周病が口腔がんに及ぼす影響が高いのではないかと考えました。そこで、前がん病変および口腔がんの発症・進展に関与する口腔細菌を同定することを目的として、本研究を行いました。
研究内容
本研究では、口腔がん患者104名、OPMDs患者36名、口腔粘膜疾患のない患者112名の合計252名の患者さんより唾液を採取し、その中からDNAを抽出しました。代表的な歯周病関連菌の発現をPCRという手法で解析し、さらに口腔細菌叢について次世代シークエンサー
*3を用いて網羅的に解析しました。また、同時に歯周病検査を行い、歯周病の状態を確認しました。その結果、口腔がん患者では歯周病の指標である3mm以上の歯周ポケットや測定時の出血の割合が増加し、口腔細菌の量も増加することが分かりました。またポルフィロモナス・ジンジバリスなどの歯周病関連菌を有する割合が高いことも分かりました。さらに口腔細菌叢において、口腔がんやOPMDs患者では特定の細菌種(プレボテラ・インターメディアなど)が高い割合を占めることが明らかになりました(図2)。また、マウスを用いた実験において、ポルフィロモナス・ジンジバリス由来のリポ多糖(LPS)がマウスの口腔上皮前がん病変および口腔がんを促進することを発見しました。
図2 口腔細菌叢の比較
口腔がんではプレボテラ・インターメディアなどの細菌種が増加しており、対照群と比較して異なる口腔細菌叢を有することが明らかになった。
今後の展開
本研究では、口腔がんや口腔前がん病変で増加する口腔細菌叢の種や属が明らかとなりました。今後は、これらが発がんにどのように関わっているのか、これらの細菌叢の中の個々の細菌の働きについて解析を行う予定です。
胃がんでは、ピロリ菌を除菌することにより予防効果があると知られていますが、口腔がんでは特定の細菌やウイルスを標的とする治療戦略は確立されていません。本研究の結果は、口腔細菌叢の改善による口腔がん予防方法の提案につながる可能性があり、口腔ケアの重要性をより示すものと考えられます。
研究費
本研究は、JSPS科研費20H03892(基盤研究B)、18K17031(若手研究B)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Involvement of oral microbiome in the development of oral malignancy
著者:Hitoshi Isono,Shintaro Nakajima,Satoshi Watanabe,Aya K. Takeda,Haruka Yoshii,Ami Shimoda,Hisao Yagishita,Kenji Mitsudo,Mitomu Kioi
掲載雑誌:Cancers
DOI:
https://doi.org/10.3390/cancers17040632
用語説明
*1 口腔潜在的悪性疾患(OPMDs):白板症、紅板症、扁平苔癬など悪性化の危険性を有する12の病変を指す。
*2 口腔細菌叢:口腔環境に生育する細菌の集まり。個人の口腔内環境、食生活や生活習慣の影響を受け、特有の集団を形成すると考えられている。
*3 次世代シークエンサー:数千から数百万ものDNA分子を同時に高速な処理で配列解析することが可能な機器で、遺伝子疾患だけでなく、本研究などのマイクロバイオーム解析なども可能にする。